混乱の終結
首を踏んで動けなくしているとは言え、油断はしない。こいつは本物のアデリーナ様と同じく収納魔法と思われる技で、剣を取り出すことができる。
本物のアデリーナ様は回復魔法を使えなかったから、両腕を潰しておいた方が良いかな。
「うぅ……アデリーナは死ぬんですか……。消えるんですか……」
「そうですね」
抵抗の気配はなくて、覚悟を決めるための時間が欲しいのでしょうか。
「何も悪いことをしていないのに……ひどい……しくしくです……」
「あれだけ大暴れして何を言ってるんですか? 竜の巫女なんて私しか残っていなくて、今日から神殿の機能が止まるんですよ」
「アデリーナも巫女として頑張るから……」
ふざけた事を言ったので、足に力を込めて首を絞める。激しく咳き込むるんるんアデリーナ。
「メリナ。もう決着しているだろ。この辺りでもう許してやってはどうか」
フォビが戯れ言を言う。
「こいつは竜の巫女を虐殺したのです。死で贖うしかないです」
私の脳裏にシェラやマリールの笑顔が浮かぶ。仲間を消された私の気持ちは犯人の死でなければ収まりません。
あれ? マリールの顔は怒ってるなぁ。
あれか、るんるんが2本脚の竜に変化した時に体表に浮かんでいたマリールの顔を蹴った時の表情だ。あれが永久の別れになるとは、お互いに不運なものです。
「勘違いしているようだが、そいつは力として取り込んだだけで、巫女達は生きているぞ。逆にそいつを殺せば戻って来れない」
「あっ、そうなんですか。じゃあ」
フォビの嘘の可能性もあるのですが、その時はその時です。私は足を外す。
「メリナお姉さま……アデリーナは皆を解放したくないです……。解放したらメリナお姉さまはアデリーナを殺すつもりだと分かっていますもん……」
本物と同じく無駄に利口ですね。私の思いを読まれていました。
「そんなことないですよ。私、メリナはるんるんアデリーナを大切な可愛い妹みたいと思っていますもの。うふふ、信用して」
「……」
チィッ! 私を見透かす眼で見るんじゃない!!
「メリナよ、アデリーナが2人居ても良かろう」
「今のるんるんは愚かですが、成長したら冷血アデリーナが2匹になる可能性があります! 恐ろしい!! この眼です! ほら、この眼はアデリーナ特有の冷たい眼ですよ!」
「メリナお姉さま、誤解です。もう一度見てください、私の目を。うるうるです」
涙を湛えた目を即座に作れる才能が怖い!!
「な、なぁ、メリナさん……」
ここでナベが私に話し掛けてくる。
こいつはフォビに抱えられている状況を恥ずかしく思っていないのだろうか。
「竜の巫女達がね、殺し合う理由は分からないんだけど……俺は関係ないからカレンちゃんの所に戻して欲しいんです。カレンちゃん、突然、俺が居なくなって心配してるかなって……」
こっちを向いているくせに、私と視線は合わせない。
こいつは聖竜様の心を奪おうとした不届き者でして、それを鋭く察した私が少し混乱して、今回の騒ぎとなりました。だから、こいつは関係ないのではなくて元凶です。
始末しても良いが、しかし、聖竜様にバレた時に気まずくなる気がする。
「ナベさん、確か貴方は聖竜様の補佐官でしたっけ?」
「違う、違う。スーサが勝手に言っただけ」
「そうなんですか?」
私が2人と会話をしているのをアデリーナは隙だと見て動こうとしたので、もう一度首を踏んで止める。
「ナベ先輩、言葉の綾ですって。ワットを説得するのと、私の威厳を守るためにはあぁ言うしかなかったのです」
「ほらね。補佐官ってのはスーサの嘘だ。だから、メリナさん、俺は今日にでもシャールを離れるから、許してくれない?」
……信じて良いのか……。
「もう聖竜様には会わない?」
「会わない、会わない。絶対に会わない」
発言が軽い気がする。
でも、浮き出る汗からは本気の想いなんでしょう。
「了解です。好きな所にお行きなさい」
私の言葉にナベは胸を撫で下ろしたようだ。
「ナベ先輩、花の都ナドナムに行きましょう。なぁに、私が案内致しますから安全です。色んな花が咲き乱れ、自分も乱れる良い街ですよ」
なんか含みのある話っぽいけど、私には関係なさそうだから無視する。
「で、るんるんアデリーナよ、竜の巫女を解放する気になりましたか?」
「いいえ。すみません、メリナお姉さま、アデリーナは拒否します。皆で死ねば怖くないです。お母様、お父様、今そちらに向かいます」
お前の育ての父親は生きてるだろ。
しかし、そこは突っ込まない。
「そうですか、残念です。では、明日からは私が巫女長となる訳ですね」
「っ!? メリナお姉さまは巫女長となられる決意をされたのですか……?」
驚くるんるん。
「私以外の巫女が居ないのですから当然です」
「あわわ……フローレンス巫女長様……えっ……そうなんですか……」
巫女長だとっ!?
お前、巫女長と会話できる状態なのか!?
そう言えば、巫女長を吸収する前、るんるんの断頭された首が「キョウリョ、クシ、テクレルノデス、カ。……アリ、ガトウミ、コチョウ」って呟いていた!!
「メリナお姉さま、巫女長を継ぐ覚悟は本物ですか?」
「……えっ、はい。えっ、覚悟とか言われると……困る、かな?」
「それは当然のことだから困惑するのですね」
「えっ、そ、そうですね、えっ? 何?」
首を踏まれている体勢で私に問い続けるアデリーナに対して、力勝負の時とは違って、強敵感を持ってしまいます。
背後の何もない空間に魔力的な変異が生じる。
慌てて振り向く私。
既に空間が黒くひび割れていました。そのひびの真っ暗な奥から老婆の手が2本伸び出ていて、ひびを押し広げる様に動きます。
「ひっ!」
突然、うっすら金色の白髪の頭頂部が浮かび出てきたのです。そして、続いて顔を上げて、その正体を現します。
「メリナさん! 遂に自分で決心してくれたのね! 嬉しいわ!」
巫女長……。
たぶん異空間から空間の壁を強引に破って出て来たんだ……。正しく化け物……。
広がったひびをヨイショと乗り越えて、巫女長の全身が現れる。
「アデリーナさん、よくやってくれたわ」
「いいえ、巫女長……。私は世界を終わらせようとしただけなんです……。利用してすみませんでした……。しくしくです……」
「そんな詫びる必要はないのよ。私だって、メリナさんが唯一の巫女になったらどうするのか見てみたかったの。やっぱりメリナさんは立派だわ」
私は呆然と立ち尽くす。
るんるんアデリーナ大暴れの首謀者は巫女長だったのか……。
そして、私はその掌の上で踊らされた……。
「一件落着だな。それでは戻るぞ」
何も解決していないのに、フォビはそんなことを言って、私達は凄まじく荒れ果てた聖竜様の降臨式会場に転移したのでした。




