住居を定める
太陽の光が目蓋を照して、私におはようと言ってくれているみたいです。両腕を上げながら伸びをしながら上体を起こしました。
私のベッドはふかふかでして、村で使っていた物とは大違いです。私が子供なら飛び跳ねて遊んでいたことでしょう。
すぐ隣は街区と外を分ける大きな壁が聳えています。まだ暖まっていない石材からひんやりとした冷気が漂ってきて、気持ち良いです。
ベッドの足先側の向こうに並べ置いた荷車もその荷物も無事なのを確認して、私は安心します。昨日の出来事を思うに、やはり街には悪い人もいるのだと考え直しました。身に危険を案じた私は街を出たのです。それが正解でしたね。
結局、昨晩は宿が見つからず、野宿となりました。しかし、街の中は危険。白昼堂々と通行料を寄越せとか弱い私を狙って恐喝する輩がいるくらいです。美少女である私がスヤスヤと道端で寝ていたら、飢えた狼が憐れな子羊を一飲みするように瞬時に悲劇が起きましょう。
そこで、私は街の外で寝ることにしました。
門を出てすぐ、門番兵さんの目が届く場所で私は安心して眠りにつきました。私、早速、安住の地を見付けたみたいです。
「やっと起きたか……。おい、お前。仕事の邪魔だから、さっさっと移動しろ」
まだ両手を上げている私に対して、門番の方が冷たく言い放ちました。
「あっ、はい。すみません」
慌てて、ベッドから下りて、それを荷車に載せます。
「……なんて怪力だ……」
昔から鍛えられていますからね。
さて、朝食にしましょう。
昨日の夜は草しか食べられませんでした。食べられそうな草を勘と本能を信じて採取し、魔法で出した火で炙って口にしたのです。
とても……苦くて不味かったです。
なので、今日は獣を見付けてお肉を頂こうと思っています。
適当に向こうの方に見える山に行けば、鹿か熊くらいはいるでしょう。
「この荷車、帰って来るまで見張っていてください。あなたにしか頼めないんです。許してください」
門番さんにお願いしてから、私は全速で駆けます。
「待て! そんな勝手な物言いが聞けるとでも思うのか!!」
彼の言い分は分かりますが、私は空腹なのです。まだ見ぬお肉を求める私を止められません。
大きな獣は残念ながら見付けられませんでした。でも、狐とネズミはゲットです。
私は美味しい物から食べる主義ですので、狐さんは既にお腹の中でして、ネズミさんを手にぶら下げながらシャールの街へと戻ってきました。太陽がまだ明るい内に帰って来れて良かったです。
さて、何人もの兵隊さんが私の荷物を見張ってくれていました。
「来た、来た!」
私の姿を認めて、ザワザワする彼ら。
「最敬礼!!」
ちょっと豪華めの帽子を被った年配の兵隊さん、たぶん、隊長さんの号令で皆が胸に手を当てて一礼してきました。
走りながらも驚いた私は手に持つネズミさんの首を思わず握り締めてしまいました。もうお亡くなりになられているので、グッタリしたままで良かったです。
尊ばれるのは嫌なことではありませんが、身に覚えがないので緊張してしまいます。
「メリナ様、聖衣の巫女メリナ様で御座いますね?」
到着した私を変な敬称付きで迎えてくれました。
「メリナではありますが……」
私はオズオズと答えます。他の誰かと勘違いされているかもと思ったのです。
革表紙の本を一冊、恭しく前に出されます。
「身元確認のために、大変に失礼ながらお荷物を拝見させて頂きました! こちらの日報にてメリナ様であることを承知するに及んでおります! また、我らの上官からも竜神殿へお尋ねさせて頂き、メリナ様であることをご確認致しました!」
日報?
……そっかぁ、記憶を失う前の私も几帳面だったので日々の出来事を記録していたのですね。と言うことは、それを読めば記憶が戻る可能性がある。戻らなくても、私がどういう人間だったのかが分かる。
過去の私、大変に賢いです。先見の明があると言わざるを得ないでしょう。さすがです。
過去の自分への感動で、思わず手を握りしめたら、ネズミさんの頭が地面に落ちました。
「ひっ!」
震えていた兵隊さんが悲鳴を上げます。彼は今朝、私が荷物の見張りをお願いした人です。
「あっ、ごめんなさい。気にしないでください」
ネズミさんの血が滴っていますものね。失礼致しました。
「それに、その聖衣の? 巫女では御座いませんので、そんなに構えて頂くと私も困ります」
「ハッ! ……アデリーナ陛下の御言葉も賜っておりまして、メリナ様がお忍びで街を監査している件は極秘とのこと、承知しております。我々も部隊外に口外しませんし、一般民に対するのと変わらぬ対応を厳命されております。ご安心ください」
最後は小声でした。
それにしても、他の人からアデリーナ様は陛下と呼ばせているのですか。なんて悪趣味で尊大なのでしょう。言いはしませんが、竜の巫女として相応しくない振る舞いだと感じました。
「そうですか。宜しくお願いします」
私は頭を下げて挨拶をしました。
彼らはもう一度最敬礼とか言うのをやってから業務に戻ります。
しかし、その後、私がベッドで横になっていると聞こえてくるのです。彼らの相談する声が。
この街を囲む厚い壁の内部には部屋があるようで、門を守る兵隊さん達の控え室も存在するみたいです。それが丁度ベッドのある壁の向こう側でして、静かにしていると音が漏れてくるんですよね。
「……おい、あれ、本当に聖衣の巫女メリナなのか?」
「確認したんだから本物だろ?」
「一人で千人を殴り倒したって聞いたぞ? でも、腰も低いし、そんな風には見えなかったぞ」
「バカヤロー。俺は諸国連邦との模擬戦に行ったんだ。一瞬で両腕、両足の骨を砕かれた。あれは人間の姿をした悪魔だ」
…………ふーん。
「でも、あの人、何であんな所で野宿してんだよ?」
「極秘任務に就いてるんだろ。宿屋じゃ目立つって判断では?」
「お前、門のすぐ横でベッドを置いて寝てるヤツが目立たないとでも言うのか?」
「狂犬だとか野人だとか破壊神だとかって呼ばれる人間の考えなんか分かるはずないだろ」
……ふーん……ふふーん。
私はそこで壁に耳を当てるのを止めました。そして、焼いたネズミさんをバリバリと食します。口の中に残った小骨をペペペペペッと壁に向けて吐き出してやりました。
とても静かになりました。あと、ベッドの上に散乱した小骨を掃除するのが大変でした。




