試される日記
微睡む昼前。
昨日の大混乱の影響によって神殿はお休みで、動ける巫女さんは各々、街の人々を手助けするように副神殿長から伝達を受けています。
で、私は疲労もあって動けないと判断して、朝からベッドを出ずにいました。
「メリナ様ー、いらっしゃいますかー?」
ショーメ先生の声でした。そんな声掛けなんて滅多にしないし、魔力感知で私が室内に居ることは分かっているし、いつもなら勝手に入ってくるしで、なんて怪しいことなんでしょう。
しかし、私に返答する選択を与えてくれるなら、ここは居留守一択です。
「起きてらっしゃいますねー。入りまーす」
っ!? お前!?
声掛けを介す必要があったのかと疑問を感じるよりも早く、鍵を回す音がして、笑顔のショーメ先生が現れました。
「メリナ様にご来客です」
「居留守を使ったのに!」
「あぁ。メリナ様が他人に見せられないことをしていたら面倒ですので、隠蔽できる時間を与えているんですよ」
「それにしちゃ早すぎるでしょ!」
「昨日は大暴れしているとお聞きしていましたが、お元気そうで良かったです」
チッ、私の言うことなんて聞いちゃいねーです。
さて、私が居留守を選択した理由である人物が中に入ってきました。
「窓を開けて頂けます? 獣のような臭いが鼻を付きますので」
「分かりました」
元から双子のようなのに、2人とも巫女服だし靴とかその他の格好まで同じで、見分けの付かないアデリーナ様とるんるんです。
「私の部屋を動物の檻みたいに表現するのは止めてください」
私の抗議は無視して、アデリーナ様は椅子に座る。るんるんは更に部屋を進んで、窓際に立ちました。こいつら、遠慮なしです。
「何しに来たんですか?」
「メリナさん、分からないので御座いますか?」
……なんだ?
「……歴史の改竄について相談ですか? そうであれば、アデリーナ様だけでなく私も同じことを考えていました」
「へ……?」
こいつが間抜けな返事をするとは珍しい。
「メリナお姉様はそういった魔法も使えるんですか? 凄い。アデリーナはメリナお姉さまを人類の敵って認定しそうです」
るんるんも昨日から調子に乗ってやがりますね。
「いえ、アデリーナ様は昨日の醜態を隠蔽するために偽りの歴史の書を書かせるのかと思いました。ほら、あの秘密日記みたいなヤツの続きを」
「そんなのメリナお姉さまに相談しないもん。ね?」
「……はい。私なら相談致しませんね」
うぅん? 違和感があるなぁ。
「日記の確認に来たので御座いますよ」
「は? 昨日見せたばかりですよ!」
「メリナお姉さまは文句ばかりです」
「うっせー。お前はるんるん、るんるん呟いてなさい。ってか、今、言え」
「言わないです。る、るんるんだなんて、アデリーナはちょっと大人になったから言わないです」
照れやがった……。
こいつ……もしかして、本物のアデリーナ様の傍に居ることで急激に精神年齢を本物に近付けつつあるのか!?
「まぁ、良いです。返り討ちにすれば良いだけですから。はい、日記ですね。はい、これになります」
軽い焦りの感情を隠しつつ、私は枕元にあったノートを渡す。
◯メリナ新日記 24日目
聖竜様が地上に降り立った記念すべき日は歴史に残ると思うけど、祝福感が全くなかった。
聖竜様の名誉の為に歴史を改竄しないといけないので、アデリーナ様と相談しよう。
アデリーナ様も改竄する必要があるだろうから。
あと、マリールに会うのが怖い。
「人の口を閉ざすことは出来なくても、公式には違うことを書くということで御座いますね」
「そうそう。私は100年、1000年先を見据えているんです。聖竜様はそんな遠い未来でも元気に生きておられますからね」
「聖竜様の名誉とか、今更な感じかもとアデリーナは感じました」
「は? るんるん、お前に聖竜様の何が分かるってか、どういうつもりだ? 殺すぞ」
「怖いです。アデリーナはぶるぶるです」
「ちょっ! 言葉と違って目が怖い! 本物のアデリーナ様みたいに殺気を籠めて私を睨むな!」
「ぶるぶるですぅ」
「こっちが震えるわ!」
「メリナさん、何を改竄したいので御座いますか?」
「あっ、はい。聖竜様の御降臨だったのですから、会場は花に包まれていて、聖竜様を見たシャールの住民は感激で卒倒する者さえ居たって感じですかね」
「ふむふむ」
「ん? アデリーナ様って、そんなに相づちを打つ方でしたか」
「いえ、打っておりませんよ」
「打ちましたよ。ねぇ、るんるんも見たでしょ?」
「見ました。後でお仕置きるんるんです」
「……いや、お前がお仕置きするのは面白いですけど……言っちゃダメでしょ。昨日の大暴れの続きをするなら人知れずでお願いしますよ」
「メリナさん、続きを」
「あっ、はい。えーと、続きって言っても特にないですけど、血を血で洗うような戦いは無かったことにしま――あっ!!」
「どうしましたか?」
「聖竜様のお酒! 折角頂いたのに、持って帰るの忘れてた!」
「全部、飲んじゃった。るんるん」
「殺すぞ!! 吐け! 今すぐ、吐き戻せ!!」
「メリナさん、聖竜様にお願いして別の物を頂きましょう。そもそも、メリナさんにお酒とか、無能にも程があると思いました」
「アデリーナ! 聖竜様を無能とか、お前もどういうつもりだ!!」
「考えた結果かもしれないです。色々と有耶無耶にしたかったのかもとアデリーナは思います」
「チィ!! 聖竜様の深遠なるお考えを愚昧なお前達が想像するのもおこがましいって言うんです!」
私の両手がテーブルを強く叩く。
「ひぃ」
「……今日のアデリーナ様、おかしくないですか? こんな程度で悲鳴を上げるなんて」
「ふぅ、こんな所でしょうかね」
るんるんが口調を変える。
「はい。終わりで御座います。精進が必要で御座いますね」
「うぅ。難しいよぉ……」
挟まれている私は首を振って、2人の顔を確認する。
「私の代わりをするので御座いますから、常に威風と上品さを醸し出さないといけませんよ」
「……はい」
「もしや、こっちのるんるんが本物で、そっちの本物がるんるんでしたか……?」
「無論」
なんて事でしょう……。
私の恐れていた事態が加速している。このままではるんるんが鬼に進化してしまう。何としても阻止したい。
「るんるん、命令です。本物を殺して入れ替わりなさい」
「メリナお姉さま、それは昨日までに言ってくれたらて喜んでしました。でも、もう私はお父様と一緒に暮らす心構えだから」
「クソォ!!」
「汚い言葉遣いで御座いますね。決して見習ってはいけませんよ」
「分かってるもん。いくらメリナお姉さまが好きでも、アデリーナは真似しないです」
「よろしい。では去りましょうか」
「はい」
2人は去っていきます。
くぅ、最後に「もう一度るんるんって言って欲しい」ってお願いすれば良かったです!
私はこの程度のことにも頭が回らないくらいに、次の来訪者を警戒していたのです。
「まぁ、メリナさん。昨日はご苦労様でしたね」
「はい。フローレンス巫女長もお疲れ様でした」
私は直立不動で巫女長を出迎えました。




