地下迷宮を進む
今、私達は暗く深い地下迷宮を歩いています。ブロック状に切られた石で壁や天井、床が構築されていまして、蟻猿の粗末な巣穴とは違い、人間もしくはそれ以上の知恵を持つ者により造られたことが分かります。
もう中に潜って4日目です。いつまで歩くのでしょうか。お日様が恋しいです。太陽は見えませんが、ショーメ先生が時間を教えてくれます。何でもそういう時間が正確に分かる特技を持たれているらしいのです。たぶん、お腹の空き具合で分かるのでしょう。いやしん坊ですね。
シャールから北西に進み、徒歩で2日ほどの荒れ地に崩れ落ちた遺跡群があって、その一角の石畳を巫女長がめくると地下通路が出てきました。
今、そこに入って進んでいるのです。
巫女長に「こんな所をどうやって発見したんですか?」と聞きますと、「うふふ。私は元冒険者なの。こういう秘密の場所を探るのは得意なのよ」とチャーミングな笑顔で答えてくれました。
でも、私は巫女長の恐ろしさを知っているので、そんな微笑みで油断はしません。
さて、また魔物です。前後から私達を挟み撃ちの格好です。
即座にアデリーナ様が光の矢で前方を蹴散らし、後方をショーメ先生が投げナイフで殲滅します。この2人は戦闘要員です。
巫女長はリーダーで分かれ道でどちらに行くかを選びます。そして、私はマッピングと照明担当で、筆と紙を持って書き書きしています。私、知的作業を担当しているのです。相応しいです。
「アデリーナ様、お顔が土埃で汚れていますよ」
気持ちに余裕のある私は、親切にも魔法で水を出してあげました。宙からドバドバと小さな滝のように水が流れ落ちています。地上だったら綺麗な虹も現れたことでしょう。
アデリーナ様は慣れた手付きで顔を洗います。それから、少し口に含んで喉を潤します。
「くぅ……私には仕事が待っているというのに、どこまで連れて行かれるのでしょう」
「そんな大した仕事ないじゃないですか?」
「メリナさん、貴女に何が分かるって言うのですか?」
いえ、分かるんですよ。私、実はだいぶ記憶が戻ってきています。巫女長の精神魔法のお陰というか後遺症なのかもしれません。
アデリーナ様は竜の巫女でありながら、前王である叔父を倒した結果、今の国王になっていました。それが2年前です。
なのに、王都に住まず、そこから遠く離れたシャールの竜神殿で巫女さんの仕事をしているのです。状況から判断するに、王都での重要な仕事をサボって楽チンに神殿の寮で暮らしていると私は判断していますよ。
「勘です。でも、私の勘は当たるんです。ねぇ、ショーメ先生?」
「一番信じたくない勘ですね。メリナ様、私もそろそろ帰りたいんですが?」
「それは、あの人にお伝えください」
私は既に先へ進んでいる巫女長を指差します。
アデリーナ様が倒した魔物が食べられるヤツかどうかを確認しに行ったんですよね。
あー、どうか美味しいヤツでありますように。骨系魔物だけはご勘弁を。
「くぅ、これで御座いますか……」
アデリーナ様の嘆きです。口には出しませんが、私も同感です。
骨でさえもなく、崩れ落ちていたのは石礫だったのです。これは明らかに食べられません。骨ならば煮汁を啜る選択肢も取れますし。
ガランガドーさんの肉は、昨日食べましたが、もう食わないことに決まりました。抵抗するので追い詰めた結果ではあるのですが、あんなに怯えた顔をされると、さすがに2回目を頂こうと思えません。
「巫女長、戻りましょう。そして、準備を整えてから参りませんか」
アデリーナ様の進言は尤もです。
私達、手ぶらで探索中なんです。オズワルドさんの宿屋で「じゃぁ、今から皆で行きましょうね」と巫女長が軽く言われて、ホイホイと付いていったのが大間違いでした。
巫女長が収納魔法から出してくれる料理は3日で尽きました。巫女長、自分の分しか用意してなかったとか言うんです。
また、何より困るのは食事後のお通じです。そっと列を離れて事を為すのですが、皆、その動きを察して触れないようにしています。お互い様ですからね。巫女長でさえ、そこは一緒でした。
「アデリーナさん、もう少しなの。もう少しで届きそうなのよ」
そう言ってもう2日目です。我々は騙されませんよ。そもそも届くって何ですか。
ここで無視して帰る選択肢も有るには有るのですが、アデリーナ様は巫女長の気が済むまで付き合うみたいですね。
「メリナ様、地図を見せて頂けませんか?」
ショーメ先生から私の力作を見たいと申し出がありました。なので、私は素直に広げます。
「……意外に正確ですね……」
ショーメ先生の褒めたのか貶したのか微妙な言葉を受けましたが、私は平気な顔です。歩数を数えて書いているのですよ。品質に自信アリです。
「出現した魔物の絵も描かれていますね」
「はい」
地上へ戻る時にどんな敵が潜んでいるかを知るのは重要ですから、気配だけで遭遇しなかったものや逃げたものなんかも印を付けて、その場所をチェックしています。
「この点線は?」
「分かれ道で進まなかった方の道です。魔力の流れから、通路の形を予想しています」
エルバ部長ならもっと広範囲を知れるでしょうが、私のでも十分だと思います。
「このバツ印は?」
「皆さんの排便ポイントです。戻る時に踏まないようにという配慮です」
うふふ、素晴らしいアイデアです。
アデリーナ様のヤツとか踏んじゃったら最悪ですからね。
「途中まではまともだったのに、全てを台無しにする要素を入れて来られましたね。地上に戻ったら焼き捨てなさい」
横からアデリーナ様が私の才能に嫉妬の言葉を上げられました。
この後もぐだくだと話しながら歩き続けました。やがて、通路を曲がった先に、突然、大きな空間が広がる場所へと出ました。
「まぁ! これは期待できるわ!」
巫女長が嬉しそうな声を上げます。何を探しているのかよく分かりませんが、ここが目標地点であることを祈りました。
彼女は1人で前へと進み、色々と物色しているみたいです。
「何が有るんですか?」
私は同じくその場に残ったままの2人に聞きます。
「迷宮の奥には大体強い魔物がいるもので御座いますよ」
「アデリーナ様のいう通りです。何なんでしょうね。親切に待ってくれているのは有難いですが、もっと手前で殺させて欲しいですよね。メリナ様もそう思いませんか?」
部屋の真ん中に魔力が集まり始めます。
私達の元に戻ってきた巫女長はお祭りを控えた子供みたいに目を爛々と輝かせていました。
出てきた魔物は翼の生えた虎。たぶん、虎。縞々のある猫っぽい大型獣。
絵本に描かれていた虎より遥かに大きくて、私なんか一口で食べられてしまいそうです。
「あらあら、外れよ、外れ。ドラゴンじゃなかったわ」
巫女長はあからさまに落胆しています。
「外れなんですか? じゃあ、もうここには用がないんですか?」
私は期待を込めて尋ねます。
「えぇ。ごめんね、皆。こんな外れ迷宮に連れてきちゃって。倒して、もう帰りましょう」
「ウオッシャー! やりますよ、アデリーナ様、ショーメ先生!」
「勿論で御座います! ぶっ殺してやります。帰り道は全速で走りますよ!」
「喋る時間も勿体無いです。先に殺ります!」
虎が吼えようとするも、ショーメ先生のナイフが額に突き刺さります。更に、アデリーナ様の魔法である光の矢が何本も体を射貫き、その後、床から突き出た私の氷の槍が虎の腹から背中へと貫きます。
「死亡確認! 巫女長、お疲れ様で御座いました!」
「「お疲れ様でした!」」
アデリーナ様の宣言の後、巫女長にお別れの挨拶をして、一気に走ります。3人で真っ直ぐに連なり、先頭の人が風避けと魔物避けになりつつ、疲れたら交代。
何も打合せしていないのに、私達のコンビネーションは完璧。一刻も早くお外に出たいという共通の願いが実現させた奇跡だったのかもしれません。
行きは4日の道程だったのに、半日で地上に出てきました。お空は満天の星空で、夜風が大変に心地良かったです。
巫女長を独り残して来ましたが、それを心配する人は誰もいませんでした。




