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お仕事手帳

 無事に森を出まして、ガインさんに猿の頭を渡します。彼、もう金貨の袋を用意しておりまして、私はノエミさん親子と山分けにしました。

 他の方、つまり、パウスさん、デンジャラスさん、ゾルさん、エルバ部長はお金に興味が無いみたいなんです。


 その後、森から戻ってくる知らない人達とも色々と状況を報告し合い、もう蟻猿の脅威はなさそうだと結論付けた時にはもう夕方でした。

 私、退屈だったので、ミーナちゃんと土を掘って珍しい虫を探してました。でも、いませんでした。



「お疲れさんやったな、メリナ。馬車を用意しとるから街まで戻るか?」


「ありがとうございます。あと、ノエミさんとミーナちゃんの面倒も見てもらって良いですか?」


「えーで。あと、ノエミとミーナのランクを上げておくよーに、ギルド長に行っとくわ」


 話が早くて助かります。


「で、メリナ、どこに住んどるんや?」


 えっ、あの宿屋の名前、忘れちゃったなぁ。


「えーと、グレート何とかだったと思うんですけど……。いや、ゴージャスだったかな。オズワルドさんって人が宿のご主人さんです」


「あー、あいつか。王都から来たヤツやな。分かったわ。ほなら、御者に伝えておくわ」



 早速、馬車に乗ります。

 他の方達もガインさんが用意した幾つかの馬車に分散して帰ります。


 ノエミさん親子の住む場所が気になって、私の宿に誘ったのですが、「マイア様に自分達の力で生きていくようにと言われていますので」と断られました。家を買いたいとも言っていました。

 女王猿討伐の金貨は3人で均等に分けていますので、当面の資金はあるでしょう。全部で100枚でしたので、余りの1枚はエルバ部長にお小遣いとして差し上げました。

 部長は子供なのに性格が可愛くないし、無能そうなので生活に困っているだろうと気を遣ったのです。



 宿に着いた頃には夜となっていました。ここまで送ってくれた御者の人にお別れの言葉を伝えてから、宿屋の扉を開きます。


 ロビーは魔道式照明で明るくて、まず、お客さんは見当たらないのにどうやって儲けているのだろうと思いました。



「いらっしゃ――メリナ様! 今までどこに行っておられたのですか!?」


 私の姿を確認したオズワルドさんがカウンター越しに叫んできます。


「ちょっと知人と会っておりました。あっ、ちゃんとお金も稼いできましたよ」


 私はジャラジャラとカウンターに金貨を小袋から出して広げます。



「えっ!? こんなに!?」


 オズワルドさんの驚きが心地好いです。


「メリナさん、強盗ですか? 良くないですよ」


 背後からショーメ先生の無礼な言葉が続きます。この人、気配絶ちが上手いですね。私の魔力感知に引っ掛からないんです。


「いいえ。これは正当に私が稼いだものなんですよ。うふふ、ショーメ先生は思考が貧弱っていうか醜悪ですね」


「はいはい。それじゃ、メリナさん、湯浴みして来てくださいね。酷く臭いですから。その後にお食事を用意します」


「ちょ! ショーメ先生、私のことを臭いって言いました!?」


「すみません。つい口が滑ってしまいまして」


 えぇ!?


「オズワルドさん、私、臭いんですか!?」


「いえ、まぁ、どちらかと言うと……」


 えぇ!?

 最悪です! たったの2日ですよ、2日!

 なのに、もう臭うんですか!


「獣の臭いですね。二階に上がって、手前の部屋にお湯と着替えを用意しておりますよ」


 ショーメ先生の案内に従い、私はすぐに体を清めました。蟻猿の仕業です。あいつらの巣穴の臭いが移ったのだと確信しています。

 くそ、忌々しい!!


 私は丹念に体を綺麗にしました。特に足の臭いが酷い気がするので、そこは指の間もゴシゴシと洗います。



 そして、私は気品溢れる淑女として復活を果たしました。何せ白いボタンシャツに下はスカートですからね。このスースーする感じ、初めて……いや、初めてじゃない気がする。記憶のない期間でも履いていたのかしら。



 さて、身を清めた後はお楽しみの夕食です。部屋に一旦帰ってから私は食堂に来ております。



「お疲れ様でした、メリナさん。お肉を焼いておりますので、お待ちください」


 奥の調理場にいるらしいショーメ先生が私の期待に応える言葉で迎えます。

 素晴らしく香ばしい匂いが漂ってきますし、ジュージューと大変に耳触りの良い音も聞こえています。



 やがて、運ばれてきた分厚いお肉には、なんと、とろけ始めたバターっぽいのものまで乗っているのでした。パンじゃないのに!


 フォークでぶっ刺して口へと1枚の肉を運びます。



「うまっ!!」


「私の手料理ですから」


「うまっ!!」


「お誉め頂き嬉しく思います」


「お代わり!!」


「久々に奉仕している気分になりました。お任せください」


 ショーメ先生、凄いです。

 フリフリのメイド服は歳的にそろそろきついんじゃないですかとか思っていてごめんなさい!



 私は最後に水をガーッと飲んでお食事を終えました。そして、自室から持ってきたノートをテーブルに広げます。



「嫌な予感がしますので帰りますね、メリナさん」


 ん?


「はい。お仕事手帳を書くだけですから、どうぞ」


 私は目を上げずにショーメ先生に答えます。ここ最近、忙しかったので書けなかったんですよね。



 えーと、最初は占い師で、次は花屋さんでしたっけ。全然ダメだったなぁ。


 で、その次は服屋さんか。服屋っていうか防具屋さんだった気もするなぁ。

 あー、ご主人元気にしているかしら。


○お仕事手帳3

 服屋さん(売り子)

 お客さんのご要望は聞いただけでは不十分です。服装や表情、状況を踏まえ、最適解を出すのが、接客係のコツです。そう私のように。

 汚い靴だから売れないのではなく、あなたが未熟だから売れないのです。クソみたいに汚い靴を銀貨に変えてしまう、つまり、錬金術師という異名を名乗っても許される私だからこそ言える言葉です。ご参考になったかしら。

 秘訣が知りたいなら、この私、メリナ・ザ・ジーニアスに乞いなさい。



 うふふ、スラスラと書けました。

 何せ、初めてのお仕事だったのに凄く儲かりましたものね。いやー、天職だった。

 ……あの後、ショーメ先生が容赦なくお給金を没収とされたんですよね。信じられないです。



「うわぁ、凄く調子に乗っておられますね、メリナ様」


「まだ居たんですか? 早く帰宅して良いですよ、ショーメ先生」


「やっぱり面白そうだから居ますね。それから、ご忠告致します。そういう事を平気な顔で書いていたら嫌われますよ。組織を乱すって」


「嫉妬って醜いですね」



 さて、次は何の仕事だったっけ?

 服屋を退職した後、竜の舞を見に行って、あっ、風紀委員だ。街を守る立派なお仕事です。



○お仕事手帳4

 風紀委員


 ルールを守る、それは人間として基本中の基本です。秩序を愛し、街を愛する者の中から選ばれるのが風紀委員という高貴な職業です。

 現在のシャールでは飲酒が禁止されています。辛いですがルールはルールですので、皆には泣く泣く我慢してもらいました。

 お金は貰えませんが、皆の役に立つという満足が得られます。あと、極秘ですが、役得もあるかもしれませんね。



「極秘って、あれでしょうね。没収した酒を一人占めとか――」


「はぁ!? はぁああ!? 私がそんな真似をするとでも思うんですか!? こっそり1人で飲んだとでも言うんですか!」


「そんな下劣な真似をされたんですか?」


「してないです! 断言します!」


「ですよね。メリナ様はそんな下衆ではないと信じておりますよ」


「……えぇ」


 チラリと汗が出てきました。少し思い当たる節があります。


「私、探したんですよ。メリナ様が帰ってこないので。そしたら、森でですね、風紀委員って背中に書かれた派手な服が脱ぎ捨てられてました」


「へぇ……」


 ショーメ、どうして私をガン見するんですか!?


「空の酒瓶も隣に落ちてましたよ」


「……偶然って怖いなぁ」



 最悪な気分を切り替えて、次に行きましょう。

 えーと、その後は何したっけな。あー、蟻猿退治か。

 職業としては冒険者? ん、でも、冒険してないしなぁ。



○お仕事手帳5

 猿回し


 猿は賢い動物ですが、人間よりも理性がないです。また、群れの中の上下関係に厳しいことも有名です。

 なので、こちらの方が遥かに強いということを分からせるために、鉄拳制裁が必要です。

 私、それを実践して総額で金貨100枚をゲットしました。



「そんな事をしていたんですか?」


「正確には無差別に猿を殺し回っただけな気もしますね」


「それで金貨100枚なんて天職ですね。ほら、魔物駆除殲滅部なんてメリナ様にピッタシですよ。神殿に戻られては?」


「……戻るなら礼拝部がいいかなぁ」


「そこ、貴族の子女しか配属されないって噂ですよ。上品な踊り子として注目を浴びて、良い家と結ばれるのが目的の方が大半と聞いています」


「そっかぁ。残念です。あっ」


「どうされました?」


 結婚のイメージから記憶が戻ったのです!


「ショーメ先生、剣王ゾルザックさんに求婚されていませんでしたか?」


「誰ですか、それ。記憶にございません」


 えー、冷たい。

 でも、私の記憶は確かです。


「誰だっけ、えーと、あっ、レジス教官! レジス教官とゾルさんが淫乱なショーメ先生を取り合っていたんです!」


「誰が淫乱ですって? 人聞きが悪いですね」


 諸国連邦に教師として潜入していたショーメ先生は、男達を籠絡するために下着の透けやすい上着を来たり、胸元を広げたり、お尻の形が分かりやすいスカートを履いたり、甘えた声を出したりと様々な仕掛けをしておりました。極めてモラルの低い淫らな女性だったのです。


「ショーメ先生も早く結婚した方が良いですよ。デンジャラスさんやアデリーナ様みたいに行き遅れてしまったら悲しいですもの。まぁ、アデリーナ様は鬼ババァへの進化が決定しているから難しいですよね」


「あら、アデリーナ様は私より年下ですよ。それじゃ、もう帰りますね。あと、今の言葉、報告しておきますのでご承知を」


「だ、誰にですか!?」


 手を伸ばして引き留めようとしたのに、するりとショーメ先生は躱し、そして見えなくなりました。

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