寮での戦闘
「追撃を仕掛けて来なかったのは甘いですね、アシュリンさん」
私はゆっくりと部屋を歩きながら語り掛けます。
ひどい雨を気にもせずに立っているアシュリンは巫女服ではなく、特殊な軍人用の迷彩服を身に付けていました。森の中じゃないので却って目立つのですが、それはアシュリンさんの頭が弱い証拠でしょう。
「ふん。余計な言葉を喋る余裕があるなら、とっと出て来いっ!」
あらあら、まだ上司面ですね。
よくお考えください、アシュリンさん。確かにあなたは魔物駆除殲滅部の先輩ではありますが、役職無しですよ、あなた?
うちの部署に管理職はオロ部長だけ。つまり、お前はただの先輩です。後輩より弱くて劣っているのに態度だけは偉そうな可哀想なヤツなんですよ。
「うふふ。私、メリナが教えてあげますよ、恐怖と諦めをね。さぁ、掛かって来なさい」
挑発です。
金髪を男の人みたいに短く刈ったアシュリンさんに手をチョイチョイと動かして、やって来いとジェスチャーします。
「調子に乗るなっ!!」
ほら、バカだから考えなしに向かってきましたよ。アシュリンさんが突進して来るのを見て、私はほくそ笑みます。
氷、氷、氷の槍。
鋭く太い氷の槍を出来立ての壁の穴へと飛ばします。
ちょうどバカがジャンプして穴を飛び越えて部屋に入ってくるタイミングでした。これを避けるのは至難の技でしょう。
「メリナっ!! 甘いなっ!!」
何の躊躇もなく、アシュリンさんは私の氷の先端を殴り、粉々にします。それが礫となって、部屋中に突き刺さります。お酒の瓶とかも砕かれて、私は勿体無いと思――ぬっ!!
わたしの真横で魔力を感知。
転移魔法の前兆です。
フロンかっ!? こいつも愚か者っ!!
出現のタイミングとともにフルスイングの豪拳を叩き込む。
「バカね、こっちよ」
フェイント。たぶん、自分に似せた魔力の塊だけを転移させたのでしょう。
逆から聞こえた魔族の声に私は慌てません。
この可能性も読めてました。氷の壁をそちらには構築済みです。フロンの手から伸びた爪が分厚い氷を貫いて私を襲おうとしますが、勢いが殺されているので、私は軽々と避けます。
それよりもアシュリン。詰めてきたヤツを私は迎撃する。あいつは魔族よりも無茶をしてきますから。
リーチを活かした横蹴りを前進して腰で受け止め、私はアシュリンの軸足を蹴り飛ばす。男性並みにガタイの良いアシュリンが転びました。遠慮なく頭を踏み潰しに行ったのですが、首を振られて空振り。
私の足が床に足が埋まったのをチャンスと見て素早く寄ってきたフロンを投げ飛ばした上で、私は間合いを2人から取る。
くそ、フロンのヤツ、元々が猫だから着地がうまい。
「ガハハ! まだまだっ!!!」
脛を砕いたはずなのにアシュリンは立ちました。こいつ、いつの間にか無詠唱の回復魔法を覚えてやがりますね。
右左から交互に殴ってくるアシュリンとフロンに、私は狭い部屋の中で対応します。しかし、足元が悪いのと逃げ場所を制限されている状況では不利を認めざるを得ず、少しずつ後退してしまいます。
しかし、じり貧なのではありません。チャンスを窺っているのです。こんなの、模擬戦でお母さんと久々に一騎討ちをした時と比べたら余裕です。
もう少しで私はまた壁へと追い詰められそうです。
「安心しろ!! お前は死なん!!」
アシュリンは、なんてお下品なんでしょう。しかも、そんな文句を言われて安心するはずないじゃないですか。全力で殴って、死んでから「そんなつもりではなかったっ!」って言う気でしょ。
「えぇ。死ぬのはお前たちです!!」
「はぁ!? 化け物、先に逝ってなよっ!!」
良し!!
ガランガドー、今です!!
奴らは興奮して気付いていません!!
私もろともデスブレスで始末するのです!!
ようやく寮の前にやって来たガランガドーさんに命令します。
『しかし、主まで巻き込むのは――』
構いませんっ! お前の攻撃如きで私が死ぬはずがないっ!! やるんです!!
「ちょっ!! ドラゴン、来てるっ!!」
チィィッ!!
フロンに気付かれたっ!!
『久遠の営みと留めを願った我は、炳炳たる貙虎を澱み焄べて嬌姿を――』
私を攻撃しながらもフロンは早口で詠唱を始めました。魔法の内容は分かりませんが、私は危機感を高めます。そして、決着を急ぐべきだと判断します。
殺られる前に殺す。
「メリナっ!! これでどうだっ!!」
私の殺意が向けられたフロンを庇うように、間に入ってきたアシュリンさんは、強く腕を振るっていました。
威力を増すために拳を回転させているのでしょう。巻き込まれた空気が、いえ、溢れた体内の魔力か、それが腕の周りに螺旋を描いて見えました。
「やられません!!」
私も迎え撃ちます。
フロンの頭を破壊しようと振るい上げた腕の狙いを変更。
死ぬか生きるかの瀬戸際でして、それが無意識的に私の魔力を高めます。
アシュリンさんと同じように私の腕も螺旋状に魔力を纏いながら、相手の拳を激しく打ち付ける軌道に入ります。
「「オオォォオ!!!」」
気合いを込めた一撃は真正面から衝突します。
先程のお外では打ち負けましたが、私も本気ですからね。
拳と拳がぶつかった瞬間、猛烈な風が発生して私の長い黒髪をたなびかせます。
両方向から多くの魔力を込めてぶつけたことによって、衝撃波の逃げ場が制限され、結果、とても大きな音が響きました。
更に、アシュリンさんと私から放たれた魔力が、天井を突き破って空高くへと駆け上がります。私の炎とアシュリンさんの緑色の風が渦を巻いて上昇したのです。
急に陽が差しました。私達の全力は黒い雨雲にさえも届いて、そこだけ青空がぽっかりできたのでしょう。
しかし、まだ戦闘中。私達は屋根が吹き飛んだのも気にせず、互いに睨み付けて1歩も退きません。
アデリーナ様の部屋を見回す余裕はありませんが、色んなものが破壊されましたね。
なお、背後ではフロンが透明な壁の構築を終えていました。どうやら、ガランガドーさんのブレス対策に魔法障壁を作っていたみたいです。さっきのタイミングで攻撃魔法なら危なかったかもしれません。
「くくく、メリナ。正気に戻ったみたいだな」
「はあ? 何言ってんのよ。こんなにアディちゃんの部屋をグチャグチャにして正気な訳が――正気ね。化け物にとってはこっちが正気だわ。忘れてたわ」
2人からは一気に敵意が見られなくなりました。
なので、私も拳を下ろします。
その瞬間にアシュリンの蹴りが飛んできましたが、肘で落とします。不本意ながら、神殿に入った日からアシュリンさんとは殴り合ってきた仲ですので、こういった不意打ちに騙されることは少なくなっていました。
「ガハハ! 言ったろ、私は。『戻ってきて早々に放火とは正気かっ!?』とな。メリナが正気ならば納得できるだろ!」
どういう意味ですか!?
「えぇ、よく分かったわ。こういうヤツだった」
いや、だから、どういう事ですかっ!!
その後、私達はガランガドーさんの告げ口によりやって来た副神殿長にしこたま怒られ、解散となりました。
新人寮は半壊状態です。私達3人は賠償金と、修理完了まで見習いさん達が代わりに住む家の家賃代を請求されました。
お幾らかと聞いたら、金貨3000枚ですって。支払える訳が御座いません。
ただ遠くに怯える見習い達の姿が見えて、私は満足します。まだ、そこの記憶は思い出せていないのですが、要望書なるもので私を新人寮から追放しようとした性根の悪い奴等です。
うふふ、皆様も追い出されましたね。竜の巫女は一蓮托生です。
「ガランガドーさんを解体して肉屋に持っていくしかないかなぁ」
帰り道に私は呟きます。雨は止んでますので、ガランガドーさんの背中に乗っていても濡れることはありませんでした。
『主よ、真面目に働くことを考えようぞ』
「肉を削ぎ終わった骨で寮を造れば、竜の巫女のお住まいらしいと思いませんか?」
『……思わぬ。スードワットも驚愕するであろう。次は我が身かと』
「あー、まさか、下僕のドラゴンに裏切られるとは思わなかったなぁ」
『あれだけ派手にやり合っていたのである。我が伝えなくとも結果は同じであったであろう。よく考えるが良い。被害を抑える最善であった。ルッカ風に言うならば、我ながらグッジョブ』
ふーん、ガランガドーさん、良いのかな。私、追い詰められてますよ?
一人頭1000枚の借金ですって。返せなかったら巫女を引退ですって。
記憶が戻る前なら何とも思わなかったでしょうが、今の私には巫女を辞めるなんて有り得ないです。聖竜様を敬慕する気持ちや生活の糧を考えると、大変な一大事。つまり、私、何をするか分かりませんよ? 危険ですよ。
「自分で言うことではなかろうぞ。さぁ、主よ、気を確かに精進して参ろう」
えぇ。
はぁ、巫女長にガランガドーさんを何匹か捧げれば、色々と解決するかなぁ。
「主よ! しっかり働こうぞ!!」
無限に湧き出る誰かのお肉で、ですよね?
ガランガドーさんはそれに答えず、逆さまに飛び始めて、私を落とそうとしました。




