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続く訪問者

 私を立たせたまま、巫女長は小さな丸テーブルに向かいます。そこは、さっきまでアデリーナ様に化けたるんるんが日記を読んでいたばかりのところで、椅子には温もりさえ残っているでしょう。


 神殿で唯一の金縁の巫女服から何かを取り出してテーブルに置く。


「これを持ってきたの」


 銀色のティアラでした。

 これは、昨日に聖竜様の御降臨式会場の設営を終えた後、営業部のカーシャ課長から頂いた物です。被って式に参加したのに、誰にも触れられなかった悲しい想いでの品。るんるんに拾われたりしていましたが、戦闘の結果、誰かに踏まれたようで歪んでいました。


「ありがとうございます。カーシャ課長から貰ったんですよ、これ」


 少し安堵する私がいました。

 巫女長は落ちていたこれを持ってきてくれたのでしょう。迷宮探索とか地獄への誘いでなくて良かったです。


「うん、私がカーシャさんに頼んでメリナさんに渡して頂いたのよ」


「そうでしたか、ありがとうございます」


 努めてにこにこ顔で返答しましたが、心臓がギュッと握られたような感覚があります。

 ……呪いの道具系だったのでしょうか……。ヤベェす。


「これは巫女長就任の儀で被るものでね、私も付けたものでね。メリナさん、よく似合っていたわ」


 チッ。

 しかし、構いません。

 私は次期巫女長として巫女長に目を付けられている存在。現在も巫女長付きとかいう煉獄に身を置かされているのです。道筋から外れて酷い目に合うくらいなら、これを頭に乗せることなど屁でもありません。


「そうだったんですね。光栄です。でも、カーシャ課長は一言もそんな説明してなかったなぁ」


 ふふふ、カーシャ課長、私を誑かせたことは話が別です。巫女長に怒られなさい。「聖竜様のお目に止まるよう目立ちましょう」とか、お前の嘘に感動した自分が恥ずかしい。


「まぁ、そうだったの?」


「はい。そんな大切なものだったら、決して地面に付けず命に賭けても守っていたのになぁ。カーシャ課長、無能だなぁ」


「オロ部長、アシュリンさんが退職されて、アデリーナさんもおかしな感じだったんでしょ。メリナさんに言って聞かせられる方はカーシャさんしかおられないと思ったのよ」


 巫女長のご命令なら有無を言わずに付けますけどね。


「メリナさんが次期巫女長を受けてくれるって、行動でも言葉でも表明してくれて、私はとっても嬉しいわ」


 行動はティアラで、言葉はるんるんが化け物化して巫女達を全て吸収した時に宣言したヤツか。


「光栄です。あっ、偽者のアデリーナ様も被ってましたよ」


 無駄でしょうが、流れに抵抗してみる。


「うふふ、ロクサーナさんも昔頭に載せたことがあるから同じね」


 シャール伯爵のお母さんで、シェラのお祖母さんか。


「若い頃の私とロクサーナさんの関係は、メリナさんとアデリーナさんの関係みたいなものだったわ。懐かしい。でも、スケールは貴女達の方が大きいわね」


「そんなことないですよ。私たちはまだまだ未熟ですから」


 謙遜で何とか穏便に帰って頂きたい。


「聖竜様にお会いできたし、私はもう竜の巫女としてやりたいことは終わったも同然かしら。いえ、もしかしたら生きる目的も終えたかもね」


 そのまま死ね。そうすれば、世界は少し平和になると思ったことは本当に秘密です。


「ロクサーナさんもご満足されていたわ。早速で悪いのだけど、今晩の夕食にご招待したいと仰ってるけど、メリナさん、良いかしら?」


 断ったら酷い目に合わされるんでしょ。私、分かってますよ。

 くそぉ。神様よりも巫女長の方が恐ろしいって、とても不合理な世の中だと思います。


 私が承諾すると、巫女長は馬車の案内をして、大人しく部屋を出ていきました。

 魔除けのお呪いが必要かもしれませんね。起床してから悪魔のような奴らの訪問が続いています。



 そんなことを思っていたのに、無情にも新たな訪問者がやって来ます。

 廊下で魔力の淀みが発生。転移魔法です。壁越しでも氷魔法を突き立てる事は容易なのですが、その澱みは囮かもしれないので、私は先制攻撃よりも厳重警戒を選択する。


「巫女さん、お疲れ様。昨日はタイアードだったね」


 ルッカさんか。

 柔らかな物腰ですが、こいつは何回も私の命を狙ったヤツです。

心を許しては足を掬われるかもしれない。


「何しに来たんですか?」


「聖竜様に関わるインポータントな事を伝えに来たの」


「信じないかもしれませんが、聞くだけ聞きます」


「もぉ、巫女さんと私の仲じゃない。ちゃんと信じてよ。ビリーブミー」


「ビリーブミーっていった後に首を刎ねようとしたことを忘れてないです」


「あはは」


 ルッカさんは椅子に座る。巫女長が座っていた場所です。何かの呪いに掛かったら良いのに。

 ルッカさんは相変わらず胸元の開いた服でして、よくよく考えたら1児の母がして良い格好ではないです。教育に非常に悪い。子供は死んでるけど。


「簡単に言うと、神様と聖竜様のマジック的な繋がりをカットしたの」


「はぁ」


 神様ってのはフォビのことか?


「聖竜様は『神の祝福』で不死状態だったけど、その代償にあの地下迷宮から出られなかった。あの方のご指示で私が解除したの。だから、聖竜様は外に出られるけど、不死ではなくなったのよ。巫女さん、もう聖竜様にレクレスしちゃダメよ」


「レクレス?」


「無茶なこと」


「そもそもしたことないです。ってか、ルッカさん、その中途半端な異国語、なんとかしないんですか?」


「私のパーソナリティーを否定しちゃ嫌よ」


 まぁ、良いですけどね。


「でも、本当にグッドだったわ。昨日、アデリーナさんの分身が聖竜様を攻撃したでしょ。巫女さんが聖竜様を庇わなかったら、あれで聖竜様は消滅していたかもよ」


 っ!?


「なんて大罪!! ルッカさん、今すぐるんるんアデリーナを消しましょう! 本物と見分けが付かない時は両方とも消し去ればオッケーです!」


「しないわよ。彼女も反省していたもの。私を許したように、るんるん? 彼女も許して上げてよ、巫女さん」


 ルッカさんは微笑む。


「ところで、ルッカさんは私の事を巫女さんと呼びますが、それって私の守護精霊にサビアシースがいるって分かっていたからですか?」


「えぇ。あの方からある計画を聞いてたわ。で、巫女さんの血を貰った時に気付いたわ」


「それ、牢屋で会った時だから、一番最初じゃないですか」


「そうね。でも、サンクス、巫女さん。色々と助けて貰ったわね」


 ルッカさんは座ったまま言う。


「私ね、もうシャールから去るつもりなの」


「そうなんですか? 行く宛があるんですか?」


「旅をするわ。巫女さんも私も永遠に近いライフだから、どこかで再会できると思う」


 私も? 知らずに魔族化しているのか?

 全身の魔力を確認しますが、そんなことはなくて安心しました。


「グッバイ、巫女さん」


「私にだけ挨拶で良いんですか?」


「聖竜様にはお別れを伝え済みよ」


「では、ルッカさんもお元気で」


「えぇ。レターくらいは書くわ」


「転移魔法で月一回くらいは姿を見せてくださいね」


「あはは。別れの挨拶をした意味がないじゃない」


 笑い終えた後、ルッカさんは私と握手してから転移魔法で消えました。

 フォビが神を辞めるとか云々の話を聞いたことがあるので、聖竜様やルッカさんもフォビ絡みのしがらみから解放されたということなんでしょうか。


 しかし、ルッカさんまでいなくなると、魔物駆除殲滅部は本当に潰れかねませんね。以前の部署の事とはいえ、少し心配です。

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