お土産を買う
大通りを走りながら、よくよく考えますと、私は神殿に一度向かう必要がありました。
街を出るためのお金がなく、そして、私のノノン村までは遠いのです。それを解決する方法がガランガドーさんにお願いして空を一飛びで運んでもらうことです。
ナイスアイデアですね。
東の大門を目指していましたが、民家の屋根に飛び乗って神殿の方向を確認して、進路変更。
「落ち着きなさいよ。助けてやるって」
フロンも疾走する私の横にやって来ました。デンジャラスさんとの戦いで全く助力しなかったことを私は忘れていません。
抗議の目的で、丈の短いスカートに見え隠れする太股に手刀をお見舞いします。激しく悶絶なさい。
「ちょっ! 危ないわね」
チッ。避けられました。
「で、化け物さぁ、どうして急に走ってるの?」
「私に弟と妹ができたのです。至急、故郷に帰ります」
「あんたの故郷? ふーん、それじゃ、私も行くわ」
「大変に言い難いですが、赤子がお前の魔力で穢れるので遠慮して頂けますか?」
「今の私は聖女になっても良いくらいに清浄よ。最近、シてないもの」
うわぁ、最悪です。この雌猫は本当にお下品です。死ねば良いのに。
「粗相をしたら、うちのお母さんの鉄槌が炸裂しますよ」
「私、外面は良いのよ。安心して」
お前の外面が良かった記憶が本当にないんですけど。それこそ記憶喪失かしらと思うくらいに。
しかし、私達は喧嘩をすることなく神殿に到着します。なんだかんだで同じ部署で働いておりましたから、お互いに相手の出方が分かってきているんですよね。
神殿は、相変わらず参拝の方は少なくて、良い表現をすれば今日も静謐を保っていました。
ガランガドーさん、来ましたよ。
早くこっちに来なさい。
『む、主か? 残念であるな、2刻後に予約が入っておる。暫し、待つが良い』
は? 主人が新しい家族を一刻も早く見たくて、心を踊っている状況ですよ。お前は肉屋に並びたいとでも思っているのですか?
『我は主の借金を肩代わりすべく働いておるのだ』
……そうですか。ならば、頑張りなさい。待ちましょう。
ガランガドーさんを少しだけ見直しました。
神殿の入り口である門をくぐると広い芝生の庭園となっています。真ん中にある大きな池、その後ろに聳える本殿の白い立派な建物、更にその背後には緑の木々。
見応えのある風景でして、神殿のお土産屋さんにはこの景色の絵が売られていたりします。とても良い値段というか、完全に金持ちをターゲットにした価格でして、絵の才能があれば、私も楽に稼げたのにとか思ったことも有りました。
そんな贅沢な風景を無料でも楽しめるようにと設置されたベンチに私は座ります。不本意ながらフロンにも隣に着席することを許します。
「あんたさぁ、良い歳してんのに手ぶらで帰る気?」
景色を楽しんでいた私にフロンが鋭い指摘をしてきました。私としても赤子達に何かをプレゼントしたいです。
「でも、お金がないんです。あっ、貸して下さい」
「私もないわよ。新人寮を破壊した賠償金でほとんどなくなったもの」
「……お前、払いきったのですか?」
「蓄えくらい有るわよ。私、何歳だと思ってんの? それじゃ、街のお店に行くわよ」
「だから、お金がないって」
「お金なんか要らないって」
「でも、行くにしても神殿の土産屋で良いでしょうし」
「バカねぇ。身内から盗むのは悪いじゃない」
身内じゃなくても盗むのは良くないですし、盗品なんかで誕生を祝われたら、我が弟と妹が呪われそうです。
「息の根を止めますよ」
「手っ取り早いのに、固いわね。私もナタリアに贈り物したいのよ」
ナタリアは私の実家で暮らしている女の子です。ある村の変態村長の下で奴隷となっていたのですが、私が2年前に解放しました。家族もいないということで、お母さんに頼み込んで置いてもらったのです。
奴隷時代にフロンもその変態村長の下で働いていて、ナタリアはフロンを姉さんと親しみを込めて呼ぶのです。そもそも変態村長を変態に育て上げたのがフロンだと言うのに。
「ここで待ってなさい」
「へー、金策してくれるんだ?」
「お前、喋らない猫の状態の方が絶対に皆に愛されますよ」
「戻らないんだから仕方ないじゃん」
さて、私には頼りになる友人が何人かいますが、特に巫女見習いの同期で寮でも同室だったシェラとマリールは仲良しです。
お金も喜んで貸してくれることでしょう。
薬師処所属のマリールを仕事中に訪問すると、「実験中だからっ!」っていう不条理な怒り方をよくします。だから、シェラの礼拝部を訪問しました。
幸いにも巫女長の気配はせずでして、悠々と庭の池の周りを歩いて向かいます。
礼拝部の練習所の扉を開きます。
部屋は暗くて、舞台だけが照らされていたのですが、急に外の光が入ってきたのに気付いた練習中の方々がこちらを見ます。
そのまま規定外の休憩時間となりました。
少し申し訳ない気持ちです、私。
シェラと話したい旨を近くの人に伝えたのですが、彼女も私が気になって寄ってきてくれました。
早速、私は用件を言います。
「お金を貸してください」
「まあ……。良いですわよ。えーと、すみませんね、トゴでよろしい?」
「トゴ?」
「メリナなら大丈夫よ。うふふ、トゴで借りたとだけ覚えてくれていたら証文は要らないから。親友ですもの」
「うん、ありがとう。トゴね」
私は金貨を10枚ゲットしました。
私が街でどんなに働いてもこんな大金は得られなかったというのに、友人は軽々と貸してくれました。
貴族様と庶民の違いをマジマジと感じて、スラム街で考えた平等な世界の為には貴族どもを殲滅しないといけないかなんて考えも浮かびましたが、とりあえずはお土産です。
私とフロンは店が立ち並ぶ通りへと参りました。店を回りながら話をします。
「フロン、お前のためではありません。ナタリアの為にこの金を貸しましょう」
「サンキュー」
「ところでトゴとは何でしょう? シェラから借りる時に言われたのですが?」
「たっかいわね。それ、10日で5割の利子よ」
ふーん。高いのかな。
「現借金の1000枚からすると誤差ですね」
「かもね。で、私は返し終えたけど、あんたとアシュリンはどうする気?」
アシュリンは貴族。あんなに粗雑で野蛮なのに貴族。だから、お金はあるはず。
それなのに払ってないということは払う気がないのでしょう。
ふむ、薄々気付いておりましたが、私もアシュリンと同じ作戦で行きましょうか。
「ほら、ウザい借金取りとか来るわよ」
「私もアシュリンもそんな者を何とも思いませんよ。徹底的な暴力で出迎えます」
「呆れるわね。魔族以上に魔族じゃん」
お土産を買って神殿に戻るとちょうどガランガドーさんも仕事を終えたところでした。
彼の背中に乗って、私達はノノン村へと進みます。帰郷は2年ぶりでしょうか。
家族だけでなく村の皆に会えることも楽しみでした。




