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黒い竜

 目の前に黒い竜がいるのですが、風景が全くないこともあって、その距離は計れません。


『主よ、互いに顔を合わせるのは久々であるな。また、小さき者よ、主との邂逅への助力を感謝する。だが、スードワットの招きにより我は人間の住む世に近付くことが可能となっていた。増長せぬようにな』


 その声は蟻猿との戦いの最中に頭の中で響いたものと同じでした。つまり、こいつが寄生虫。

 でも、私の守護精霊だと思いますと、何だかカッコ良くも見えます。


『そして、アディよ。最早、我は愛を語らぬ』


 ……ん? ラブロマンスの気配?

 そういえば、アデリーナ様はガランガドーさんに求愛されたとか聖竜様に言ってましたね。

 私はチラリとアデリーナ様の横顔を確認しましたが、いつもの冷たい表情のままでした。照れているのかもしれません。



「ガランガドーさん、久方ぶりで御座いますね。さて、私どもがここに来た理由は既にお分かりだと思います。まずは簡潔にメリナさんが記憶を失くした理由をお教え頂きたく存じます」


 アデリーナ様の言葉に黒竜は大きく頷きます。

 恐ろしいほどに尖った幾つもの牙を見せながら、彼は喋りだしました。



『まず、我は此処とは別の空間にいた。時の流れが違い、主の全てを知ることは叶わずであった。故に全てを知ってはおらぬ』


「ガランガドーさん、私は前置きが長い者は嫌いで御座います。有用なことのみを喋りなさい」


 アデリーナ様は容赦がない。

 あんな立派な風貌のドラゴンであっても遠慮なく言い放つ胆力は何に由来するのでしょうか。


『う、うむ。では、主が記憶を失う前日から語ろう』


 ん? 前日ですか……。



『その日、昼前早々に仕事に飽きた主は――』


「異議あり!」


 私は手を上げて抗議します。


「この私が仕事に飽きるはずがありません! どんな時も一所懸命、それが私、メリナのモットーです!」


「今の異議は却下します」


 アデリーナ様は本当に冷たい声でした。びしゃりと水を掛けられた気分になります。


「ガランガドー、続けなさい」


 ……チッ。



『うむ……。部署の小屋を出た主は新人寮の自室で昼寝をした後、暇潰しにアディの部屋へと向かった』


「信じられないで御座いますね。メリナさんはサボっていても私は仕事中でしょうに」


「いえ、私こそですよ。あの見るからに邪悪なドラゴンの話を素直に受け入れるアデリーナ様に驚いております」



『アディは留守であった。どこぞの貴族の急な訪問があり、男子禁制の神殿敷地から街中へと出向いていたのである。当然、部屋にも鍵がしてあった』


「……バカが訪問してきた記憶がないと思えば、そう言うことか」


「いえ。そこのドラゴンが浅知恵で嘘を申している証拠ですよ」



『主は鍵穴に向けて氷魔法を使い、その氷を鍵として、アディの部屋へと忍び込む』


「……メリナさん、本当に信じられない行為をされていませんか?」


「えぇ、私も信じられないです。そんな風に氷魔法を用いるなんて斬新なアイデアです。でも、果たして私がそんな凝ったマネをするでしょうか」


 蹴破った方が早いですしね。


「……続けなさい、ガランガドー」



『主は奥の棚に飾ってある酒瓶に目を遣り、近付く』


「展開が読めました」


「えっ、今ので真犯人が分かるのですか?」


「メリナ、私も展開が分かったぞ。マジで」


 えっ、そんな……。



『主は酒瓶のある棚へ音を立てずに向かう。それは()ながら獲物に忍び寄る獣のよう。しかし、途中にあったアディの机の横で足を止める。違和感を持ったのである』


「……違和感? 罪悪感でないのがメリナさんらしいですが……」


『主は見た。机の上に放置してある靴下。これが部屋に漂う臭いの原因かと。アディは急な来客に失礼にならないように靴下を履き替えていたのだった。脱ぎたてで臭気はきつい』


「ガランガドー! 貴様ッ!! 失礼なのは貴様だろッ!!」


 あらあら、アデリーナ様、美しいお顔が酷く歪んでおられますよ。


「うふふ、強烈でしたものね、アデリーナ様の足の悪臭。エルバ部長も嗅いだことありますか? マジで凄いですよ。あの臭いを言い表すならこの世の終、わ、り。鼻と喉をむしって死にたくなります」


 ぐはは、さすが私の守護精霊ですよ。私を貶める話が続くかのと思いきや、アデリーナ様を見事に嵌めてきました。素晴らしい。

 黒光りする鱗が大変に頼もしいです。



『気付くなり、素早く主はその靴下を懐に入れた』


「「はぁ!?」」


 私達は同時に大声を上げました。


『主は考えた。これは脅しに使える』


「メリナッ!! 他人の知られたくない弱みに突け込むなど、見逃せない悪どさで御座いますよ!!」


「アデリーナ様!! 邪悪を体現したようなドラゴンを信じるのですか!! 殺しましょう! 私達の仲を切り裂こうとする、その黒蜥蜴をぶっ殺しましょう!」


「お前ら、マジでケンカはよくないぞ」


 私とアデリーナ様は睨み合いますが、今は戦う時ではない。それが分かっているので、お互いに一歩退きました。



『更に主は机の上で一枚の書類を発見する』


「まだ続けるんですか? 断末魔を上げる覚悟を早くしてください」


「……書類……。巫女見習いからの要望書か……」


「どうした、アデリーナ?」


「いえ。あれを机の上に置いたままだったのは迂闊でした。多くの方からメリナさんを新人寮から追放して欲しいと書かれていました」


 ……以前に聞きましたね。巫女見習いじゃないのに新人寮に住み続けていたため、私は追い詰められていたのです。

 でも、臭い靴下を置いていた方が迂闊ですよ。どれだけ急いでいたのですか。


『強いショックを受けた主は自室に戻り、不貞寝をする。そして、「見習いさんたちと仲良くしなきゃ」と決意するのだった』


 うん、前向きです。頑張り屋さんの私に相応しい考えです。



「待て。何故、メリナは見習い達に嫌われていたんだ?」


「えぇ。王としての威厳を保つために、私の神格化を半年前から行っていたのですが、信仰が強過ぎる者も出て参りましてね。私に対するメリナさんの態度が許せなかったので御座いましょう」


 何を言ってるのでしょうか。

 自分を神格化とか正気じゃないです。少なくとも聖竜様を崇める竜の巫女を辞めてからにしてください。


「デュランではメリナ正教会の信者も増えていると聞くぞ。この国の行く末がマジで不安になるな……」


 メリナ正教。偶然にも私と同じ名を冠している宗教です。そちらも怪しげですね。



「で、ガランガドーさん、メリナさんが記憶を失ったこととそれは関係が御座いましたか?」


『うむ。翌朝、主は思った。「食堂にご飯を食べに行きたいのに、皆の目が怖いなぁ。……全員、半殺しにして逆に追放してやろうかしら。いや、でも、それはちょっとなぁ。巫女仲間だもんなぁ。あー、あんな部屋に行かなければ平穏に暮らせたのになぁ。あんな記憶なんてなくなっちゃば良いのに」と』


「ありがとうございました。完璧な証言が得られましたね」


「はぁ!? 正気ですか! それ、本当だとしても願望ですよ! 記憶を意図的に失くせる魔法なら、巫女見習いの方に掛ける方が合理的です!」


「メリナならそうするだろうな。マジで」


 くぅ、エルバ部長に同意されたけど、それはそれで嬉しくない!



「念のためにお聞きします。メリナさんは変な精神魔法を掛けられている訳ではないのですね?」


『……うむ』


 妙なタメがありましたが、黒竜は頷きます。私が気付くのですから、アデリーナ様も当然にその不自然さを感じたでしょう。

 目が鋭くなりました。



「何を知っている? それは誰の仕業か? お前か?」


 とても低い声で、アデリーナ様は死を運ぶ者とも呼ばれる私の守護精霊を脅します。威圧感が凄いです。ガランガドーさんも怯んだ様子でした。アデリーナ様の魔力が高まり、何かの魔法を準備し始めたのも確認されます。



 しかし、残念ながら追求には時間が足りずでした。


「すまない。私の魔力の限界だ」


 エルバ部長の言葉通り、彼女の術が終わるようでして、ガランガドーさんは何も答えないまま、輪郭がぼやけて霞の中に消えてしまいました。そして、風景も移り変わり、いつの間にか私達も宿の食堂に戻っていたのでした。

 


「あいつ、当日の事を話しませんでしたね?」


「えぇ。そして、メリナさんの印象が悪くなるように話していました」


 私が感じていたのと同じ感想をアデリーナ様は述べます。

 部屋に忍び込んだことや、靴下を盗んだことは、話の筋からして特に重要では有りませんでしたから。



「「ガランガドーが犯人っぽい」」


 私とアデリーナ様の声は揃っていました。

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