神を越える者となりたい者
私の姿になったるんるんアデリーナは明らかに聖竜様へ敵意を持っていました。
極めて不遜。聖竜様の歯牙に掛かり滅びなさい。
夥しい魔力がヤツの掌の前に集まるのが分かる。でも、無駄。さぁ、聖竜様! その小汚ない魔力ごと吹き飛ばしてやりましょう!
ん? あれ? 聖竜様、目を閉じて頭を下げた!?
もしかして、私が竜化した後に発生した魔力吸収事件で結構な魔力を奪われているのですか!?
「世界を終わらせます」
走る私にるんるんがそう呟いたのが聞こえた。
普通なら聞こえるはずのない距離と声量なので、私にわざと聞こえるように魔法的な何かをるんるんが使ったか、緊急事態に私の聴力が飛躍的に向上しているのかのどちらかでしょう。
私にとって聖竜様は世界そのもの。それを破壊しようとしていると感じました。
「聖竜様ー!!」
全速で聖竜様の下へ駆け付けた私は、聖竜様の白くて綺麗でひんやりとした鱗に両手を付けます。バネが力を溜めるように、左右の肘を曲げる。
「ウォーーー!!」
るんるんの攻撃とは紙一重になると予想していました。一気に肘を伸ばして聖竜様を押し出す。
普通にやったら私の手が聖竜様の鱗を突き破るだけに終わりそうだったので、魔力で聖竜様を包んで補強することも忘れていません。
大きめの宮殿ほどのサイズを誇る聖竜様が5体幅分くらい吹っ飛ぶ。
ホッとする間もなく、るんるんの放出した凶悪な魔力を聖竜様の代わりに私を襲う。
「舐めんな、クソがっ!!」
黒い球体だったと思う。もう視認することもできないくらいのタイミングでしたが、私はそれを振り向き様の一撃で粉砕する。
打ち返された其は粉々になりながら空の彼方へと消えました。
私の本気の殴打は、その拳圧だけで空気を巻き込んだのか、木々を薙ぎ倒す砂嵐だけでなく大きな竜巻さえも生じさせています。
人々の悲鳴が一層強くなりまして、申し訳ないです。
「メリナお姉さま、やっと枷が外れたのですね」
「お前、私の姿でふざけたマネするんじゃありません! 万が一、聖竜様が誤解したらどうするんですか!?」
そう叫んだ直後、地響きが起きる。音からすると聖竜様がいらっしゃる方向でして、すぐにご確認致しますと、ぐでんと脱力して横倒しになられていたのです!
「貴様ッ!! 聖竜様に何をした!?」
「何もしていないもん。メリナお姉さまのせいで脳震盪を起こしたのだとアデリーナは思います」
「人聞きの悪い言い訳を、するなっ!! 死にさらせッ!!」
猛烈な怒りの感情に任せて全力で叫ぶと、先程の激しい風にも微動だにしないで宙に浮かぶるんるんの服が切り刻まれます。私の思いが声に乗ったかのような現象でした。
なお、声は四方八方に広がるので、天空の雲も斬られ、地面も抉られ、人々の絶叫も大きくなりました。すみません、そんなつもりはないのです。
「今日、世界は滅ぶのです。メリナお姉さまの手によって」
「他人のせいにするんじゃないっ!!」
「アデリーナ!!」
私と会話している最中を狙って、アシュリンさんが奇襲を仕掛ける。見事な跳躍力です。
「アシュリンにはちょっとお休みして欲しいです。また病気になるかもですし」
アシュリンさんが唐突に消える。
魔法です。系統はたぶん収納魔法。
巫女長が精神魔法の次に多用する魔法で、人さえも収納して無力化する使い方によっては極悪な魔法。
この場での最大戦力の私に其を使わなかったということは、恐らく、私との争いを望んでいるのでしょう。
何たる増長。るんるんの癖に本当に私に立ち向かうつもりなのか。
お前はティナどころかシルフォルやサビアシースにも遥かに及ばない存在なのですよ!
私の体内に魔力が溢れ、それが漏れ始めます。
地面に染みた其は地響きを轟かせて地割れを引き起こす。また、空に向かった其は空気を震わせて大地に黒い雷を叩き落とし、土であっても燃やし蒸発させる。
「さすがメリナお姉さま、アデリーナは感心致します」
「そうですか。そのままご逝去ください」
もう少しで魔力が充填される。一気に放出してくれるわ。死ね。
「間に合えっ!!」
第3者の声がして、私はそちらに気を取られる。
魔力の質は……フォビ。復活していたか。
私に加勢するなら邪魔をしたことを許してやるが……。
彼が使用したのは広範囲の転移魔法。
私とるんるんと自分を巻き込んで、異空間に飛ばしたようです。
花が咲き乱れる穏やかな雰囲気の野原に私は立っているのだから。
「メリナ、ここなら好きにやって良い。ってか、地上で本気を出したら、皆、死に絶えるだろ! ギリギリだぞ、ギリギリ!」
フォビがごちゃごちゃとうるさい。
しかし、ここでは遠慮をしなくて良いというのは分かります。私は笑顔になって、私の姿をしたるんるんを見上げる。
「メリナお姉さま、今のアデリーナはメリナお姉さ――」
喋り合う必要はないでしょうに。
転移前と同様の距離でこちらを見下ろしている、強者気取りのるんるんに肉薄する。
そして、頬を強く打つ。
腹を上にして地面と水平に吹っ飛ぶ彼女に追い付きますが、生意気にも本物のアデリーナ様が得意とする光の矢を頭に放って来やがりました。
余裕で避けるも、その隙に相手も体勢を整える。私は魔力ブロックの上に立ち、高さを敵に合わせます。
「メリナお姉さま、私の防御力は半端じゃないですよ」
「鼻血を出しながら、何を言ってるんです?」
「えっ?」
未だ宙に浮かぶ彼女の裏を取る。反応はしているが、遅い。
背骨をへし折るように蹴りをお見舞いして、地面に落とす。意図していませんでしたが、相手は赤く燃えていました。本で読んだことのある隕石みたいと思いました。
緑の野原が全面的に熱で焦げ煙を上げる中、私はゆっくりとるんるんアデリーナに近付く。でっかいすり鉢状の穴が出来ていて、ちょっと足が滑って転びそうになったのは秘密。
穴の真ん中で土に埋もれたるんるんを発見する。火傷を負っていないのは敵ながら流石です。本物のアデリーナ様みたいにしぶとい。
「どうして!? 皆の中のメリナお姉さまと同じくらい強くなったのに!?」
よく分からないことを言う。
ヤツは立ち上がって私を殴りに来ます。肉弾戦を所望するとは愚かな。右からの拳を首を振ってやり過ごし、左からの蹴りは肘で迎撃して粉砕する。
倒れたるんるんの首に足を置き、終わりです。
「うぅ……メリナお姉さまは皆が思うより強かったのですか」
「お前の言葉を理解するつもりも理解したいとも思いませんので、それが最期の言葉で良いですか?」
「ま、待て!」
フォビが私の前に立つ。現れてから初めて姿を確認しましたが、青年姿ですね。これがこいつのデフォルトの姿なのでしょう。
「なんで、そいつも?」
私がそう言ったのは、フォビの胸にはお姫様のように両腕でダッコされるナベが居たから。
「俺はアンジェディール様からナベ先輩をお守りする役目を与えられてるからな」
ナベを先輩だと……?
となると、ナベはシルフォル派の神だったのか?
チッ。また私は騙されていたか。ティナは異世界から拉致したヤツって言っていたのに……。
しかし、今はるんるんの始末が先ですね。
まるで恐怖に震えるかのような下手な演技を続けるナベから私は目を離し、るんるんを見下ろす。




