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3世代前の最凶

 扉の向こうに見えたのは、私の胸くらいの背丈のご老人でした。皺の深いお顔ですが、背中は曲がっておらず、単純に背が低いだけのようです。


 驚いたのはその方も巫女服を身に付けておられたことです。しかも、アデリーナ様は黒一色なのに対して、その方の服は上品な金縁があしらわれていました。

 絶対に竜神殿の偉い人です。



「まあまあまぁ。メリナさん、お元気でしたか? 私、とっても心配したのよ」


 優しく語り掛けてくれます。


「フローレンス巫女長、神殿から遠いこの様な場所まで足を伸ばして頂き、メリナさんも幸せでしょう」


 アデリーナ様がさりげなく教えてくれましたが、この老婆は巫女長……。やっぱり偉い人でした。



「メリナさん、大丈夫かしら? エルバさんに聞いて我慢したけど、居ても立ってもいられなくてね、来ちゃった。記憶を失くしてしまったんですってね。私、心配で心配で、今もドキドキしているの」


「あ、ありがとうございます」


 なんだろう。普通に私を心配してくれているように思いますのに、警戒心は強まる一方です。こんな柔和な笑顔をしている巫女長を私は恐れているのでしょうか。



「メリナさん、ご愁傷様です。諦めなさい」


 突然、アデリーナ様が呟きました。

 それがまた私に焦りを生じさせます。


「他人事じゃないですよ。死なば諸ともです、アデリーナ様」


 何が起きるのか分かりませんが、私は強気で言い返します。


「残念ながら、メリナさんだけなので御座います。私はお守りを持っていますので」


 お守り!? それ、私にもください!


 そう思った瞬間でした。

 巫女長の体から魔力が放射状に発せられたのが分かります。それは光線みたいでして、私の身体を透き通る様に貫きました。もちろん、近くにいたアデリーナ様も私と同じくその魔力を浴びております。



 何の魔法なのか……。ノーアクションで発せられた魔法に私は怯えます。

 あー、全身がガタガタ震えだしました。何が起きているのでしょう……。



 次に来た衝動は悲しみと自分への怒りでした。勝手に口が開きます。懺悔したくなってきたのです。


「あぁ、すみ、すみません……。わた、私は、自分勝手な、に、人間です。生きていることが恥ずかしい……。死んで、わ、詫びることをお許しくだしゃ、しゃい」


 たくさんの涙も溢れてきます。

 私は両手で顔を覆い、また立つ気力も無くなって、へなへなと床にお尻を付けてしまいました。



 色んなことが思い浮かばれます。


 様々な人に「死ね死ね」と思ったり言ったりしてごめんなさい。お酒を何回も盗もうとしてごめんなさい。酒のためならアデリーナ様を生き埋めにしても良いかと思ってごめんなさい。神殿から追放されそうになってシャールに攻め込もうとしてごめんなさい。魔物駆除殲滅部の仕事なんて真っ平ごめんなんて思っていてごめんなさい。アデリーナ様の下着をバカにしてごめんなさい。オロ部長を化け物として認識していてごめんなさい。聖女だったクリスラさんの顎を粉々に破壊してごめんなさい。襲ってきた人達を問答無用でぶち殺してごめんなさい。サブリナの絵が気持ち悪くて何回も捨てようとしてごめんなさい。アデリーナ様のぶりゅぶりゅ捏造動画を公開してごめんなさい。寝ているシェラの足の裏を嗅いでごめんなさい。ミーナちゃんの顔面を全力で潰してごめんなさい。アデリーナ様に勝ち続けてごめんなさい。学友を氷の檻に閉じ込めてごめんなさい。アシュリンさんとフランジェスカさんを交換して欲しいと思ってごめんなさい。聖女になった途端に引退してごめんなさい。マリールのお仕事を邪魔してごめんなさい。聖女決定戦に男を選出してごめんなさい。ショーメ先生を魔族と同類じゃんと思ってごめんなさい。ルッカ姉さんとフロンさんとショーメ先生は全部淫らとか思ってごめんなさい。お母さんに歯向かってごめんなさい。ベセリン爺を最後まで雇えなくてごめんなさい。ヤナンカを救えなくてごめんなさい。シャールのお城を破壊してごめんなさい。アデリーナ様の足が臭くなって大爆笑してごめんなさい。お父さんの秘密の本の有りかをばらしてごめんなさい。聖竜様の首を落としてごめんなさい。聖竜様とご結婚したくて雄化を強要してごめんなさい。聖竜様との約束だった私の竜化を全く検討していなくてごめんなさい。



 その他にも次々と私は後悔の言葉を泣きながら吐きます。吐き続けます。

 全然記憶にないことなのに、私は不思議と口にしてしまいます。


 収まった頃には、私はぐったりと疲れていました。激しく消耗して私は息を切らす程でした。ロビーからはオズワルドさんの嗚咽の声も聞こえてきます。彼も巫女長の魔法を被弾したのでしょう。



「メリナさん、どうですか? 記憶は戻ってきましたか?」


 巫女長は柔らかく慈愛に満ちた風の顔付きで私に尋ねてこられます。やった事と大きく違う表情に私は恐怖します。


 そして、思い出しました。これは、ガランガドーさんやアデリーナ様も喰らった最悪の精神魔法です。唐突に謝罪をしまくりたくなる魔法です。


 これを回避する方法はアデリーナ様が仰った『お守り』が必要なんです。アデリーナ様の愛猫ふーみゃんの毛が。



 私は巫女長に返答する必要があったのでしょう。でも、まずは気持ちと息を整えてからと思ったのが失敗でした。


「あら? メリナさん、足りませんでしたか? もう一度唱えた方が良いかしら。次は詠唱付きの強力なヤツにしましょうね」



 ヤバっ!

 そんなの喰らったら死んじゃう!



『我が御霊は聖竜とともに有り。我は願う。黄昏の海に堕ちし赤烏の囀りは闇夜を誘う。月映えする鱗――』


 巫女長は私の返事なんて待たずに詠唱へと入っていました。

 ピンチ! メリナ、大ピンチ!!


 この至近距離では逃げることは難しい。

 というよりも、足に力が入らない。


『――を持ちしその竜が立つは真砂、憂れたし契りの地。思うのままに人は戯れて(おのの)くは煌めく竜の眼差し』


 巫女長の魔法は完成したようです。先程と違い、座り込む私に向かって一直線で魔力の束が飛んできます。


 私の対策は魔力の操作。巫女長の出した魔力をどうにかできれば一番良かったのでしょうが、その自信はなくて、自分の体内から引っ張り出した魔力を放出して、固めて、形を作ります。これを盾とするのです。

 記憶は無くても、体が覚えている。


 そんな感じだったのでしょう。



 人間と同じくらいの大きさを持った黒い竜が魔力の渦から産み出され、その体に押し退けられて私は巫女長の攻撃を危機一髪で回避しました。


 今はガランガドーさんが長い首をぐねんぐねんさせながら、自らの行いを懺悔しています。

 いえ、激しく自責しているのでしょうが、言葉にならない呻きと喚きが聞こえるのみです。


 恐ろしい魔法でしたが、私は助かったのです。お守りの効果のおこぼれを貰いたく、即座にアデリーナ様の横へと急ぎました。

 こんな状況なのに、ショーメ先生の鼻唄はまだ聞こえていて、あいつ、自分は関係ないって思ってやがってますね。



「巫女長。メリナさんの話を聞きましょう。もしかしたら、何か思い出しているかもしれません。ねぇ、メリナさん?」


「は、はい!」


 アデリーナ様が助け船を出してくれて、私はそれに感謝します。もちろん、即答です。


「あらあら。アデリーナさん。私に任せて頂ければ良いのに。メリナさんはまだ大切なことを思い出してないのよ」


 大切なこと?

 何でしょうか。


「メリナさん、思い出すためにもう一度――」


「み、巫女長! 竜の眼差しはもう勘弁してください……。お願いします」


 私、ちゃんと言えました。魔法の名前は分かりませんが、詠唱句の最後に出てきた単語です。分かって頂けると思います。


 私の言葉に対して、巫女長は意外に満足そうな顔をされました。


「あらあら、さすがはメリナさん。私の竜語がお分かりになられたのね」


 そのセリフは理解し難いものでして、私はアデリーナ様に説明を視線で求めます。


「……巫女長の精霊語をメリナさんが聞き取ったことで御座いましょうね」


「アデリーナさん、違うわよ。今のは竜語。そうですよね、ガランガドーさん?」


 巫女長の問い掛けにガランガドーさんは答えられません。だって、まだ苛まされ続けているから。可哀想です。



 しかし、好機です。私の勘が訴えます。ここが状況の改善の正念場だと。

 私は出任せを吐きます。


「お陰さまで、大切なことを思い出しました。ありがとうございます、巫女長」


「あら。じゃあ、私と一緒に地下迷宮に潜ってくれるのね! 嬉しいわ」


「勿論です。そういう約束でしたものね。地下迷宮……うん、地下迷宮ですよね。行きましょう。私、巫女長と行きたくてウズウズしていました」


 アデリーナ様から無言の冷たい視線を浴びておりますが、私はホッとしています。

 うふふ、巫女長はもう魔法を使おうとしませんもの。



「ほら、アデリーナ様や後ろにいるショーメ先生も手伝ってくれるみたいですよ」


 道連れです。ショーメ先生の鼻唄が止まりました。私は妙に愉快な気分になりました。


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