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家に入るまで

 村の外れにガランガドーさんが着地します。馬車だと数日掛かる道程なのに、遥かに早くて半日も掛からずに着くんですね。便利です。

 ガランガドーさんを空飛ぶ貸し馬車とすれば、借金返済どころか大金持ちになれる気がします。


「おーい! メリナか?」


 土を踏むのと同時くらいに、実家の隣に住んでいるおじさんが私達を見付けて手を振ってくれました。

 腰に剣を差していますので、たぶん、ガランガドーさんを魔物だと思って退治する目的で寄ってきていたのでしょう。


「お久しぶりです」


 私はペコリと頭を下げました。


「少し大きくなったな」


 そう言いながら、無精髭の目立つおじさんはガランガドーさんを見ます。


「メリナは竜の巫女とかになったんだったな。いやー、初めて見たけど竜ってのは大きいなぁ」


 ガランガドーさんもチラリとおじさんを見ます。それから口を大きく開いて、咆哮を放ちました。自分の方が強いことをアピールする野生動物に近しい行為でしょう。

 ビリビリと空気が震えます。村を囲む木々も揺れて葉っぱが何枚も舞い散りました。


『弱き者よ、我を倒すつもりであったならば、それは奢りというものよ』


「うぉ。竜ってのは喋るのか。スゲーな。森の神様みたいだ」


 森の神様とは、お母さんが退治に拘る魔物のことです。何回滅ぼしても復活するので、私も何回も森の深いところに連れて行かれました。思い出すと身震いするくらいに、とてつもない悪夢の連続でした。



「それで、そちらの可愛らしいお嬢ちゃんは?」


「フロン・ファル・トールと申します」


 猫の姿じゃないのに猫を被った感じで魔族フロンが初対面の挨拶をして、頭を下げました。桃色の髪の毛がさらりと揺れます。


「都会の子って感じだな。そうだ、メリナ。お前んとこの赤ん坊を見に来たんだろう? その後さ、俺と戦闘訓練しようか」


「えー、遠慮しておきます」


「そう言うなよ。たまにパウスってヤツが来るんだが、もう少しで勝てそうなんだけど、まだなんだよなぁ。手応えのあるメリナと戦えば、ヒントが浮かぶかと思うんだが」


 パウス? ひょっとして冒険者をやっているパウス・パウサニアスさんかな。

 そんな質問をしても良かったかもしれませんが、遠くから幼子の声が聞こえて、そちらに意識が行きます。



「俺の子供だな。あと、王都の偉い軍人さんの子供もいる」


 村も変わっていくものですね。

 私が住んでいた頃は王都の人なんて誰もいませんでした。


 私はおじさんに礼を言って、家に急ぎます。肩に担ぐのは、お土産をたんまりと入れた布袋です。少々張り切って買い込み過ぎたかもしれません。

 フロンも手提げ鞄を持って私の横を大人しく歩いてきました。



 懐かしい我が家が見えてきます。

 私の部屋は2階にあったのですが、今はナタリアが使っているはずです。

 魔力感知で確かめると、うん、お母さんもお父さんもナタリアも在宅ですね。


「あんたのこと、化け物って呼んでいるけど、今からはメリナさんってするから」


「メリナ様にしなさい」


「私がメリナさんに(へりくだ)ったら、居候のナタリアが余計に自分を卑下するじゃん。私はメリナさんの友達。だから、メリナさんも私をフロンさんとお呼びくださいね」


「ナタリアには優しいんですね」


「アディちゃんの次に、私の眷属候補だから」


「……それ、アデリーナ様に知られたら、間違いなく殺されますよ」


 眷属化すると祝福という名の呪いを与えられることも思い出しましたが、精霊の眷属と魔族の眷属、同じ眷属でも意味合いが違うのかもしれません。

 吸血鬼であるルッカ姉さんは噛み付くことで人間を眷属化して、その人達の意識を操ることができていました。そこに祝福は一切ありません。単なる道具化です。


「アディちゃんは無理よ。色々と試して分かったの。だから、ナタリアは離さない」


「うふふ、それを知った私が許すと思います?」


「許すも許さないもナタリアの意志が一番大事よね、メリナさん」


「保護者の承諾も必要ですよ、フロンさん」


 私が一転してフロンに対して礼儀正しくなった理由は、ナタリアの立場を考えてフロンと仲良くしてやろうと思った以外に、別の要因も有りました。


「メリナさんのお母様はメリナさん以上に化け物ですね」


 フロンも分かっているのか、核心に近付くような口振りです。


「魔力量のことですよね。えぇ、今日はお客様も来られているみたい」


 私も踏み込みます。お互いに口にしたくはない状況なのでしょうが、「お前、分かってるだろうな?」という確かめを遠回りしながら行っているのです。


 この距離です。私の実家の中にいる強者、つまりお母さんと客人も私達の存在を感知しているでしょう。



「まさか元聖女様に騙されるなんて思いませんでしたね、メリナさん」


「えぇ。あの鶏冠頭にここを私が訪れるように誘導されたんですね。この気配、完全にフローレンス巫女長様です」


 巫女長が私の家の中にいる。進む足が少し震えました。


「ご愁傷様です、メリナさん」


「助けてくれるって言ってましたよね、フロンさん」


 横にいるフロンをチラリと見ます。


「私が暴走している時にナタリアを救ったお礼はしますわよ」


「頼りにして良いのかしら。私、弟と妹を見る前に死にたくなくて」


「何とも言えませんが、最悪、ご自分で幸運を掴みなさってくださいね」


 あー、まさか、この雌猫とこんな風に貴族風会話をする日が来るとは思っておりませんでした。貴族学院の生徒の時よりも貴族してます、私。



 いよいよ、家の扉の前に来てしまいました。自分の家なのにドキドキしているのは、不意の客人のせいです。



 ガランガドー、お前、巫女長がここに来ているのを知っていただろ……?


 ノックをする前に下僕の不忠を咎めます。


『え、えぇ? 濡れ衣である。今朝は神殿にいたはずである。恐らくは転移の腕輪ではなかろうか……』


 ふん。お黙りなさい。少なくとも主人の為を思えば、上空で村の様子を窺って引き戻すこともできたはずです。

 何たる無能。私はお前のような者が守護精霊であることが恥ずかしい。


『屈辱的である!!』


 ならば、巫女長が襲ってきたら私の下に飛んできなさい! そして、臆さず私の指示に従うのですよ。


『も、勿論である!』


 その覚悟、本当だと信じます。


 ふぅ、いざとなれば、ガランガドーさんだった骨付きお肉を差し出して和解することもできそうです。


『主よぉ!!』



 扉を手で軽くコンコンコンと鳴らします。

 すると、すぐにお父さんが出てきました。やはり、お母さんか巫女長の魔力感知で私達の訪問も明らかになっていたのでしょう。


「おぉ!! メリナ! 本当にメリナが来たんだな! 母さん! メリナが来たぞ!」


 愛娘の登場に興奮状態です。

 巫女長もまさか親子再会のタイミングで攻撃してこないでしょう。そこまでの鬼ではないと信じたい。


「お父さん、お土産渡すから待ってて」


 私は担いだ袋を下ろし、ガソゴソとお父さん向けのお土産を探します。

 その間にお父さんはフロンに気付きました。


「うん? 君は?」


「フロン・ファル・トールと申します。メリナさんとは同じ部署で仲良くさせてもらってます」


 家の中から「えっ!」と驚くナタリアの声がします。


「そうですか。いつも娘がお世話になっています。しかし、美人な同僚だな、メリナ」


 チッ。早速、色気に落ちたか。

 私はイラつきながらお土産を探します。


「もうお上手なんですから。でも、メリナさんのお父様もメリナさんに似て理知的な感じですね。フロン、正直、惚れちゃうかもぉ」


「わはは、そう? そうか、わはは」


 お父さん、調子に乗りすぎると、後でお母さんに半殺しにされるよ。



「おいおい、メリナ。いつまで探しているんだ。家に入ってからで良いだろ。お友達を待たせてはいかんぞ」


「でも、待って。あっ、あった」


 私は目的の物を見つけました。お父さんは本好きなんです。だから、高価だったけど、頑張って値切って買いました。


「はい、これ。"天候と魔力の関係性について"って本」


 分厚めの中古本です。中身をパラパラと読みましたが、私には難しいものでした。


「面白そうだね。ありがとう、メリナ」


「まぁ、勉強家ですのね」


「ははは。まぁ、そうですね。解説しますよ、僕。色んな――」



 バタンと1度扉を閉めます。フロンに忠告をする必要があるからです。お父さんは扉の向こうに消えました。


「フロンさん、まさかお父さんに色目を使おうとか思ってないですよね?」


「うふふ、そう感じた? 悪い癖かもね」


「冗談抜きで殺されますよ。そんなことをしたら、お母さん、悪辣な淫魔を退治する為に本気でフロンさんを襲います。お母さんの強さ、分かるでしょ?」


「……去年の戦場で見たわよ。殺意さえあれば、あんたはあっさりと殺されてたね」


「よろしい。巫女長という難敵がいるんです。死なれたら困るんですよ」


「分かったって。分かりましたよ、メリナさん」



 ここで再びお父さんが扉を開けて現れます。


「おい、メリナ。何のつもりだ。早く中に入りなさい。ナタリアもお茶を淹れて待ってくれているぞ」


「うん。そうだね。では、ごゆっくりしましょうね、フロンさん」


「はい。あっ、私からもお父様にお土産です。メリナさんがこの本とどっちにするか悩んでいましたので、私が代わりに買ったんです」


 2人で本屋に立ち寄ったのは本当です。でも、行動は別々でした。フロンのヤツめ、私が長考している姿を見ていやがったんですね。

 しかし、私の代わりに安くない本を買うとは……。少しばかりでも私との友好的な関係を前進させたいと心配りをしたのか。

 いや、違うな。そのお金の出所はシェラからの借金です。私のお金です。フロンの懐は痛んでません。



 丁寧に差し出された本の表紙には、卑猥な女性の絵とともに"全裸謝罪、罠に嵌められた女騎士"というタイトルがありました。


 私は奪い取って、もう一度、バタンと扉を閉めます。即座に火炎魔法で焼却処分に致します。



「私の実家を崩壊させる気ですか?」


「男にはあーいうのも必要じゃん」


「ふざけんな。私の借金があんな物に変わったんだと思うと非常に虚しいです」


「全裸謝罪しようか?」


「全身の皮膚を剥ぎ取った上でして頂きたいです」



 お父さんが扉を開けて現れます。3度目です。


「メリナ、どうした? そんなに強く何回も閉めたら、扉が壊れるぞ」


「ごめんね。本が爆発しそうだったの」


「うん? 呪い付きの本だったのかな。くぅ、他人に読ませられない貴重な内容が書かれていたかもしれない。本当に惜しいな」

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