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化け物VS化け物

 お母さんの蹴りは見事に女の首筋に入りました。座ったままの女は前面のテーブルに物凄い勢いで叩き付けられ、命の灯は絶対に消え去ったと思われます。

 容赦のなさは相変わらず。お母さんは怖いです。


 遅れてテーブルの天板が真っ二つに崩れ、女も合わせて床に突っ伏します。


「メリナ、まだっ!」


 お母さんは私に警戒の声掛けをしました。

 死んだ人間からは魔力が離れていくものなのですが、それが起きていない。だから、人殺しの経験が豊富なお母さんは早々と違和感を持ったのでしょう。


 私は急いで黒いローブのフードを被ります。こうすることにより、自分の魔力を断ち、奇襲が嵌まりやすくなると考えたのです。



 女が飛び起きる。体の構造とか物理法則とか完全に無視して、ピョンと天井に四肢をもって張り付きました。

 お母さんの強烈な蹴りによって首は折れたんだと思います。だらりと頭だけは力なく垂れ下がっています。

 でも、体には力が籠っていて、しっかりと両手と両足で天井に張り付いています。吸盤でも付いているのでしょうか。


 こちらに向けているのは腹でして、関節がどうなっているのか分かりませんが、人間に可能な動きではありません。まるでお腹と背中が逆になったみたいに関節が稼動しています。



「うふふ、強烈ね。今まで長く生きてきたけど、一番に強烈」


 どこから声を出しているのか。巫女長の優しい口調なのが、また不気味さを増長します。


 そんな中、フロンがじとりと私を見てから口を開きます。


「化け物ばかり。化け物と出会ってから、ホント化け物ばかり。化け物ホイホイよね、あんた」


 ナタリアが居なくなったので、フロンは私のことをまた化け物呼ばわりに戻っていました。

 魔族のお前もその化け物の1人だってことに気付いてないのかしら。



 お母さんは立ち位置を変えました。天井で蠢く化け物から赤ちゃん達が眠る寝室を守るポジションです。私はそのお母さんの後ろに移動します。

 頼りになるお母さんを盾にする意図ではなく、万が一にも私の新しい家族が傷つけられることのないようにという、ダブルガードの配慮です。


「ふぅ、仕方ないわね」


 軽い溜め息の後にフロンが詠唱を開始します。我が家を破壊する気でしょうか。それはそれで問題ですが、敵を排除する為なら致し方ないことです。



「何者かしら? 突然、家に来て娘を売れと無礼な素振り。殺されても文句言えないよ?」


 お母さんが冷静に問います。それでも強敵と認識しているようで、戦闘の構えを取りました。


「誰って、私よ、私。すっかり忘れてしまったのかしら、ルーさん。ほら、フローレンスよ」


 巫女長……。やはりそうなのですか。

 でも、あの立派な巫女服じゃない。若い冒険者によく見られる布の服です。何より体も若々しいです。



「私の知っているフローレンスさんは、もっと品があったわよ」


「あらあら、そうなの? 歳を食うと覇気を失くすのかしらね」


 化け物は鋭く振るった腕で、ぐでんとなったままの首を落とす。床に落下して重い音が響き、コロコロとこちらに転がってきました。血は出てない。


 っ!?


 そこにあったのは、いつも見ていた老婆の巫女長の顔でした。


「変わった魔物ね」


「ううん、お母さん。ガランガドーさんが言ってたんだけど、巫女長は精霊を食べてその祝福で分裂したって」


「説明になってないわよ、メリナ。全然分からないもの」


 そうですよね。私もそう思います。



 化け物は新たに首を生やす。それは再びお母さんに蹴られる前の若い女のものでした。



 天井と床で睨み合う私達。

 お母さんがすぐに襲わないのは、まだ相手の出方を探っているからでしょうか。


「あなた、何をしにここに来たの?」


「私ね、メリナさんを羨ましくも思っているの。聖竜様にお会いしているし、まだ若いし、強いし。それに、何をしても怒られないなんてズルいとも思うのよ」


 いや、怒られまくってますから完全な誤解です。

 巫女長なんて王都のお城を破壊したり、大量の小麦を窃盗したりしたのにお咎めなしだったじゃないですか。

 大昔には言い寄る当時の王子様の腹を刺したとかも聞いてますよ。


 でも、私は反論しませんでした。黙って、体内で魔力を練ります。


「それにね、何よりメリナさんはお仕事をしてないのよ。それって良くないことよね。勤勉が人を立派にするのよ。だから、私がお仕事を教えてあげたくて、1度奴隷になって必死に働いたらどうかなって思ったわけなの。分かって下さらない?」


 ふざけた事を言うヤツです。私は常に熱心に働いていましたし、それなりに立派な人物です。そういった自負を強く持ってます。

 私を責める前に、そこで詠唱を続けている雌猫フロンにその言葉を吐くべきです。


「最初からそう言ってくれたら早かったのにね」


 ……お母さん? ひょっとして、明らかな虚言に引っ掛かりましたか? えっ、怖い……。


「あれだけ友人に囲まれているメリナが、仕事もしてない愚か者な訳ないじゃない。村でも、いつも真面目だったのよ。嘘つきは滅びなさい!」


 お母さんが蹴り上げながら跳びました。化け物の腹に強烈な一撃を入れるというところで、お母さんがバランスを崩します。

 信じられない事に、化け物がお母さんの神速に近い攻撃に反応して、ガードしたのです。


 でも、私はお母さんの矛先がこちらに向かなかったことに安堵して、微笑んでしまいました。


「あらあら、危な――」


 喋り始めた化け物の口に私の鉄拳が炸裂します。魔力遮断のローブが効いていたようで、完全な不意打ちとなりました。

 そのまま化け物を掴んで床へと叩き落とします。


 更に馬乗りになって連打。

 頭も胸も首も全力で連打。拳を痛めても回復魔法があるので大丈夫です。ボッコボコにしてやります。

 2度とふざけた事を喋れなくしてやるのです。


 お母さんは私のことを「いつも真面目だったのよ」と言ってくれました。嬉しいです。

 でも、逆に考えたら、私が不真面目だと勘違いされると、お母さんは私を叱咤激励するでしょう。恐ろしいことです。

 だから、その可能性をもたらす恐れのあるボケを叩き潰します。


 が、残念。

 強烈な力で私は吹き飛ばされます。

 この理不尽さは筋力じゃなくて強い魔力によるものでしょう。


 10発近い高速の連打で、通常の生物ならば致命傷のダメージを加えたはずなのに、化け物の魔力が減らない。

 傷付けば、そこに有った魔力が外に漏れて弱くなるはずなのに、やっぱり化け物の魔力は変化しないのです。


 このタフさは、やはり異常。

 魔族ならば分かります。ルッカ姉さんもフロンも、深い傷を負わせても尋常じゃない回復力で死を迎えることはありませんでした。ルッカ姉さんなんて頭部が吹き飛んでも生きてました。

 例外はショーメ先生が爆散させたヤナンカくらいでしょう。魔族の急所に魔力を叩き込めば殺せるそうですが、私にはよく分かりません。


 そもそも、この化け物は魔族じゃないし。

 魔族が持つ魔力は黒いです。これは経験で知っています。

 だけど、巫女長が分裂したとかいう、この化け物は巫女長と同じように白い色のままなんです。



「メリナさん、お仕事は好きですか?」


「勿論です!」


 言いながら、私は回し蹴り。ガードの上から叩き付けて、化け物を壁へと吹っ飛ばします。


 が、ダメージを与えられずでして、化け物は天井に張り付いた時と同じ様に、壁にペタリと四肢で体を固定します。衝撃をどうやって吸収したのか分かりませんね。


 でも、逃しません。脚に力を込めて前へ、それから思いの丈を絶叫するのです。


「ぶっ殺してやり――」


「メリナ、ダメよ。お姉ちゃんが汚ない言葉を使うなんて」


「あっ、うん……」


 勢いを削がれましたが、それでも、私は気合いを入れたいのです。


「……ご逝去するよう、お願い申し上げますっ!!」


 逡巡しましたが、この言葉遣いで合ってるのかな?

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― 新着の感想 ―
[一言] これが本当の巫女長なんだと言われても納得できてしまうのが巫女長の怖いところ
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