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お土産を出しながら

 赤子は一階の寝室でスヤスヤ寝ていました。同じような顔が並んでいます。ただ、弟と妹のはずなのですが、どちらが男で女なのかは判断できません。でも、可愛い。

 私の弟と妹です。この子達が大きくなった時に誇れる姉になりたいと思いました。


 お母さんが「抱いてみる?」と言ってくれたのですが、起こしてしまうのを避けたくて断ります。


 フロンが「なら、私が15年後くらいに――」とか言い始めたので、足を踏んで黙らせました。簡単に予想できます。性的で下劣なセリフだったでしょう。



 難産だったからか、出産から10日が経つのにお母さんは何となく疲れた様子でした。いつも元気なお母さんにしては珍しくて、もしかしたら歳を取るとはこういう事なのかもしれません。

 寝室を出てテーブルがあるダイニングへと案内される中、私は回復魔法を背後からお母さんに掛けました。


「私、怪我してた?」


「ううん。でも、何だか苦しそうだったから」


「メリナには分かるのね」


 お母さんは溜め息を付きました。

 うーん、精神的な疲れだったのかな。だとしたら、私の魔法では解決できません。



「そっちのお友達は魔族よね?」


「うん。えーと、ナタリアの昔の同僚になるのかな」


「フロン・ファル・トールです。ナタリアがお世話になってます」


「あなたがファル姉さんだったのね。ナタリアから聞いているわ。宜しく」


 我が家はお屋敷ではありません。ごくごく平凡な田舎のこじんまりとした家です。

 なので、もうすぐ、あと数歩で巫女長がいるダイニングへと到着するのです。



「ふぅ……」


 お母さんが再び溜め息を付きます。


「どうしたの?」


 立ち止まって質問します。


「あら、ごめんね。赤ちゃん達ができてから、ナタリアが家を出たいって言うのよ。たぶん、自分が養子だから気にしてるんだろうなぁ」


「そうなんだ……」


「お母様、私が引き取りましょうか?」


「ダメよ。フロンさんはまだ若いんだから。大人に任せなさい」


 うん、フロンの傍はよくありません。絶対にナタリアを立派な淫乱女に育て上げると思うんです。不幸になります。



「お客さんが来てるんだね?」


 私は本題に入りました。


「えぇ、誰なのかしら。メリナを褒めてくれるのだけど、借金のカタに奴隷として売り払いたいと仰るのよ。私も対応に困ってね」


 っ!? 対応に困るって、ナタリアが家を出たいと言っていること以上に悩むべき事案ですよ!


 冷静に考えましょう。

 相手は巫女長です。社会的地位がある方です。


 新人寮を破壊した金貨1000枚の賠償金を要求されて、払えなければ奴隷。荒唐無稽な話ですが、彼女が言うならば、世の中の人はそんなものかとなって、私の運命は荒波に流されて行くことでしょう。

 そして、憐れなメリナは理不尽な御主人様に苛められるのです。


「メリナ、借金あるの? 皆のお住まいを燃やしたとか聞いたんだけど、いくらメリナでもそんなことしないよね?」


「……しないし、借金もないよ。ない。今までそんな火事とかしたことないし。ハハハ、まったく……そんな嘘つき、叩き出してやらないといけないね。もうね、お母さん、よろしく」


 私、毅然と全面戦争を選択しました。

 奴隷として売り払うとか過激な言葉を出されていますからね。こちらも本気で立ち向かう必要があります。


「それがね、見た感じ、結構強い人なんだよね。お父さんとかナタリアとかが襲われると大変だし」


「そこらが解決したら殺っていい?」


「そうねぇ。仕方ないかもね。メリナ、注意してね」


「フロンさん、状況は分かりましたか?」


「任せてくださいな」


 あっさりと巫女長の殺害の盟約が結ばれました。お母さんは巫女長が数年前に村を訪れたことを忘れているのでしょう。

 私を竜の巫女に誘ってくれた恩人ですが、恩についてはもう返し終わったので、貸ししか残っていないはずです。だから、殺しても後味は悪くない。悪くないのです。


「あらあら、メリナさんもここに来られたのね。本当に奇遇。その声はフロンさんかしら。2人は仲良しね」


 あれ? 口調は巫女長だけど、嗄れていない。


 私とフロンは目を合わせます。中にいるのは巫女長じゃない? 極めて魔力の質が似た別人?

 じゃあ誰なのかは分かりません。少なくとも私とフロンを知っている人です。



 危険を冒して、ダイニングに入ります。

 お父さんの他に、私と同い年くらいの知らない人が座っています。


 お母さんの頭を悩ましていたナタリアは部屋の隅にお盆を持ってメイドさんっぽく立っていました。両親はナタリアを実の娘と同じように育てていると思うのですが、本人は遠慮しているんですよね。自ら壁を作って、家族になることを拒んでいる感じ。

 そんなナタリアがフロンを見て驚いていました。


「ファル姉さん……」


「ナタリア、元気にしてた?」


 フロンは喜びを隠すナタリアに近付きました。怪しい女からナタリアを守れる位置を自然に得る、素晴らしい一歩です。


「うん。この家の人も、村の皆も良くしてるから」


「そっか。良かったよ。それじゃ、ナタリアも座りな」


 ナタリアは遠慮気味なんですよねぇ。そして、これはフロンの作戦でもあります。座りなよと言われて、素直に座る人間なら最初から座っています。これはナタリアを立ったままにする巧妙なセリフでした。


「そうだぞ、ナタリア。僕たちは家族なんだからな」


 もちろん、ナタリアは座りません。

 フロンは強情な彼女を説得する演技をします。順調です。あとは適当な用事を頼んで部屋から脱出させたいところだったのですが、しかし、それを邪魔したのは謎の女。


「まぁまぁ、羨ましい。それじゃ、私も家族みたいなものにして欲しいわね。うふふ、でも、ナタリアさん、お座りなさい。ほら、フロンさんの顔に泥を塗る気かしら? それとも、無礼は姉譲りとか思われたいのかしら、うふふ」


 この最後のセリフで、フロンの名演技が無駄になりました。挑発に乗ってしまったナタリアは着席したのです。

 こいつ、誰なんだ?


 巫女長と同じような口調。背が低い共通点もあるし、何より笑顔がチャーミングなのが巫女長っぽい。

 若返りの魔法を使った巫女長? いや、そうだとしても私を奴隷に云々なんて事は巫女長なら言わない。本物なら、そんな理屈じゃなくて、もっと唐突に訳の分からない攻撃をしてくるはずです。



 何はともあれ、お土産を渡す時間となりました。フロンがそう誘導したのです。

 私は布袋から全てのものを取り出します。


「まずはナタリアの分ね。はい、香水と櫛」


 女の子はおしゃれが好きです。絶対に喜んでくれます。ほら、ナタリアの顔も一瞬だけですがほころびました。


「ありがとうございます……」


 うんうん、恥ずかしがってるけど、興味深そうに眺めているわね。


「さすが、メリナさん。女の子が欲しいものが分かってるわね。それじゃ、ナタリア。私からも貴女に贈り物」


 フロンも鞄から何かを取り出し、ナタリアに渡します。

 出てきたのは、とても鞄に入っていたとは思えない長さの杖でした。彼女が持っていた鞄は、魔力によって収納量が格段に上げられたマジックバッグだったのでしょう。高価な物なのに、フロンがよく入手できていましたね。

 私も欲しくてアデリーナ様にお古を貰おうとしたら「メリナさんはご自分の体を入れてしまいそうです。出てこれなくなりますよ」とバカにされたのです。


「冒険者になりたいんでしょ? それにナタリアは魔法の才能がありそう。だったら杖だよね」


 なるほどぉ。意外に考えていますね、フロン。人間状態だと色ボケのクソだとしか思っていない時期もありましたが、中々どうしてよいヤツでは有りませんか。


「あと、これ」


 薄紫色の細い繊維で編まれたローブかな。余りに細い繊維なので、向こう側が透けて見えました。これはとてつもなく高価な代物ですよ。

 ただし、使い道はよく分かりません。すぐに破けそうですし。


「ほら、ナタリアが気になる男の子がいるって話じゃん。裸の上にこれ着て、スケスケになって目の前に立ってごらん。イチコロよ」


 最悪。お前、養父母の前で何てアドバイスをしてるんですか。


「レ、レオンはそんなのじゃないから!」


 レオン君は裸好きじゃないって庇ったのかと最初は勘違いしましたが、違いましたね。ナタリアはレオン君に恋していることを恥ずかしがって部屋を出ていったのです。

 なお、レオン君とは向かいの家に住んでいるナタリアと同い年くらいの男の子です。巫女になる前の私の遊び友達でもありました。蛙を遠くへ投げるのが趣味なヤンチャな子供です。



 しかし、フロン、ナイスです。ナタリアを自然な感じでこの部屋から逃しました。彼女を殺人現場から離すことに成功したのです。



 次に私はお母さんにお土産を渡します。石鹸セットです。たまに行商人さんが持って来てくれる物よりも高級で薫り高い逸品です。

 あと、弟と妹に身を包むためのタオルを何枚か。

 村の皆で食べるために、ハムだとか魚の干物とか村では作られていない保存食もテーブルに並べます。


 あくまで自然な感じ。まさか、ここから殺されるとは巫女長似の娘も思ってはいまい。

 目が合います。ニコリと殺意を隠して笑う。


「美味しそう。メリナさん、これを食べても良いかしら。ほら、洞穴に私を閉じ込めたでしょ? そのお詫びが欲しいなぁ」


 っ!? 閉じ込めただとっ!?

 お前、まさか、本当は巫女長かっ!?


 いや! しかし! そうか!! そうです!!

 こいつはアレです!! きっと、巫女長の分裂した片割れ!?


 最早一刻の猶予もありません。



「あっ、お父さん! あっちの方で女騎士さんが全裸謝罪してます!」


「何っ!? どういうことだ!」


 私が窓の外を指差すと、お父さんは窓から体を乗り出します。


「あそこです! あの木の後ろで謝罪中です、お父様!」


 フロンの援護もあり、そのままお父さんは裸足で森へと飛び出して行きました。


 非戦闘員が居なくなった途端、お母さんの延髄狙いの蹴りが女の子を襲います。

資格試験対策で1週間ほど休載しますm(_ _)m


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