乗っ取り
私の鮮やかな魔法で怖じ気付いた男達に再度尋ねます。
「この辺りで一番悪くて偉い人ですよ。さぁ、教えてください」
誰も答えそうになかったので、私はビシッと左端の男を指を差して回答者にご指名です。
「あ、あそこに住んでるヤツじゃねーのか」
彼の視線の遠く先には伯爵様の白いお城がありました。風刺に富んだご回答ですが、残念ながら、私が望んだものとは異なります。
「いえ、違いますね。もっと明らかに誰が考えても悪どい人でお願いします」
言い終えた私は隣の人を指名します。
「んなもん、国王に決まってるだろ。俺達から色んなモンを奪ってんだからな」
国王とはアデリーナ様のことです。
直接的に彼らから何かを奪っているとは考えませんが、この貧しさを放置しているのですから、為政者としてはどうなのかなと思います。
んー、でも、ここはシャールの街。法的には国王であるアデリーナ様が統治しているのではなく、シャール伯爵様の責任ですかね。
「平時なら正解! 正解者の貴方には報奨をあげたいくらいに的確なお答えでしたよ!」
私の絶賛に彼は照れたように顔を掻きました。
「が、残念! そこまで悪党でなくて良いのです。ってゆーか、私が望んでいるのはもっと身近なヤツですよ」
また私は違う方に答えるよう命じます。
「はん。あれだろ、偉そうにしてるくせに俺達を救わない聖竜と竜の巫女だろ」
バンっ!! と、そいつが吹き飛び、あばら屋のボロ壁を突き破ります。私が腹を殴ったからです。
死なないように回復魔法を唱えた上で、その家に踏み込み、倒れたままのそいつの胸ぐらを掴んで、引き立ててました。
「あん? お前、死ぬ? 今すぐ、聖竜様にお詫びしないなら、何も残さずに死ぬ?」
怯えた面のまま声を震わせる彼を私は激怒の表情で睨み続けます。
万死に値する発言でしたが、聖竜様に不遜な態度を取ったままこの世から去るのは大変によくありません。彼にはチャンスを与えてやっています。
「しゅ、しゅみません……」
「ふん。次に聖竜様を貶したら、即座にぶっ殺します。分かりましたか?」
「ひゃ! ひゃい……」
「3日以内に竜神殿に行って、聖竜様の像に謝ってきなさい。そうすれば、聖竜様もお許し下さるかもしれません。生きたいでしょ?」
「ひゃいっ!!」
これが慈悲です。
彼は邪悪な心を捨て、これからは聖竜様が放つ清浄な光の下で暮らしていくことでしょう。私、一つ善行をしました。
手を緩めると、ストンと腰を抜かして倒れます。
「ここ、お前か外にいる仲間の家ですか?」
「はい……」
壁を破壊したのはかわいそうでしたね。
うん、新人寮の建設の練習代わりに後で私が補修してあげましょう。
壁に大穴が空いているので意味はないのですが、礼儀正しい私はボロボロの木戸から外に出ます。
でも、誰も居なくなっていました。
しばらく待っていますと、思っていた通り、彼らの声が聞こえました。
「こっちです! こっちで女が暴れているんです!」
「殺してやりましょう! 絶対、殺してやりましょうよ!」
うんうん、悪い連中の中でも上位の方を呼んできてくれたんですね。とびっきりのでお願いしますよ。
路地の向こうから、ぬっと出現したのは、上半身裸の太った大柄な男でした。
「おいおい。お前ら、こんな小娘に負けたのか?」
「ガルディスさん、気を付けて下さい。あいつ、火の魔法を使います」
「おぉ、そうかい。なら、気を付けねーとな」
半笑いで私を舐め回すように見ながら、その大男はゆっくりと近付いてきます。
氷の槍で腹を突き破ったりして一瞬で勝てそうですが、今日の私は誘拐されないといけません。様子を伺います。
「おう、嬢ちゃん。うちのモンに手荒なことをしたんだってな?」
「そんなにしてないですよ」
断言できます。だって、今回は殺していませんもの。手加減できました。私、えらい。
「そうか? まぁ、なんだ。俺達も舐められたままじゃ終われんのだわ。ちょっと顔を貸してもらおうか。あぁ、断るんだったら、ここで殺すぞ」
威嚇したつもりなのでしょうか。最後、変な魔力が飛んできました。
無詠唱の精神干渉系の魔法かな。大男の背中に隠れている連中でさえ、急に血の気がなくなった顔になり、少し足が震えています。
でも、巫女長に鍛えられている私には効きません。ゾワッと鳥肌が一瞬立ったくらいです。
「ひゃー、ガルディスさんの言葉は重いぜ。おい、お前! 俺のナイフで刺されたいんだったね! 後で思う存分、刺してやるからな!!」
我慢です。私は優先しないといけない事があります。だから、今は彼らの言う通りにしないといけません。
口を開いたら喧嘩を買いそうになりますので、無言です。
それに私は気になることがありました。
大男は魔法を使いました。シャールでは街中での魔法発動は大罪で、すぐに警備兵が寄ってきて牢屋へ入れられてしまいます。私、見習いの時に経験したことがあります。
例外は使用許可を得ている場合。でも、それは正式な竜の巫女だとか兵隊さんだとか貴族達であって、いわば、シャールの支配階級の人々に限られます。
だから、私は大男にすごく違和感を持っているのです。
「こいつ、ビビってますぜ、ガルディスさん」
「知らねーぞ、お前。ガルディスさんを怒らせてるんだからな。男も女もかんけーなく、酷い目に合わせられるんだからな。覚悟しろよ。でも、大人しくしていたら容赦してくれるかもしれねーから、期待しとけよ。へへへ」
威勢が復活した男達が私の背後へと回りました。そして、肩を後ろから小突かれて前進を強要されます。
でも、私から聖竜様の愛を学んだ方は、まだあばら屋の床に力なく座ったままでして、私が微笑むと平伏して震えていました。
左右と後ろを囲まれて連れて行かれたのは、この貧しい地区には珍しい石造りの建物の前でした。ボロボロではありますが、二階建てです。
中に入れと言われたので、私は素直に進みます。自らの足で進んだとはいえ、断れない状況に追い込まれての結果なので、これで誘拐事案として成立します。
最初に入った大男は廊下の横にある一階の小部屋へと入り、私はそこを素通りして先に見えた階段を昇ります。
「おい! こっちだ! こっち!!」
「そっちはボスの部屋だぞ!」
三下どもが何かを喚いていますが、私を恐れてか、近寄っては来ませんでした。
2階に昇ると、廊下で見張っていた者が3人ほどいましたが、声も上げさせずに即座に殴って制圧。
ここにあるのはボスの部屋とヒントを頂いておりますので、私は躊躇わずに壁を破壊して、奇襲を行いました。
警護の人間がまた3人いましたが、こちらも氷の槍で腹を突き刺し、壁に貼り付ける形で動きを止めます。
殺してしまって彼らと敵対関係になるのは好ましいことではないので、回復魔法も掛けてあげています。
奥の机に見えた、偉そうな男も蹴り飛ばして伸します。これがボスだったのでしょう。
つい先程まで彼が深々と座っていた立派な椅子に私が代わりに腰掛けました。
ふぅ、計画の第一段階は完了です。
無事に私は極悪な組織に誘拐されました。
しかし、まだ落ち着けません。
背負っていた魔法のローブを艶のある木製机に置きます。
大きな音を立てて階段を駆け上がってきたガルディスという大男がやって来ます。部屋の状況を把握するまでに時間が掛かりましたが、やがて座る私を血走った眼で睨んできます。
「何のマネだ? 惨めに殺されてーようだな?」
「えぇ、その通りです。よく分かりましたね」
私は背もたれに身を任せ、脚を組ながら答えました。もちろん、両手は肘掛けの上です。
……この椅子、中々に良い品ですね。黒い革張りでして、クッションも柔らかい。
なお、大男は既に私の魔法を受けて燃え上がり、床を転げ回っています。




