メリナの計画
朝の日差しで目覚め、すぐに部屋のお掃除をしました。それから、果物を求めて市場に行きまして、オズワルドさんやベセリン爺にお裾分けしました。軽く散歩もしましたので、ベセリン爺が私に差し出してくれた冷水が美味しいです。
「ふふふんふん、ふふふふんふん」
宿の廊下を歩く私は、思わず鼻唄が出てしまいます。
『主はリズム感が欠陥している。聞いている我の心が不安になるのである』
……ガランガドーさん? お前は庭にいるのに、私を不快にするためにわざわざ語り掛けて来たのですか。
率直な物言いは死に繋がりますよ。
さて、お仕事手帳も更新しなくちゃね。私はポジティブの塊です。
アデリーナ様やショーメ先生が居なくても、私は気落ちをしていませんでした。多額の借金があっても平気な顔です。
なぜなら、私が一夜という短時間で考え出した『メリナ誘拐殺人事件』作戦において、残された人々に「えっ、あんなに平穏な様子だったメリナ様がいないぞ? おかしいなぁ。巫女長や借金なんて苦にしていなかったはずなのに」と思わせないといけないのです。
特に調査を率いるであろうアデリーナ様には。
『思わぬぞ』
思わせたいのです。思わせたいのです。思わせたいのです。
分かります? 私の熱望が。
……ガランガドーさん、次案としては隣の帝国とかいう国を襲って、種々のトラブルをうやむやにしてしまう手も考えました。
ほら、蟻猿の洞窟に帝国の貨幣を持った魔族がいましたよね?
それを利用して「神聖なるブラナン王国に弓を引く愚か者どもに鉄槌です!」って攻め込むんです。何なら、そのままそこに住み着いても良いですよ。
『それでは、本当に戦争になろう。王国にも被害が出るのなら、アディの怒りを買うのではないか』
そうかもしれませんね。だから、次案なんです。帝国を襲撃するつもりなら、もうとっくにアデリーナ様は実行しているはずなんです。
王国の属領みたいな扱いだった諸国連邦の一部地域に、帝国は力添えして反乱を企てましたのに、何も仕返しをしてないんですよね。
先に喧嘩を売られたので、開戦の大義は立つと思います。それをしていないということは、アデリーナ様は戦争を避けている。
なのに、私が戦争の契機を作っては怒られますよね。
『一応聞いておこうぞ。メリナ誘拐殺人事件とはいったいどんな作戦なのであるか?』
絶対に他言無用ですからね。
私はそれなりに偉い人でした。記憶を取り戻した今だからこそ言える言葉です。
ただの村娘だった私ですが、巫女見習いとなり、伯爵様に謁見し、デュランで次代の聖女となる事が約束され、最後には一代公爵にまで登り詰めたのです。
実は金持ち。いえ、全く手元にお金がないから貧乏なのですが、世間的には私は成り上がり者です。
だから、私を誘拐して身代金を要求する人間が出てきておかしくありません。極めて自然です。
『人間の業とは深いものである』
えぇ、そうですね。嘆かわしいです。
皆が私のように穏やかで平和を愛するようになれば良いのですが。
話を戻しますよ。ただ、誘拐されただけだと「メリナさん、そんなクズども、さっさっと殺して戻って来られたら宜しかったでしょ? それが出来ない自己中心的な理由でもありましたか?」と嫌みなアデリーナ様なら仰るでしょう。
しかし、私はその対策も終えています。
私は殺されるのです。この世からいなくなったのですから借金は帳消しですし、姿を見せることもできません。もちろん、本当は隠れていて、借金がなくなったことを確認してから、聖竜様のお力で復活したとするのです。
んふふー。完璧。
『主よ、魔力感知を使える連中は騙せぬぞ。どこに隠れようと見つかろう』
私がその程度の事に思いが行かないとでも思っているのですか? 見くびられたものです。
ガランガドーさん、この黒いローブを覚えておられませんか?
『昨日の帰り際にアディの部屋から盗んだものであるな』
盗んでない! すこし借りたんです!
アデリーナ様は私を友と強弁しているくらいですから、これくらいの融通は友人として当然ですよ。
で、このローブですが、諸国連邦とシャールの模擬戦争で、アデリーナ様とお母さんが被っていたヤツだと思うんですよ。そっくりですもん。
これを着ると魔力が遮断されて、どこにいるのか分からなくなるんです。
私、アデリーナ様だと思って殴りに行ったら、お母さんだったんですよね。
戦場にお母さんが来ているって分かっていたら、無条件降伏してましたよ。ズルいです。殺されそうになりました。
『主は案外に物を覚えておるな』
こらこら、案外とか申すんじゃありません。まるで、私の頭が弱いみたいじゃないですか。
『う、うむ。すまなかった』
では、早期に計画を実行に移しましょう。ガランガドーさんはここの宿屋にお世話になっていて下さいね。
『我は神殿に行こうぞ。宿屋の主人に迷惑が掛かるであろうからな』
分かりました。そうですね、あそこなら餌も出ますしね。
でも、ガランガドーさん、良いですか? お前はスパイです。私が隠れている間、神殿の動向を私に伝え続けるんですよ。特に、巫女長とアデリーナ様を発見したらすぐに連絡を寄越しなさい。
『了解した』
素直でよろしい。私は安心しました。
……いや、お前を試しましょう。
巫女長って、今はどうなってます? お前の眷属なんですか?
『我の魔力の影響下にはあるな』
……やはり生存していたか。
怖いです。得体が知れない恐怖が私を襲いますね。
あの暗闇で食料もなく、どうやって数日間も生き延びているんですか。おかしいでしょ。
ガランガドーさん、巫女長への祝福は何だったんですか? 精霊が人を眷属とした時に何かを贈るんでしょ。
『あのマイアとかいう魔法使いは祝福と呼んでいたが、魔力を留めるために体を変化させているだけである』
そこはどうでも良いのです! 巫女長はどうなったか、早く教えなさい。邪神の肉の時は変な言葉を覚えられましたよね。今回も同じくらいなら問題ないのですが。
『分裂した』
はぁ!?
あの危険人物が複数になったんですか!?
世界の危機じゃないですか!! それは人間なんですか!?
い、今はどこにいるんですかっ、その最終兵器達は!?
『暫し待つが良い。我の魔力を通じて確認してみようぞ』
私はドキドキします。
『主らが潰した出口の前で、土や石材を取り除いておるな』
っ!? 今日中に出てきそう!!
『しかし、同じ身から発生したのにも関わらず、仲が悪そうではあるな』
共倒れて!! お願いだから、両方とも互角の力が何たらとかいう不思議な理由で対消滅して!!
私はすぐに部屋を出ました。
ベセリン爺に挨拶をして、オズワルドさんに「少し友人と出会ってきます」と伝えて、真っ直ぐにシャールの街の掃き溜め、スラム地区に向かうのです。
神殿から退去した日、荷車を引っ張る私を襲ってきた奴等がいた所です。
余りに急いだ私は両膝に手をやって息を整えます。背中には丸めたローブを負っています。
やがて、焦りも汗とともに退きまして、私は落ち着きを取り戻します。
ここは気だるくどころか、生きる意思を失っているみたいに路上で座っている方々が多い場所でした。大通りなのに板石での舗装もなく、幾つもの大きな水溜まりが目立ちます。
そこからもっと奥へと裏通りへと向かいます。悪そうな奴等がいそうな場所を探しているのです。
住居が多い通りに出ます。狭い道の両側とも粗末なあばら屋が辛うじて立っていました。シャールの街中だとは思えないですね。
でも、私はパン職人として王都で暮らしている時期があったのですが、その時の同僚、ウサギの獣人だったシャプラさんのお家もこんな感じの貧民街に有りましたね。
懐かしいです。シャプラさん、元気にしているかな。
散乱したゴミに気を付けながら進みます。こんな汚い場所でも小さいな子供の遊び声は聞こえてきて、彼らが育つ環境の悪さへの悲しみよりも逞しさを嬉しく思いました。
逆境にめげず、精一杯に頑張って立派な人になってくれたら良いなぁ。
何本かの路地裏でようやく私は目的を果たします。汚い小屋の前に屯うガラの悪い若者達を発見。ジロリと鋭く私を睨みます。
「……なんだ、姉ちゃん?」
「すみません。この辺で一番悪い人いませんか?」
「あ?」
尻を浮かして座っていた彼らがゆっくりと立ち上がりました。その中の最も愚劣なヤツはズボンからナイフを取り出してきて、それを舐めます。
とても汚いです。
私は信じられない思いでして、火炎魔法を飛ばして、そのナイフを殺菌しました。
立ったばかりだったのに尻もちを付いた彼に私は告げます。
「すみません。後から、そのナイフで私を突いてもらおうと思いましたので、キレイにしました」
○お仕事手帳6 地図製作
地図を作るコツは全体がどれくらいの大きさになるかを把握することです。それができなければ、途中で紙からはみ出したり、小さくて不便な物になるでしょう。プロとアマの差が出るところです。
筆を入れる前にババッと魔力を感じて全体的な空洞の大きさを掴むことが大切なのです。あと、どんな情報が必要か自分で考える能力も要りますよ。
人には適した職業というものがあるようでして、私、メリナは竜の巫女となるべく生まれてきましたが、そうでなければ、地図職人として生きたでしょう。いやー、褒められるの気持ち良かったなぁ。




