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アデリーナ様の部屋にて

 ガランガドーさんが街の上空を飛ぶことにより、シャールの西地区から神殿のある東地区までかなりの短時間で進むことができました。

 雨が私を激しく打ちますが、そんな天候なので外を歩く人は少なく、また空を見上げる人もいなくて、余分な騒ぎを起こさなかったのは幸いです。ただし、繰り返しますが、私はずぶ濡れです。



 さて、今は神殿の中庭に到着しました。ここは真ん中に大きな池があるのですが、その周りも広大な芝生の土地がありまして、ガランガドーさんが着地しやすかったのです。この時も雨天は幸運でして、竜であるガランガドーさんに興味を持って集まる一般参拝客がいなくて良かったです。ガランガドーさんは竜神殿公認の観光客騎乗用のドラゴンとして人気者だったんですよね。

 


「ガランガドーさん、そこで待機をお願いします」


『うむ。いや、雨が冷たいのである。我の住まいで待つとしようぞ』


 住まいと彼は言いましたが、巫女さんの間では飼育小屋と呼ばれています。入り口の看板にもそう書いてあります。


 しかし、そんな事はどうでも良い。



 私は一刻も早くアデリーナ様の様子を確認する必要があるのです。

 最大限に魔力感知の範囲を広げ、アデリーナ様が新人寮の自室にいることを確認しながら、私は水溜まりを無視して飛沫を上げながら駆けます。


 私は焦っています。アデリーナ様の部屋にもう一人いるのが分かったからです。

 魔力から判断するに聖女イルゼ。転移の腕輪を持つ女。一瞬でどんな遠くにも、異空間にも飛べる高性能の転移魔法を操れまして、アデリーナ様がイルゼに命じて巫女長から退避しようとしている可能性が高いです!



 新人寮の扉を激しく拳で撃ち抜き、ノンストップで廊下を走ります。何人かの巫女見習いが悲鳴を上げましたが、今はごめんなさい。私、文字通り、必死なのです!

 だから、私を新人寮から追い出そうと働いたヤツがその中にいるとしても勘弁してやります!! 感謝して下さい!!


 アデリーナ様の部屋は開かれていました。いつも閉じられている無駄に豪華で重厚な扉が今回に限っては私を出迎えるように開いていたのです。


 私は室内に飛び込み、両足で踏ん張って床を削りながらブレーキを掛け、そして、最後に跳んで革張りのソファにお尻から綺麗に着席しました。



「アデリーナ様、ごきげんようで御座います」


 私は優雅に挨拶を致しました。息は切れていない。だから、見苦しくありません。


「扉を粉砕されるかと思って、開けておいて正解で御座いました」


 アデリーナ様は真向かいの自席から座ったまま、私に返答します。聖女イルゼはその脇に立たされていました。


 その聖女に私は目配せをして、転移魔法を使うなと合図を送ります。無論、言葉に出していないのですが、私の視線に気付いた彼女は静かに頷きました。長い金髪が少し揺れます。


 私の記憶が確かならば、このイルゼは、色々あって気持ち悪いくらいに私を慕っているはず。

 さあ、イルゼさん、理解しなさい! 転移魔法はご法度ですよ! 今こそ、私の意を汲んで私に報う時なのですよ!


 アデリーナ様も動かず、どうやらすぐの逃亡はなさそうです。



 ふぅ。間に合いましたか。

 私はようやく気持ちが落ち着きます。



「すみません。こんなにも部屋を濡らしてしまいました。タオルを貸して頂けませんか?」


「えぇ。メリナさんには期待しておりますので、快くお貸し致しますよ。あっ、ご遠慮なさらないで。メリナさんに借りができる予定ですので、その先払いで御座いますからね」


 ……私がアデリーナ様に恩を売る?

 何の事かは分かります。こいつもショーメと同じく私に巫女長対応を押し付けようとしているのです。


 アデリーナ様が小棚から出したタオルを私に投げ渡しまして、それで私は顔や髪、服を拭います。

 香水を使っているのか、とても良い匂いがしましたし、特上にフワフワでした。

 ついでに、手の届く範囲の床もゴシゴシして水気を取りました。それから、使い終わって汚れたタオルをアデリーナ様に投げ返します。もう不要ですから。

 私、仕事が速いです。だから、放り投げたタオルも速いです。それをアデリーナ様は片手で顔面に当たる前に受け止めました。



「私にここまで無礼を働けるのはメリナさんくらいで御座いますよ」


「それは失礼しました。ところで、アデリーナ様、私から大切な話が御座います。その為に急ぎ豪雨の中、ここに参ったのです」


「すみません、メリナさん。私、今から王都でお仕事なので御座いますよ。また暇な時にお聞かせ下さい」


 ……急いで来て良かったです。僅かに遅れていたら取り返しの付かない事態になっていたかもしれません。


「いえ、大変な事態です。是非、アデリーナ様のお耳に挟みたいことです」


「結構で御座いますよ。どうせ『赤いトンボと黄色いトンボ、どっちがクリーミィな食感か分かりました!』レベルの下らないことでしょうし。興味は御座いませんよ」


 なんて比喩なんですか……。下らな過ぎて、逆に天才レベルの発想ですよ。


「アデリーナ様、お聞き下さい。貴女はガランガドーさんのお肉を食べてしまいました」


「……それがどうしましたか?」


 くくく、アデリーナ様とあろうお方が何も分かっていないとは笑止千万、いえ、私の心の中では高笑いですよ。さあ、私の話に食らい付き、絶望するが良い!


「1年前、邪神の肉を喰らい、アデリーナ様の足は大変に臭くなる呪いを掛けられたことをお忘れですか? 邪神も精霊、そして、ガランガドーさんも精霊です。精霊の肉を喰らえば、その精霊の眷属になると、マイアさんに教わったではありませんか」


 そう、マイアさん。今は冒険者をしているノエミさんとミーナちゃん母子ですが、1年前は、そのマイアさんの保護下にあって一緒に住んでいました。

 記憶を失っていた私は、彼女らが度々言及するマイアさんについて、伝説の魔法使いを騙る詐欺師だと思っていましたが、実は本物の伝説の大魔法使いで2000年前に大魔王を討伐するために聖竜様のお供をした女性です。彼女は人生経験豊富なこともあって物知りです。


 そんなマイアさんから受けた説明ですので、精霊の肉を食らうと眷属化するは偽りなき事実なのでしょう。


「そうでしたね。それがどうしましたか?」


 ……表情に変化なしだと……?


「また足が臭くなってませんか?」


「……なりましたよ」


「ぷっ」


 あっ、笑いが漏れてしまった。今は挑発してはいけないと思っていたのに。


「屈辱で御座いました。屈辱で御座いましたが、もう、あの時の私では御座いません」


 な、何っ!? あの足の激臭と共に生きる覚悟をしたと言うのかっ!?

 これが若くして国を率いる重責に耐える者の力なのかッ!! 尋常にあらざる精神力!!


「ア、アデリーナ様……」


 私は敬服してしまいそうです。

 もしも私があんな地味だけど最悪な呪いを掛けられたなら、暗闇でひっそりと生きて行くしかないと、ほぼ人生を諦めていたでしょう。



「聖竜様で御座います。聖竜様」


 ん?


「イルゼに転移の腕輪を借りて聖竜様のお住まいに行き、呪いを解くようにお願い致しました。私、竜の巫女であって良かったと心の底より感謝しております」


「はぁ!? お前――」


「メリナさん、目上の者にお前とは何事ですか?」


 ぐうぅ。私は悔しいです。


「で、大変な事態って何で御座いましたか?」


 そして、笑顔が、そのスマイルが憎い!!

 しかし、まだ抵抗はできる!


「でも、アデリーナ様。確かに呪いは解けたでしょう。何せ、万物の頂点に立つ聖竜様の解呪なのですから。しかし、それは呪いが解かれただけ、ガランガドーさんの眷属となった事実は消えていないのでは?」


 逆転の一手。

 眷属になったところで、何か問題があるのかという疑問点はありますが、ブライドの高いアデリーナ様なら気になるはず。

 ここで気を惹かせて、シャールに留まりたいと思わせるのです。いえ、足りないか。私が何かを知っている素振りをして取引に持ち込みましょう。


「メリナさん、哀れですね。眷属という単語に意味はないので御座います。マイアが説明していたのをお忘れですか? そして、それよりも重要なことがあることも覚えていらっしゃらない?」


 ……頭脳戦をアデリーナに挑んだのが間違いだったか。全く分かりません!


「も、もちろん。知ってますよ。やだなぁ、それ、私の切り札ですからね。簡単には言えないですよ」


 誤魔化しましたが、ドキドキしてます。切り札となり得るのか!?



「精霊は人に祝福を与えるとともに何かを奪う」


「その通りです」


 全然覚えていませんが、私は同意します。ブラフです。交渉のチャンスを見逃してはなりません。


「足が臭くなる祝福をまたしても、またしても与えられ、人間としての尊厳を奪われた気もしますが、そうでは御座いませんでした」


 そう言えば、ガランガドーさん、巫女長も眷属にしていますよね。あの人の命を奪って頂けると、凄く助かるのですが。


「今回、私は人の顔の見分けが徐々に付かなくなりました。そういった認識能力を奪われたみたいです」


「それ、何か意味あるのですか?」


「逆にドラゴンの顔は区別が付くようになりました。聖竜様を拝見した際に、ガランガドーさんの面影があって素敵だなと思ってしまいました。今まで獣の一種だとしか思っていなかったのに。聖竜様が凛々しく見えたのです」


「……殺しますよ。聖竜様は私のものです」


「聖竜様がメリナさんのものかどうかは兎も角、今は呪いとともに治っておりますので、ご安心を」


 言い終えてアデリーナ様はニヤッと笑います。


「メリナさん、今の話でおかしな点は?」



 ほぼ全てです。そうではあるのですが、特におかしな点は2つ。

 まず1つ目は、聖竜様のことを聖竜様と呼んでいる点。不遜なアデリーナ様はいつも「様」を付けずに呼び掛けたりしていました。しかし、これは遂にアデリーナ様も聖竜様の偉大さを認めた証でしょう。まったく……竜の巫女としての自覚を漸く持てたんですね。

 2つ目は聖竜様を「ガランガドーさんの面影があって素敵」と思ったことです。アデリーナ様には恋心なんて存在しません。代わりに心を占めるのは陰惨な殺意と言っても過言ではないでしょう。



「それは『ガランガドーさん素敵』の部分ですね」


 アデリーナ様の思想では最も有り得ない表現です。


「その通りで御座います。恐ろしい話です。私はその点について王都で調べ事があるので御座います」


「王都ですか?」


「ヤナンカの実験資料を見直します。メリナさんにはちゃんと伝えておきましょう。私は精霊が人類の敵ではないかと危惧しております」


 敵? 精霊さんは魔法を出してくれる存在なのに? そして、ヤナンカ。王都を長年裏から操ってきた魔族です。もう消え去りました。


 ただ、アデリーナ様が懸念するのであれば、それは正しいのでしょう。それは分かります。私は少し緊張しました。


「急に真面目な顔になりましたね。メリナさんにも協力を求める日が来るでしょう」


「はい。私に出来ることであれば」


 アデリーナ様は私の返答に満足そうな顔をしました。


「では、イルゼ。メリナさんも承知してくれました。行きましょう」


「分かりました、アデリーナ様。メリナ様、私どもメリナ正教会の人間は常にメリナ様とともにあります。今日は大変に残念ですが、また、ごゆっくりお話をさせて頂ければと存じます」


 キモい。聖女イルゼさんはいつも発言がキモくて怖いです。



「そうそう、忘れていました。メリナさん、巫女長対応もよろしくお願い致しますね」


 最後、アデリーナ様はサラッと捨て台詞を言い放って、聖女の転移魔法で姿を消します。

 部屋がとても静かに寂しくなりました。


 ようやくそこで、ほぼどうでも良い情報を垂れ流して気を反らす作戦に私が嵌められてしまったことに気付くのです。


 濡れた体の寒さもあって、ソファの上でブルブルと震えました。血の気が退いた中、両肩を抱いて体を縮めます。そうやって、恐怖から身を守るしかありませんでした。


精霊の眷属についての詳細は、「私、竜の巫女にして拳王! 今日も元気に通学頑張りますっ!」第183話『邪神の眷族』を参照。

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