読まれる手帳
ガランガドーさんのいた空間から帰ってきた私達にショーメ先生がお茶を出してくれました。香り高くて色も鮮やかでして、明らかに高級品でした。
アデリーナ様に気を遣っているのだと思います。
「それじゃ、マジで2人とも仲良くだぞ。私は学校で授業があるから帰らせてもらうぞ」
エルバ部長は背負い鞄に水晶と布を入れながら、そう言います。重そうにしていたので、背中に負うのを手伝ってあげます。
「勉強、頑張ってくださいね。もう少し賢くならないといけませんからね」
「あ? メリナ、勘違いしているな。私は魔法学校の教師だ。生徒じゃない。教える方だぞ」
「はいはい。遅れたら怒られますよ」
「おい! マジだからな!」
ごちゃごちゃ言うエルバ部長の背中を押して、私は見送りました。
さて、もう一人の客人にも帰って頂きたいですね。優雅に茶を楽しむ金髪の鬼、つまりアデリーナ様のことです。
「あら、フェリス。このノートは?」
「メリナ様のお仕事手帳です。部屋から取ってきました。アデリーナ様がお読みになられるだろうと思いましたので」
「ふむ、感謝致します」
……信じられない会話です。それ、私の部屋の中に有ったんですよ。客室に勝手に入って、私物を持ってくるなんて何かの犯罪に引っ掛かっているんじゃないでしょうか。
私の常識的な思いでしたが、アデリーナ様はティーカップを脇に寄せて、ノートをおもむろに開きやがりました。
「何を平気な顔で読もうとしているんですか?」
毅然と抗議します。
「これは私がメリナさんに依頼した、巫女見習いが巫女になれずリタイアした時のためのお仕事手帳の原案で御座いますよ。中身を確認するのは当然のことで御座います。さあ、メリナさん、あなたも腰掛けて一緒にご確認致しましょう」
そんな設定でしたね。すっかり忘れていました。致し方なし。
私は渋々アデリーナ様の隣に座りました。
「メリナさんはガランガドーさんの召還もお願い致しますね」
「はい? 召還?」
「えぇ。パンを捏ねるみたいに魔力を捏ねたら出てくるって仰っておられましたよ」
「……そんな凄いことを私はやってのけたのですか?」
「はい。何体も召還していましたよ」
「何体も……?」
「動くのは一体だけなのですが、スペアの体的に作っておられましたね」
へぇ、凄いなぁ、私。
ミーナちゃんの蟹の爪みたいに竜のお肉も食べ放題じゃないですか。
『主よ! 我を食うではないぞ!』
あら? ガランガドーさん、頭の中で叫ばないでくださいな。
魔力を捏ねるというものがよく分かりませんが、私は微かに部屋に漂う魔力に集中して動け動けと念じます。しかしながら、視線はアデリーナ様が読んでいるノートへと向けていました。
○お仕事手帳 占い師
不思議な力や勘を駆使して、相談者の運命や悩みごとの解決に携わります。私が占った方も一人、お金持ちになったと喜んでくれまして、仕事冥利に尽きます。
でも、あまり儲かりませんでした。むしろ赤字です。
今、思えば、唐突に物を売り付けようとしたのが失敗だったかな。もっと不安感を植え付けてから提案すれば良かったと反省しています。
「……ふぅ、反省すべきはそこじゃないでしょうに……」
アデリーナ様の呟きは絶対に私にチクチクと指摘するためのものだったと断言できます。
「どうすれば良かったと言うんですか? 私は頑張りましたよ」
「こういう業界は客寄せが全てで御座いますよ。口コミだとか実績だとかが最重要なのですよ。それがないと金を払ってまで占いに頼りません」
「だから?」
「私なら、有名人にお金を支払うか脅して「あいつの占いは凄い」って言い触らしてもらいますね」
「……それ、巫女見習いさんには無理ですよ」
「こんな詐欺師紛いのアドバイスを受けるより遥かにマシで御座います」
○職業手帳2 花屋さん
きれいな花を売る仕事ですが、売るのは花ではなく実は感動です。
あと、果敢な投資は未来を切り開くのではなく、切り裂いたことに気付きました。
もうお金がありません……。
明日からどうすれば良いのか、私の悩みは尽きません。花屋は私を狂わせました。朝が来るのが怖いです。
「ほら、だから、あの日に儲からないってメリナさんに忠告したではありませんか」
「結果論です」
「まぁ、『朝が来るのが怖い』ってメリナさんにしては珍しく弱気を見せている程なのに。学習しないバカは最悪で御座いますよ」
「デュランには誕生花っていうシステムがあるそうなんです。それを上手く使えば稼げる気がしています」
デンジャラスさんがコリーさんの結婚式に誕生花をどうのこうのと言っておりました。デュランではそういった風習が有るのでしょう。
それを利用して、金持ち達の祝言の前に買い占めて、高値で売り付ける策を私は考えています。
「ん? あぁ、あれで御座いますか。デュランの宗教において最初の洗礼の儀で司祭から貰い受けるものですね。存じておりますよ。クリスラの先代の聖女に私も誕生花を授けられました。それが白薔薇で、花言葉は純粋、無邪気。当時の私に相応しい花で御座いました」
「ええ、今のアデリーナ様には合わないという一点で同意致します」
「まさか、そんな同意を伝えられるとは夢にも思いませんでした。ところで、メリナさんはご自分の誕生花をご存じですか?」
「えっ、私にも有るのですか?」
「薺らしいですよ。イルゼから聞きました」
イルゼさん。アデリーナ様が度々口にする方でして、現聖女の人だったと記憶しています。
「花言葉は『全てをあなたに任せます』です。メリナさんというバカに何を期待しているのでしょうね」
「バカは余計でしょう。ところで、薺って何ですか?」
「ペンペン草ですよ」
……地味ぃ。雑草じゃないですか。
そして、思い出しました。
この会話、記憶を失くす前にもしましたね。相手はショーメ先生だったと思います。どうでも良い記憶ばかり復活してしまいます。
お仕事手帳3 服屋(防具屋)
儲かる。私には商才があったようです。
アデリーナ様やショーメ先生ではダメでしょう。あいつら、絶対に客商売できないですもん。
ただ、私は見てしまいました。血塗れの服や鎧をゴシゴシ洗う店長を。
あれ、絶対に死んだ冒険者のヤツを買い取ってますね。淑女たる私には相応しくないと判断して辞めさせて頂きました。決して大金を手にして安心したからでは御座いません。
「メリナさん、対決しましょうか? どちらが服屋としても優秀かを」
「遠慮させて頂きます。アデリーナ様が悔しくて咽び泣いている姿が想像できますので」
「そうで御座いますか? 私、ファッションセンスには自信があると思っているのですが……」
その時、また私は記憶を戻します。体に電撃が走ったかのようでした。
「ア、アデリーナ様……。あんなスケスケおパンツを履いておきながら、センスがあるなんて主張するのはどうかと思うのですが……」
大事なところを隠すという役目を放棄したおパンツ、紐みたいな物を頂いた記憶です。それは嫌がらせではなく、好意からの贈り物だったとも記憶しています。
「文化の違いで御座います。王都の上流階級では皆、アレと似た物を身に付けます。恥じ入ることはないと主張しますよ」
「私が頭に被ったら怒ってましたよね。頭を叩かれましたし」
「……メリナさん、本当は記憶を失っていないのでは……?」
○お仕事手帳3 服屋さん(売り子)
お客さんのご要望は聞いただけでは不十分です。服装や表情、状況を踏まえ、最適解を出すのが、接客係のコツです。そう私のように。
汚い靴だから売れないのではなく、あなたが未熟だから売れないのです。クソみたいに汚い靴を銀貨に変えてしまう、つまり、錬金術師という異名を名乗っても許される私だからこそ言える言葉です。ご参考になったかしら。
秘訣が知りたいなら、この私、メリナ・ザ・ジーニアスに乞いなさい。
「ん? 服屋を2回したので御座いますか? いや、前のは防具屋か」
あっ、2回書いてしまったのですね。
「すみません。印象深くて重なったみたいですね」
「あぁ、通し番号は同じで御座いますものね。少し小金を稼いで、調子に乗られている姿が目に浮かびます。接客のコツまでは使えそうですので、それから後ろの駄文はインクで塗り潰しておいてください」
「は? むしろ、そっちがメインですよ」
「そうで御座いましたか? 自分でジーニアスと名乗るセンスは、デンジャラスと自称するクリスラと似通っていると思われますよ。痛々しいですが、残します?」
「……消しておきます」
○お仕事手帳4 風紀委員
ルールを守る、それは人間として基本中の基本です。秩序を愛し、街を愛する者の中から選ばれるのが風紀委員という高貴な職業です。
現在のシャールでは飲酒が禁止されています。辛いですがルールはルールですので、皆には泣く泣く我慢してもらいました。
お金は貰えませんが、皆の役に立つという満足が得られます。あと、極秘ですが、役得もあるかもしれませんね。
「ニラさん、悲しんでおられましたよ」
「何をですか?」
「ニラさんは鼻が利くのです。だから、『去り際のメリナ様、服の下にお酒を隠しておられました。風紀委員なのに』とぼやいておられました」
「……誤解がありますね」
「えぇ、ニラさんに伝えておきます。メリナさんは簡単に裏切りますよって」
「えぇ? そういう誤解ですか」
「メリナさん、反省は?」
「すみませんでした」
……次はうまくやります。
○お仕事手帳5 猿回し
猿は賢い動物ですが、人間よりも理性がないです。また、群れの中の上下関係に厳しいことも有名です。
なので、こちらの方が遥かに強いということを分からせるために、鉄拳制裁が必要です。
私、それを実践して総額で金貨100枚をゲットしました。
「蟻猿で御座いましたね。方々から顛末を聞いております」
「はい」
「巨大な女王猿が存在し、しかも、その後ろで操る魔族がいた。大変に訝しい状況です」
「その魔族はパウスさんによってもう倒されたと聞きましたよ」
「そいつが帝国の貨幣を持っていたので御座います。後ろ楯に帝国がいるというブラフなのか、実際にそいつが帝国の差し金なのかは判断していませんが、穏やかな話では御座いません」
なるほど。
私には全く関係のない話ですので、適当に聞き流せますね。
それよりもここからでは見えませんが、大きな魔力を持った人が宿屋に入ってきたのを感知しました。
何故か心がザワザワと落ち着きません。
アデリーナ様も感じられているのか、私と視線を合わせます。いつもの冷たい瞳の奥に、私は彼女の僅かな緊張を発見しました。
敵なのかもしれないと考えた私は臨戦態勢に入ります。しかし、アデリーナ様が私の腕に手を伸ばして留めます。
私は従い、調理場から聞こえるショーメ先生の鼻唄をバックミュージックに突然の訪問者を待つのでした。




