乾杯
ロクサーナさんと巫女長から解放され、私は舞台から下ります。
そして、すぐに会場の外で待機していたのであろう、料理人や召し使いさん、音楽隊の方々が入ってきて、パーティの始まりです。
実は、私が手に持っていた細長いグラスに入っていたジュースは巫女長の振り上げた勢いが強くて飛び散ってしまっていたので、改めて新しい物を頂きました。
「メリナ、おめでとうございます」
「あっ、シェラ。シェラこそ昨日はお疲れだったね。踊り、良かったよ」
同期であり親友であるシェラが真っ先に私に声を掛けてくれました。
「うふふ、ありがとうございます。でも、メリナは凄いですねわね。見習いの頃から抜きん出ていましたが、こんなにも早い出世をされるなんて。友として誇らしいですわ」
「あはは。シェラにそこまで褒められるとくすぐったいね」
同期とは大変に良いものです。
「本当にメリナには感謝しかありません。……実は私もサラン家の次期当主に決まりまして、それは勿論、メリナ、貴女との交友が大きく影響したんです」
次期当主? あぁ、シェラが次のシャール伯爵になるってことか。
出会った当初くらいに「どこかの貴族の家に嫁ぐだけの人生」とか暗い感じで呟いていたのを覚えていましたが、それは良かった!
「おめでとう!」
「えぇ、ありがとうございます」
「あれかな? そうなると、グレッグさんと結婚するの?」
「それはゆっくりと考えますわ」
シェラは悪戯っぽく笑いました。
「ちょっと、シェラ! まだ話が終わんないの!?」
「申し訳ありません、マリール。そんなに長く話していた訳ではありませんが……」
来たか。うわっ、両目を吊り上げて怒ってるよ。
「元気そうで良かった、マリール。皆があの化け物に吸収された時はどうなるのかって心配したし」
「は? あんた、私を目掛けて何回も蹴ったじゃん! あれ、絶対にわざとだよね!?」
「いやいやいや、偶然だって。アレじゃないかな。あの化け物も自分が攻撃されたくない場所にマリールの顔を置いて、私の攻勢を緩めようとしたとか。ったく、悪知恵が回るヤツだったね」
私の弁解ではマリールの怒りを鎮めることは出来ませんでした。
「おかしーじゃん! 他にも狙う場所はあるだろうに、私だけ蹴られてたじゃん!」
私はシェラを見る。
「あの時、不思議と皆の意識が繋がっていましたのよ。だから、皆がマリールに『ご愁傷さま』って仰っておられました」
眼球や表情が動いたりしていましたが、意識までそんな感じだったのですか……。
「私になんか恨みでもある訳!?」
「ないよ。マリールには感謝しかないからね。蹴りやすい位置にいただけだって」
「他の人を狙いなさいよ!」
「他の人よりは知り合いのマリールで良かったかな。マリールは許してくれるし」
「許して欲しければ謝りなさい。メリナ、あんた、まだ謝ってない」
おぉ。そうでしたか。
「ごめんなさい。マリールも無事で良かった」
「ふん。許すわ。私の代わりにフランジェスカ先輩の顔を蹴ってたら許さなかったけど」
「あー、先輩だったら他の場所を選んでたかなぁ」
「何でよ!!」
寮生活でもよくこんな感じのじゃれ合いが多かったなぁ。とても懐かしいです。
私とマリールが会話ほどには険悪な気持ちでないのを知っているシェラも微笑んで話題が変わるのを待っていました。
「メリナさん、新巫女長への就任、おめでとうございます」
「おめでとう、メリナ」
マリールの話が終わったと見て、また新たな方が私に声を掛けてきました。
「ケイトさん、フランジェスカ先輩、ありがとうございます。ってか、さっきので就任が決定したんですか?」
「さぁ。私も初めて見ましたから」
「巫女長は私が生まれる前から巫女長だもの」
ケイトさんは薬師処所属、フランジェスカ先輩も元は薬師処所属です。その2人が並んでやって来ました。
でも、見た目通りに神殿の良心的存在のフランジェスカ先輩と、静かそうな見た目とは裏腹に毒物専門家で性格も実はぶっ飛んでいるケイトさんの2人が仲良さげなのには意外です。
「メリナ、肩に掛けている新しい巫女服は着ないの?」
先輩の指摘に私はロクサーナさんから頂いた黒い布を手に持ちます。黒い生地、でも、所々に金糸で刺繍がされていて、これは巫女長の服なんでしょう。
「着替えて良いのよ」
ケイトさんも勧めて来ましたが、私は断ります。
「まだ未熟者ですから」
何か着たら後戻り出来なそうだし。
その後も礼拝部のお姉さま方や、営業部の顔見知り、一緒に聖竜様の降臨式の準備をした設備部土木課の方々、それに加えて、多数の巫女さんから祝福を受けました。
フロンはやって来ませんでしたが、遠くで談笑しているのが見えたので、アデリーナ様の中からは出てきたことが確認されました。
一通りの人と話し終え、シェラやマリールも去り、私は一人になって美味しい料理を堪能している時でした。
「メリナ様……その、おめでとうございます……」
フィンレーさんに連れられてきた遠慮がちの方は、薬師処所属だった巫女見習いの娘さん2人です。
「ありがとう」
「メリナ様、忘れてないかな?」
「えっ、何でしたっけ?」
フィンレーさんが訊いてきましたが、全く分かりませんでした。
「手土産」
あっ、見習いさん達に手土産が欲しいって要求してたんだ。そして、それをすっかり忘れてオズワルドさんのホテルで暮らしていました!
「あはは。またの機会で良いですよ」
私の言葉に見倣いさん達は涙を流したので驚きます。
「メリナ様、この子達。メリナ様が次の日に挨拶と手土産を要求したのに会えなかったから、騙されたかもって思っていたらしいよ。救われたと思ったのに、嘘だったのかと」
「それは……その、すみませんでした」
「い、いえ! 元は私達が悪いのですから!」
「頭を上げてくださいね。本当にすみません」
「メリナ様、良いよ。とっても慈悲を感じるかも」
うっせー。
フィンレーさん、絶対に約束を覚えていたでしょ。ちゃんと教えなさいよ。
さて、宴も酣ですが、私の目は会場の端に並ぶ円柱に眼を遣る。
上品な音楽が届きそうにない、その寂しい場所に私は独りの女性が居ることに気付きます。アデリーナ様です。女王様なのに、他人が寄り付かない可哀想な存在。
「寂し過ぎますよ、アデリーナ様」
本当に哀れなので話し掛けてやりました。
「今日は独りで飲みたい気分なので御座います」
だったら、パーティーに来るなよ! ってか、今日のイベントを知らなかったのは私だけじゃなかったってことか。
「巫女長の座に就くのは嫌で御座いましたが、いざメリナさんに就かれるとイラつきますね」
こいつ……。わがままクィーンの本性を現したか。
「譲りますよ」
「結構で御座います。しかし、私の上に立つのは許しません」
「は?」
肩に戻した巫女長服を投げつけてやりましょうかね。
「ふぅ。何にしろお疲れ様で御座いました」
不意にアデリーナ様が笑顔を作る。
いつもの冷笑ではなく、ひきつったものでもなく、自然な笑顔でした。
こいつ……るんるんの方か?
「ようやく王国は落ち着きそうで御座います」
政治の話? ならば本物でしょう。
「シャール、つまり、ロクサーナとフローレンスが私に敵対したら、ちょっとややこしくなりそうだったので御座います」
「るんるんが誕生した時は、2人とも助けてくれましたよ」
「傀儡化が容易だからで御座います。アントン卿がよくやってくれました」
ふーん。
「メリナさん」
「はい、何ですか?」
「乾杯」
「あっ、はい」
細長いグラスの先を互いにぶつけて、軽い音を鳴らす。
何人かの巫女がこちらを見ていましたが、私と視線が合うと慌てて反らしていました。
「良い気分です」
「そうですか。あっ、アデリーナ様は酒乱だからあんまり飲んじゃダメですよ」
「ほんと、メリナさんは口が減らないで御座いますね」
「アデリーナ様ほどではないです」
私達はもう一度乾杯しました。今度は互いのグラスを叩き割る勢いで。
◯メリナ新日記 25日目
巫女長に就任したっぽい。
しかし、何をして良いのか分からない。
冷静に考えると非常にマズい。せいりゅうさまに迷惑を掛けちゃうよ……。




