里帰り終わり
化け物は座ったままです。戦う前の不遜な雰囲気はもうなく、壊れた床を見ています。
「どうするの、こいつ?」
「とりあえず、村に置いておくのは良くない気がするのでシャールに連れて帰りましょうか」
私の言葉に化け物は首を横に振って否定します。
「ううん。私は負けたの。だから、もうすぐ消えるかな」
そういう仕組みなのですかね。ヤナンカもいっぱい自分の分身を作っていたみたいですが、負けたら消えるってことはありませんでした。あれとは原理が違うのか。
「私はお節介を焼きたい願いが顕現したフローレンス。そんな気がするの」
どんな気だよ……。
「でも、ダメだった。だから、他の個体に魔力を譲って、それに願いを叶えてもらうの」
最後は寂しそうに言いました。
「じゃあね、メリナさん。さようなら。貴女はお元気でね」
化け物の姿が薄くなり、魔力の粒子となって霧散します。
先程まで化け物が居た場所を見詰めたまま、私は思います。
巫女長から生まれた人格とはいえ、全くの別人でさっき出会ったばかりだから、永遠の別れみたいな挨拶をされても反応に困るなぁと。
実質的にも殴り合いしかしてませんしね。消えて良かったと思って善いのでしょうか。
お母さんにシャールへ戻ると告げに行きました。起きた赤ちゃん達も目にすることができて、私は満足です。赤ちゃん達も私を見詰めてきまして、その眼差しがとても可愛くて、頭を撫でたりしました。
ノノン村に帰ってきた目的は果たせましたね。
ところで、赤ちゃん達、まだ名前がないんです。
もう少し考えたいのだそうです。
私、お母さんの顔を見ていたら、その気持ちを理解できました。今回の双子ちゃんとは別に、私には弟と妹がいました。でも、どちらも生まれてすぐに死んでしまって、とても悲しい思い出です。
で、ちょうど今回も男女だから生まれ変わりみたいに思えるんです。悩んでいるんですよね。その死んだ子達の名前を付けたいけど、付けたら前の子を永遠に忘れてしまいそうだしと。
私、同じ名前にしない方が良いと思って、メリムとメルナの命名を提案しましたが、苦笑とともに却下されました。
さて、今はフロンと共に外へ出ています。
「ちょっとナタリアに会ってくるわ。あっちから気配がする」
畑の方ですね。うん、私も魔力感知で分かります。
「お部屋が無くなったことをお詫びしておいて下さい」
化け物の自爆魔法の衝撃を上に逃がしたせいで吹き飛んだんです。ナタリアには可哀想なことになりました。
「全くよ。で、レオンって子の家はどれ? 部屋を借りれないかお願いするから」
「そこの真向かいの家ですよ」
「小さいわね」
「2人だけなんですよね。レオン君のお母さんはだいぶ昔に病気で亡くなったんです」
たぶんレオン君のお父さんはその人との想い出を残すために改築もしてないんです。だから、村の中で一番小さくて古い家です。
「男だけの家に年頃の女か……。良いじゃない。数日でグッと色っぽくなるかもね」
「お前、人間から掛け離れた思考を早く捨てた方が良いですよ」
私の忠告は耳に入っていなさそうで、フロンは足早にナタリアのいる方角へと去っていきました。
私も全裸謝罪する女騎士を探し求めていたお父さんに「見間違いだったかも、ごめんね。それから、家が爆発したから修理をお願い」と伝えてから、シャールに戻る挨拶をします。
お父さんは残念そうな顔をしましたが、「野外なのに裸で謝罪とかおかしいもんな」と呟いて納得していました。
残念な表情はそっちだったかぁと、私も残念な気持ちにならざるを得ません。
「それじゃな、メリナ。借金って聞いたからビックリしたぞ。嘘だったんだな」
「うん。嘘つきって怖いね」
「そっかぁ。いやな、昔、お父さんも借金で大変なことになったんだ。だから、娘のお前まで借金で苦しんでしまうのかと驚いたんだよ。お父さん達、家も売って職も失って、もう家族で奴隷になるしかないって状況になったんだよなぁ」
「そうなんだ。初耳。そこからどうやって借金を返したの?」
「うん? 救いの手を差し伸べてくれた人がいたんだ。その方には今も感謝しているよ」
「へぇ、名前は? もし出会ったら私からも礼を言っておくよ」
「王都のオズワルドさん。姓は持っていなかったと思うけど、遣り手の商売人だったんだ」
オズワルド……。宿屋の支配人と同じ名前で、しかも、あの人も王都に住んでいたはずです。もしかして、その恩人?
でも、お父さんとは逆に、彼はお母さんに救われたと言っていたような。謎のお祈りをするくらいに感謝していましたよね。
「そのオズワルドさん、シャールで宿屋をしてる?」
「宿屋かどうかは知らないけど、お母さんからシャールに移住したとは聞いたよ。もしもメリナが知っているオズワルドさんがお父さんとお母さんの恩人なら、『立て替えてもらった借金、もう少しで利子を含めて返せそうです』と伝えてくれるかな?」
「うん。分かった。それが宿屋のオズワルドさんだったら喜ぶよ。私以外の客を見たことないから、お金に困っているかもなんだよね」
お父さんと別れて、昔に亡くなった弟と妹の墓を参って、それからガランガドーさんが待機する村外れにやって来ます。木の枝を打ち合う音が聞こえてきて、隣のおじさんを相手にレオン君が剣の稽古をしているのが分かりました。
実力差が大きいですが、レオン君も中々に鋭い踏み込みですね。
「おう、メリナ。もう帰るのか?」
「はい。赤ちゃん、可愛かったです」
「だろ? 子供ってのは良いもんだよな」
おじさんはレオン君の剣を見ないで受け止めていました。
「ナトンのおっさん! 俺を子供扱いすんなよ!」
「まだ子供じゃないか、ははは」
「だから、すんなって!」
おぉ、本当に鋭い。レオン君の横薙ぎはかなりの速度でした。剣王ゾルザック程ではありませんが、油断しているフロンくらいなら一撃を浴びせることができるかもしれませんね。
なお、隣のおじさんは簡単に対処していました。
フロンがまだ戻ってきていないので、私は切り株に座って待ちます。レオン君はまだ木の枝を手に剣の修行をしています。
「メリナ姉ちゃん、俺と試合をしてくれないか?」
「うーん、まだ早いかなぁ。レオン君がもう少し大きくなったらお願いするよ」
まだ子供ですもの。まだまだ成長すると思うんです。その時に本気で戦いたいものですね。今は、うん、すぐに殴り倒して終わりそう。
「本当だよな。じゃあ、その時は本気できてくれよな!」
「うん。分かった。本当の本当の本気で行くから。怖くて、おしっこ漏らしたらダメだよ」
懐かしい感覚です。前はこんな感じでレオン君と冗談を言い合っていたなぁ。たった2年前の事なのに、遠い昔みたいに思えました。
「ったり前だよ!」
「なぁ、メリナ。俺との稽古は?」
隣のおじさんも言ってきました。村に着いた時にそんな要望を受けてましたね。
「レオン君に付き合ってあげて下さい。ほら、見てください。私、戦ったばかりなんですよ」
私はボロボロの袖をアピールします。
「ん? どうした? さっきの爆発か? メリナの服も焼けてるな」
「そうなんです。うちの2階が失くなりまして」
「ルーさんと親子喧嘩かと思って放っていたんだが、魔物だったのか」
「そうなんです。あっ、ナタリアの住む所を考えてくれませんか? うちの2階が吹き飛んでしまいまして」
「じゃあ、俺ん家に来たらいいじゃん。ナタリアだったら親父も歓迎するぜ」
まぁ、フロンの望む通りになってしまうのですか……。
「レオン、それも良いが、サリカさん家の部屋が空いているだろ。あそこは旦那が仕事でずっと帰って来てないんだ。サリカさんも寂しさを紛らすことができるだろうさ」
サリカさん、サリカさん……。私の知っている村人にそんな人は居なかったので新しい住民ですね。
さて、そうこうしているとフロンも戻ってきまして、私達はガランガドーさんに乗って村から旅立ちました。
「お前、4体に分裂しているって何故伝えなかった?」
上空で私は冷たくガランガドーに言い放ちます。
「……とんでもない事態になったから……」
「は? 意味分かんないですけど」
「化け物、こういうことよ。手に負えなくなったから、目を瞑ってなるように任せたってことじゃん。黙ってたら、誰も気付かずに終わるかもって期待して」
「は?」
無能の極みでしょ……。
「悪く言い過ぎじゃないかなぁ……。いやぁ、2体はアディの国にいないから、大丈夫だと我は思うけどなぁ……」
それ、バレそうにないから大丈夫って完全に言ってるようなものじゃないですか……。
隣国は帝国でしたか。その方々は大変な目に合うこと確定ですね。
うん、でも、まあ、天災みたいなものだから、仕方ないですね。
シャールの街並みが遠くに見え始めた頃には私はガランガドーさんの言い分に納得していました。




