リフレッシュ
私達は空腹でした。また、大変に汗臭い状態でした。アデリーナ様もベッタベッタの髪の毛を気にされている様子です。
「皆様、明かりが見えますよ。向こうに村があるみたいですね。休憩されますか?」
森の中を走っていた時にショーメ先生がそう言います。尋ねてはいましたが、既に足はそちらに向かっていて、先生の意志がヒシヒシと伝わってきます。
私も休みたいと思っていますので、異論は御座いません。
でも、往路ではこの村の存在に全く気付きませんでしたので、今は巫女長の案内とは違うルートを通っていたのでしょうか。だとしたら、ショーメ先生に誘導されたかな。
「金は御座います。人間に相応しい食べ物を何とか頂きましょう」
アデリーナ様も気合いが入っております。
先程の迷宮は深度が進むほど、動物系の魔獣の出現率が減少し、骨だとか石だとか可食部が少ない系の魔物が多く出るようになりました。かなり悪質な罠です。食糧が少なくなる奥地でご飯の自給が制限されるのですから。
そんな状況なのに、今朝、私が調理した骨と石のスープをアデリーナ様は飲むことを拒否されたのです。最後に口にしたのは2日前のガランガドーさんの肉ですのに。
ガランガドーさんの肉でお腹を壊したのかと心配しましたが、食欲があるなら大丈夫そうですね。
さて、私達は3人とも魔力感知が使用できます。なので、村人の様子も簡単に村の外から把握できます。
今も茂みに潜んで様子を窺っているのです。
「子供が何人か居ますね」
「えぇ、気の荒い盗賊の村ではなさそうで良かったで御座います」
「警備の方もいらっしゃいますね。ちょっと行ってきます」
「お願いします、フェリス」
アデリーナ様からお金の入った皮袋を受け取った後、ショーメ先生は村を囲む柵の方へと歩いて行きました。簡単な門があって、そこに若者が立っているんですよね。
ショーメ先生がわざとガサゴソと音を立てて草むらを通りましたので、彼らの視線がこちらに向けられます。
揺れる篝火に照らされる若者の顔に緊張の色が走りました。闇の中から魔物が現れるかもと警戒されたのです。
しかし、ショーメ先生は魔物よりも質が悪いですよ。諸国連邦では数々の男性教師を誑かせていました。ショーメ先生を奪い合う、醜いクラス対抗戦さえ開催されました。
童顔なのに妙な色気のある女性。それが魔性の女ショーメ先生です。
諸国連邦当時とは違い、今はメイド服の彼女ですが、その能力はいかんに発揮されまして、すんなりと私達は村の中へと入ることに成功します。
アデリーナ様曰く、身分証明も許可証もないのに村の中へと入るのは至難の技だそうです。私の村も瘴気が増えた時には知恵のある魔物が襲撃してくることがあったので、村の対応が余所者に厳しくなるのは理解できます。
それだけに、警備の男の人達をいとも簡単に落としてしまうショーメ先生は大変に優秀です。でも、余り感心できることではないですね。
さて、粗末な宿屋の1室に入った私達は干し肉を千切り食った後、泥のように寝入りました。シャールを出発してからベッドで寝ていませんでしたし、また、石でできた迷宮の中で寝転ぶと体温が徐々に奪われるので、座っての休憩が多かったのです。
簡単に言うと、これ以上なく疲れまくっていたので休息が必要だったんです。
あー、ふかふかじゃないけど、ベッドって最高。そんな感想を抱いた直後には、私の意識は飛んでいました。
日光が部屋を照らす頃、私は肩を揺さぶられて目を覚まします。
「メリナさん、隣の部屋に湯浴みの準備をさせました。臭いから早く行ってきて貰えませんか? 穢れた空気を吸い込みたく御座いませんので」
「はぁ? 朝っぱらから喧嘩を売りに――アデリーナ様、石鹸の香りがしますね……」
「えぇ。メリナさん、早く行ってきなさい。フェリスも浴び終えています」
金にものを言わせたのでしょう。隣の部屋ではベッドが端に追いやられ、代わりに大きな樽が真ん中に置かれていました。その中から湯気が出ていて、私は早速、裸になって体を清めます。ドボンと一気に体を漬けます。
くはぁ、これは気持ちが良いです。生き返るなぁ。水じゃなくてお湯ってのがポイントなんですよね。お酒だったら最高だっただろうなぁ。
魔物駆除殲滅部の小屋なんて、常に水でしたよ。クソ寒い冬なんか身が刻まれるんじゃないかと心配したくらいです。
「アデリーナ様、石鹸はどこですか?」
隣室のアデリーナ様に呼び掛けます。
「その辺に転がってませんか?」
ちゃんと声が届きました。壁が薄いですからね。たぶん、木の板で分けているだけの感じで、防音とか一切の考慮はないですね。
「分かんないです。っていうか、部屋中びしゃびしゃですよ」
「この宿屋ごと買い取りましたから、ご心配なく。フェリス、石鹸をメリナさんにお届けください」
「承知致しました」
ショーメ先生、普通に部屋に入ってきました。私、裸になるからと鍵を閉めたはずなのに、先生は普通に笑顔で入ってきました。
オズワルドさんの宿屋で盗難事件が発生したら、犯人はこいつでしょう。一瞬で鍵抜けしやがります。
「はい、メリナ様、石鹸で御座います」
「ありがとうございます……」
「不服そうですね。どうされましたか?」
「扉、開いたままなんですけど?」
「大丈夫ですよ。貸し切りって言うか、買い取り状態ですから。でも、メリナさん、少し成長されましたね」
お湯の中に視線を下ろしての発言でした。
気持ちの良いものでは御座いません。
「大人の女性に近付いておられてますね。それでは、着替えもこちらに置いておきます」
ショーメ先生の言葉に私の顔は紅潮します。そのまま湯の中に顔を埋めました。
でも、よくよく考えたらショーメ先生にそんな事を言われたところで、照れる必要はないと気付きました。
むしろ、勝手に覗いてからの上から目線に、何様のつもりだという軽い怒りの感情の方が涌き出てきました。
さて、気を取り直して、髪と体を洗い終え、床が泡で更にビチャビチャになりました。窓の風景を見るに、ここは二階ですので、下の階は水漏れが凄いことになっていそうですね。
再びお湯に身をリラックスされながら、私は考えます。マッピング楽しかったなと。
地図を書いて、絵を描いて、便利な情報を加えて。
ショーメ先生に「意外と正確」って言われた時は少し嬉しかったです。
職業とする可能性を探りたいですね。
あと、あぁ、私は記憶が戻っています。全部の記憶かは分かりませんが、戻っています。でも、それを正直に伝えると、魔物駆除殲滅部の奴らとともにじゃれ合う日々がまた来てしまいます。
私の品格が貶められるので、何とかそれは避けたいと思いまして、とりあえず、記憶の件は秘密にしておきたいと考えています。
身も心もすっきりとした私は寝室へと戻りました。
始まるのは、ささやかなパンと肉と果物の朝食です。それを3人で囲みながら頂きます。
和らいだ雰囲気が私達を包み、自然に笑顔となります。また、会話も大した内容でもないのにそれなりに弾んだりしました。
そして、誰一人、巫女長を迷宮に閉じ込めるため、入り口を崩壊させて埋めた上に、崩れた石材を積み重ねたことについて語りません。
完全犯罪。そんな言葉が私の脳裏に浮かびました。




