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街造り

 ここ数日、私は朝が早い。普段ならゴロゴロと昼過ぎまで寝ていられるのに、これはきっと巫女長への警戒心によって私の神経が昂っているからなのだと思います。


 未だに巫女長は襲ってきません。私がスラムに住み着いてから、もう一週間は経ちます。


 うーん、これ、勘違いしていたかな。


 巫女長はとてもラフな感じで精神魔法を魔法を連発します。それってとてもダメなことだと思うんですよね。

 人間の尊厳って自己を保つことだと思うんですが、精神魔法はそれを強制的に奪うんです。少なくとも神聖な竜の巫女であるならば、控えるべき系統の魔法です。

 その印象が強すぎて、巫女長に対して苦手意識を持っていましたが、よくよく考えたら、私は巫女長に悪いことを何もしておりません。


 半ば強制的に連れて行かれた地下迷宮でしたが、巫女長の願い通りに最奥まで行きましたし、そこに現れた虎の化け物も倒しました。

 その後、解散許可が下りて私達は先に帰っただけ。


 つまり、私達は、いえ、少なくとも私は巫女長に危害を加えていません。


 あれは事故でした。地上に出たら運悪く出口が崩落して、巫女長の安否を心配してパニックになった私達は墓標をその出口に造ったのです。取り返しの付かない事態に私達は何日も悲しみました。1日いえ1刻たりとも巫女長の生死を気にしなかったことはありません。


 うん、少し真実と違いますが、こんな言い訳でどうでしょうか。あー、でも、私がそんな事を言われたら、火に油の激怒だなぁ。



 ふう、さて、あいつに連絡しますか。

 ガランガドーさん、聞こえますか? おはようございます。


『今日も良い天気であるな』


 はいはい。ご機嫌で何よりです。


『うむ。主よ、他者に頼られるとは誠に愉快なことである、ガハハ』


 苦悩の中、主人が潜伏生活をしているというのに、楽しそうなのは下僕として意識が低いのではと思いますね。黙認してやりますけど。


 ガランガドーさんが満足している仕事である、中庭でやっている体験騎竜は経営企画部の巫女さんのアイデアだったと思います。その人達に褒めれらたのでしょう。

 気軽に竜に乗れる珍奇さは金持ちの参拝客に人気でしたものね。


 器の小さい自尊心が満たされて良かったです。心から嬉しく思いますよ、ガランガドーさん。

 さて、そんな事よりも神殿の動向を教えなさい。


 アデリーナ様は戻ってきていませんか?


『まだであるな』


 くぅ、慎重ですね。ならば、私も今の生活を続けなくてはなりませんか。

 宿で私の帰りを待っているベセリン爺が心配していないか、少し気掛かりです。


 聖女イルゼは? アデリーナ様なら彼女に巫女長の動向を探らせるはずです。


『あの者なら、ここ数日、よく見るのである』


 やはりか。

 アデリーナ様は偵察としてイルゼさんを派遣し、巫女長の帰還を察知。そして、私と同じく様子見しているのでしょう。



 さて、本題です。巫女長はどうされていますか?


『本日、主に向けて使者を出すそうである』


 使者? 和解または決闘の申し込み、どちらか分からないなぁ。

 ……これは覚悟を決めるしかないか。


 ひょっとしたら、今日はシャールが瓦礫の山となり、街の長い歴史に終止符が打たれる日なのかもしれません。


 分かりました。ガランガドーさん、ありがとうございます。



『主よ、待つが良い。小賢しい猫より伝言である』


 猫? あぁ、フロンか。

 何でしょう?


『では、そのままに伝えよう。「化け物、困ってるでしょ? 私が行くまでバカな真似は止しなさいね。助けてやるから」。以上である』


 助けてやる? 何て上から目線。


 あぁ!? ヤツの毛か!?

 身に付けたら精神魔法への耐性を驚異的に高める毛です!


 模擬戦でもアデリーナ様から貰って、私は巫女長を倒したことを思い出しました。最近はフロンのヤツが猫状態にならないから入手を諦めていたのですが、ヤツ自らがくれると言うのですか!?


 となると、巫女長の最大の武器を防げる。怖いのは、地面を(えぐ)って大穴を開ける程の強烈な風魔法だけ。

 勝てます! それならば、私は体術を駆使して巫女長を倒せます!



 寝室の扉を開けて事務所へと入ります。


「ボス、晴れ晴れとした顔だな」


「えぇ光明が見えたのです。さぁ、今日も頑張りましょう」


 私は用意された貧相とも表現して良い朝食を平らげた後、ガルディスと共にスラム街を歩きます。

 既に私の手下みたいになっている黒蜥蜴ファミリーの方々が街の人達を仕切って作業を始めていました。


 働く彼らへの朝食も私と同じ物を与えられたことでしょう。何せ平等がモットーですから。



「拳王様のおなーりー!」


 誰かが叫びます。そうすると、皆は道の端に寄って土下座をし、私に敬意を見せます。


「ガルディス、これは絶対に止めさせなさい」


 恥ずかしいからではありません。


「何言ってんだ。ここでは強いヤツが支配するルールだぜ。ボスは既にこの街の大ボスだ」


「率先した者には悪いですが、人々が平伏すのは聖竜様にだけです」



 短期間で街並みも人も変わり始めています。


 この地区には家を持たない方々もかなりの数で居ました。路上で寝泊まりする上に、雨や風を防げる良い場所、例えば木陰なんかも少なくて、彼らは早い段階で衰弱して死んでしまうらしいです。


 だから、どんなにボロボロの家でも奪い合いですし、殺人事件の主な原因でも有りました。


 新しくこの街に流れて来た者が住民に襲われるのは貧しさの余りに物品を奪っていただけでなく、将来的に家を強奪される可能性のある者を排除する意識もあったのかと、私は思いました。


 家を持っている人間同士でも(いさか)いは起こります。木が腐って今にも崩れそうな家に住んでいる者は、機会があれば、もっと良い家に住みたいと願います。

 だから、強い人は弱い人の家を奪ったりもします。


 でも、弱い人も抵抗しない訳ではなく、自分が思う一番強い人に報酬を渡した上で守ってもらう風習もできていて、それがガルディスの所属していた組織や黒蜥蜴ファミリーによる庇護でした。

 暴力に長けた彼らは他人の物を奪いますが、自分の仲間が困っていれば助けます。また、お互いに牽制し合って暴力の連鎖も止めていました。それがこの地区の基本的なルールだったのです。


 私はそんな暗黙の了解を破壊してしまったのです。ですが、充分な住居を作ることで争いの根本を除こうとも考えています。

 これは私の考える全ての者が平等な世界、聖竜様の支配する楽園、その計画にも通じるものでした。



 板切れを粗雑に立てて、木の枝と枯れ草を乗せた家畜小屋未満の家々が並んでいたのですが、それを補修、または補強します。

 大きさも統一して平等です。家は風雨を凌げれば良い。そんな思想で広い家は破壊して、その廃材で新たに小さな家を作り出します。


 この地区に住むのは貧しい方々ですが、中には大工仕事に慣れた人もいて道具さえあれば家でさえ造れたのです。田舎の村から流れて来た人達でしょう。私のお父さんもそうでしたが、田舎では職人さんがいないので、自分で何でもしないといけなくて、手慣れているのでしょう。



「ガルディス、進捗の状況は?」


「早くなっているぜ。ボスが与える餌が良いんだろーな」


 ガルディスは口が悪いです。餌とは言いましたが、私もガルディスも同じ物を食べています。パンと果物と肉。毎食、それだけです。

 私は抗議のため、彼を睨みます。それに怯えず、彼は笑いながら補足しました。


「体力が付いて作業が進んでるみたいだぜ。野垂れ死ぬヤツも激減している」


「それは良いことです」


 実際、今までは簡単に人が死んでいたみたいです。無数の屍が清掃活動で見つかりました。目に見えるところならば、流石に皆さんもどうにか埋葬されていたみたいですが、家と家の間とか、床下とかから出てくるのです。中には1、2歳くらいの子供のものもありまして、私は非常に心を痛めました。


 住宅を撤去した空き地に全て埋めました。そして、そこの上に小さな聖竜様の祠を作りまして、亡くなりになられた皆さんを供養しております。



「問題はあるな。新たに入ってくる奴らは小金を持っている奴もいるぜ。平等の精神に反するんじゃねーか?」


「ほう? 確かに。他の地区との境に検問所を設けましょう。この地区に入ってくる方の身ぐるみをそこで剥いでから、皆と同じ分だけを渡すのです。他は街の発展と食事に使います」


「おう。早速、黒蜥蜴の連中にも言っておくぜ」


 ガルディスはノシノシと去っていきます。頼りになる男です。常に的確な判断が下せる。人の名前さえ覚えることができれば、スラムに住む必要もなかったでしょうに。



 忙しく動く皆さんを私は微笑ましく見ています。獣人さんも結構いますね。シャール内の他の地区と比較したら、明らかに多い比率です。


 それにしても、皆、凄いです。熱心に働いておられます。力のある方は木材を何本も運んでいますし、そうじゃない方も屋根の干し草が風で飛ばないように押さえる石を拾ったりしています。

 たまには明らかにサボッている方も見られますが、「拳王様がご覧になられているぞ! 聖竜様の愛が足りないか!?」と元々街の仕切り係役だった人が声を掛けています。



「拳王のお姉ちゃん、ありがとう」


 小さな子が寄ってきていました。


「どういたしまして。でも、どうしたの?」


「お姉ちゃんのお陰で、お母さんが歩けるようになったの。あと、両手で私を抱っこしてくれたの」


 あー、片腕と片足がなくなっていた女性の娘さんかな。住宅撤去の初日にあばら家から発見されたんですよね。死にかけだったので、すぐに回復魔法を掛けました。


「元気にしている?」


「うん。お母さん、少し優しくなったし、私、嬉しいんだ」


「そう。それは良かった」


 私とその子は笑い合います。


「私ね、聖竜様が大好きになったんだ。将来は竜の巫女になりたい」


「えぇ、なれるといいね。待ってるよ」


「うん! 巫女になって、聖竜様の愛を広めるんだ」


 女の子は大きく頷いてから、走って小さな廃材を集める仕事に戻って行きました。

 そして、あらためて竜の巫女の皆は何の為に仕事をしているんだろうと疑問に思ったのでした。絶対に聖竜様の愛を広める仕事はしてませんよね。



 昼過ぎ、設置したばかりの検問所から叫び声が轟きます。襲撃でしょう。

 ついに来ましたね……。使者って言っていたガランガドーはやはり無能です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] <あらためて竜の巫女の皆は何の為に仕事をしているんだろうと疑問に思ったのでした。> 読めば読むほど、このシリーズの最大の謎と思っております(笑) [気になる点] ここでフランさんですか?…
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