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引っ越し中

 神殿の周りの街並みは大変に立派で、石造りの建物も多かったです。でも、1日掛けて広い街を放浪した結果、それはシャールの街の一部分でしかないことを知りました。


 今、私が歩いている所は、貧しい人々が住む地域の様でして、石畳で舗装されていない土が剥き出しの通りです。その両脇には無気力に座り込む人々や、廃材で作られた小屋が立ち並んだりしていました。すえた臭いなんかも漂っています。


 お世辞にも治安の良い地域とは言えないでしょう。



 互いに酒に酔って喧嘩を始める人達さえいて、私はそれを横目に、神殿から持って去れと命じられた私物で満載にした荷車を牽き続けます。



「よぉ、姉ちゃん。ここを通るなら通行料が必要だぜ」


 薄汚い格好をした男が2人、私の行く手を遮りました。同時に荷車の後ろにも人の気配がして、方向転換することも叶いません。私はどうやら囲まれたようです。


「そうなのですか? それは失礼しました。何分、田舎から出てきたばかりで都会のことが分からないのです。それで料金は幾らになります?」


 私はそう答えましたが、お母さんに貰ったお金、まだ残っているのかなと密かに心配をしています。記憶を失くす前の私、散財してませんよね?


 神殿を出る際に荷物の中身は確認しませんでした。寮の自室にあった物を積んだだけです。

 荷車には、下から順番に謎の大きな鱗が5枚、ベッド、着替えが入ったタンス、既に梱包されていた数個の荷物、それから布袋だけです。それらが積み重なって置かれています。

 鱗はどう考えても不燃ゴミでしたので置いておこうとしたのですが、アデリーナ様に見咎(みとが)められて渋々持ってきたものです。



 また、部屋には4つのベッドがあったのですが、全部を持って出ることは諦めました。迷いに迷った上での決断です。

 我が身は1つなので、複数のベッドがあっても無用の長物だと自分を納得させるのに時間が掛かりました。なお、タンスは幾ら有っても便利なので4つとも持ってきました。



 さて、私を遮る男たちはニヤニヤしたまま、私の「おいくらですか?」の質問に答えませんでした。埒が明かないので、私は荷台の上から布袋を手に取ります。

 人も収納できるほどの大きなサイズで、これは私が村から持ってきた物です。

 この中にお母さんから餞別に貰ったお金があったと思います。まだ多少なりと残っていると良いのですが。



 良かった……。

 皮袋は私の記憶のまま、一番取り出しやすい所に見えました。



「オイッ! 何をチンタラやってんだよ! 殺すぞ!」


 突然の叫び声に私は驚いてビクッとなりました。


 いけません。お忙しい中、私からお金を徴収しようとしている方々です。

 一瞬だけ頭に血が昇るような感覚がしましたが、私は「ごめんなさい」と素直に謝ります。



「すみません、本当にお幾らなのですか? あと、この辺りで宿屋を知っていたら教えてください」


「あん? 早く寄越せっつーてんだろ!! あれ……?」


 強引に奪うかのように私の皮袋へ手を伸ばした彼でしたが、私が手を離さなかったので意表を突かれたようです。

 いえ、奪うなんて表現を使っては失礼ですね。彼が引っ張っても私のか弱い腕はピクリとも動きませんでした。優しく受け取ろうとしたに違いありません。


「おいおい、何やってんだよ……。こうやって腹を殴ってやれば、女なんて一撃だろうがっ!!」


 筋肉隆々の男が一歩前に出て、私のお腹を突き上げるように殴ります。



 ガスッと大きくて鈍い音が響いて、男の拳が粉砕されたのでしょう。私は驚きました。何てひ弱な殴打なのかと。避ける必要も御座いませんでした。


 呻きながら(うずくま)る男。それを嘲笑うのは他の男達でした。



「鉄板でも隠してたんだろ」


「おい、姉ちゃん。金を大人しく渡しな。次は綺麗な顔をボコボコにするぜ。それだけの荷物で力自慢なんだろうが、諦めろ」


「何ならナイフで切ってやろうか。ゲヘヘ」


 これ、きっと、あれですね。私、恐喝されてますよね?


 都会って怖いです。

 結構な騒ぎになってると思うのですが、周囲の人々は素通りしたり、道端に座ったままだったりで、誰も助けに入ろうとしません。



 私が育ったのは森の中にある村でした。たまには来る行商人さんから、本だとか服だとか村では作れない物を買ってはいましたが、基本は自給自足です。

 でも、豊かな森の恵みを得るには危険な魔物との遭遇が避けられませんでした。それなりに鍛えていないと死にます。


 私も10歳になってからは、村の人達と森に入るようになっています。そこそこ強いです。盗賊が村を襲うこともあって、対人戦にも慣れています。

 だから、目の前で脅してくる輩を駆逐することは他愛もないと感じました。



「すみません。日が暮れるまでに宿を探したいので、勘弁して頂けませんか?」

 

「あん? 舐めてん――ぐがッ!!」


 話し合う必要はないですね。

 私は顎を狙って腕を横から振るいました。

 思いの外、私の殴打は以前よりも速くなっていました。一年超の間に成長しているのですね。


 男は地面に倒れます。命を奪うつもりはなかったので直撃ではありません。また、腕の振り上げも腰の回転も足の踏み込みも全くなく、伸ばしただけのパンチです。だから、気を失っただけでしょう。



 荷車の持ち手を握って前進を再開します。

 背後の2人は何も言ってきませんでした。


 脅迫に負けない、私の気高さに心を打たれたのでしょう。でも、私は立ち止まります。



「すみません。遅れましたけど通行料です。お納めくださいませ」

 

 私は手にした皮袋から銀貨を4枚出して、倒れている男の手に握らせました。

 恐喝が私の勘違いで、男の人たちも盗賊ごっこを楽しんでいるだけのお茶目さんだったら、非常に心苦しいからです。

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[一言] 「私は手にした皮袋から銀貨を4枚出して、倒れている男の手に握らせました。恐喝が私の勘違いで、男の人たちも盗賊ごっこを楽しんでいるだけのお茶目さんだったら、非常に心苦しいからです」 あまりに…
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