表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/391

帰り道

 ミーナちゃんはまだ目覚めません。不安そうに屈んで様子を見ているノエミさんを余所に、エルバ部長がゆっくりとやって来ました。

 なお、ミーナちゃんは可愛らしい寝息を立てているだけなので何の心配も要らないと思いますね。


 エルバ部長、頭がなくなった巨大猿の体を見て「でかいな」と呟きます。この人、偉そうな口調ですが、普通の感想しか言いません。



「おい、パウスの場所は分かるか?」


 ゾルさんがエルバ部長に訊きます。彼の胸元は血塗れでして、ちょっと怖いです。吐血、もの凄かったのかな。


「あぁ。あいつは奥にいるな。デンジャラスも一緒だ。こっちに戻ってきているところだと思うぞ」


「まだ奥があるんですか?」


「あぁ。蟻猿達は竜の(ねぐら)を奪い取って巣穴にしていたんだろう。この天井の高さだ。間違いない。ん? メリナ、その目は何だ?」


 へ? 私?


「いえ、失礼ながら、エルバ部長の言葉なので嘘臭いなと感じまして。パウスさんの場所、本当に分かっているんですか?」


「お前! マジで失礼なヤツだな!」



 あっ、私の魔力感知の範囲にパウスさんが入ってきましたね。なるほど、女王猿の遺体の上方の壁に横穴が有ったのですね。

 ひょこって彼の顔が私の出した照明で照らされます。


「よぉ。もう終わったみたいだな」


 彼とデンジャラスさんが軽やかに飛び降りて来ました。相当な高さなのに2人とも慣れた感じでして、本気の私と戦うことになっても、それなりに殺り合えそうだなって不遜にも思ってしまいました。



「パウス、どこに行っていたんだよ」


「あー、後で話――」

「それが師匠を労る言葉ですか!」


 ファンキーな外観なのに、デンジャラスさんは上下関係に煩いです。パウスさんの回答も途中で遮られました。


「……パ、パウス師匠。どこに参っておられたのですか……?」


 ゾルさん、昨夕の稽古で彼女に徹底的に打ちのめされた経緯がありますから、しぶしぶながらも言い直しました。


「やめろ。気持ち悪い。俺は師匠じゃない。それから、クリスラさんよぉ。ゾルは弟子じゃない。年の離れた戦友みたいなものだって言ったろ?」


「その様に見えませんでしたので。ただ、了解致しました。もう申しません。私からもお願いを。私の名はデンジャラス。デュランの街を出た時からクリスラの名は捨てましたので」


 デュラン。……デュラン。何だったかな。

 街の名前ですよね。

 でも、どこかで聞いたような……。


 あっ、ショーメ先生だ。ショーメ先生はデュランの暗部って言う秘密組織に所属していた過去があるとか、宿屋で聞きました。


 でも、そうじゃない。何かの記憶が戻りそうな気がするんです。


 デュラン、クリスラ、デュラン、クリスラ……。


 そうだ! コリーさんだ! コリーさんが言ってました! 私が「引退されたクリスラ様の次の聖女だった」って!

 あれ、詐欺師コリーさんの嘘から出任せかと思っていたのですが、確認してみますかね。



「デンジャラスさんって聖女でしたか?」


「今となってはお恥ずかしい話ですが、そうでした」


 えぇ、今となってはと言うか、晩節を敢えて汚そうとしている外観ですものね。

 でも、そっか、コリーさんの言ってたこと、本当だったんだ。そして、猿の死骸を目にすることにより、私は失われた記憶の一部をまた思い出します。


「メリナ、少し思い出したか?」


 パウスさんが笑顔で私に聞いてくれました。


「はい。私、聖女決定戦とかいう意味の分からない殴り合いトーナメントに出場したんです。そしたら、コリーさん。あっ、コリーさんって言っても分からないですよね。赤毛の若い女性なんですが、その人と戦った時に、彼女の体が膨れ上がって、そこの蟻猿みたいな化け物になったんです。いやー、ビックリしましたね」


「……他に思い出したことは?」


「他に? あー、はっきり思い出せないのですが、女装した男がいたような気がします。でも、何だろうなぁ。最初は愉快だったのに、最後は恐怖に包まれたような……」


「メリナさん、それは思い出す必要はありませんよ」


「そうですか……。うん、そうですね。デンジャラスさん、ありがとうございます」


 また1つ記憶が甦り、私は安堵しました。この調子で行けば、記憶が完全復活する日も近そうですね。



「ミーナは……寝ているだけだな。よし、戻るぞ」


 パウスさんは楽々とミーナちゃんと、ミーナちゃんの大剣を担いで先導します。心なしか、少し急いでいるようでした。


「あっ、待ってください。猿の首を持って帰ります」


「いや、女王猿の頭はお前が砕いて粉々だろ?」


 ゾルさん、頭悪いです。


「へ? どの猿が女王猿って分かるんですか? ガインさんは見てないんですよ。私、その辺に転がっている猿の首を持って帰りたいんです。そして、それを女王猿だと主張します。ノエミさん、どれにします?」


「えっ、でも……」


 あら、ノエミさんも頭が固いのですね。


「大丈夫ですよ。女王猿を殺したのは事実なんですから。ほら、これにしましょう。何となく、女性っぽい顔です」


「メリナ様、どれも同じに見えます……」


 なかなか踏ん切りが付かないノエミさんに私は転がっていた猿の首を手渡します。


「ノエミ、心配するな。ガインには私から説明してやる。あいつも問題なく払ってくれるだろうさ」


 おぉ、エルバ部長が初めて役に立つかもしれませんね。


「は、はい……」




 洞窟の外に出てから、パウスさんはゾルさんの質問「どこに行っていたのか?」について答えます。


 彼が言うには、魔法陣を踏んで麻痺した演技をしていたパウスさんとデンジャラスさんは猿に担がれて、ミーナちゃんとともにさっきの広場に運ばれました。

 そこで別の魔法陣に乗せられます。


 転移魔法陣でした。

 2人は別の場所へと強制移動されました。

 それが洞窟の更に奥の場所だったのです。


「男がいた。魔族だった」


「倒したのか?」


「あぁ、無論だ。そいつは蟻猿を手懐けていたのだろう。捕らえた誰かを渡せば、女王猿に相応の餌を渡す。殺す前に、そんなことを言っていた。だから、洞窟に出入りできない程に女王猿が大きくなっていたんだろう」


「何が目的だったんだろうな、その魔族」


「後で見て欲しいものがある。ゾル、お前の知識が必要だ」


「俺? 賢くないぞ」


 前方ではパウスさんとゾルさんが面白くない話を続けています。眠くなりそうです。


 また、最後尾を歩くノエミさんとエルバ部長も中身のない話をしています。エルバ部長の蘊蓄を優しいノエミさんが聞き続けているのです。


 森の中、私はただ落ち葉を踏みしめて歩くことに飽きて始めているのです。暇なのです。なので、横にいるデンジャラスさんに話し掛けます。



「デンジャラスさん、ちょっと良いですか?」


「はい。メリナさん、何でしょうか?」


「コリーさんってご存じですか。さっき言った赤毛の詐欺師です」


「詐欺師? 長い赤毛を簡単に後ろで結んだ剣士なら、知っていますが」


 あー、詐欺師は自分のこと詐欺師って言いませんものね。でも、コリーさんがデンジャラスさんと知り合いだったのは本当だったのか。


「あの人、結婚するらしいですよ」


「偉大なるマイア様の祝福をコリーに、リンシャル様の冥護をアントンに、聖女の慈愛をその2人に」


 優しく眼を閉じてデンジャラスさんは小さく呟きました。デュランの宗教のお祈りなのかもしれません。

 シャールの竜神殿にもそういった祈祷の習慣はあるのでしょうか。竜の舞は大変に優雅でしたが、誰も聖竜スードワット様に祈っていない気がしました。


「メリナさん、お教え頂きありがとうございます。コリーは私の教え子。ならば、祝いの品を用意する必要が御座いましょう」


 っ!?

 教え子ですって! そんなに深い縁があったのですか!?

 このデンジャラスさんの風貌は明らかにアウトローです。そんな彼女に師事していたのですから、コリーさんはやはりアウトローの一員か。


「私、協力しますよ。百体くらいのゴブリンの屍体を結婚式場に投げ込みましょう。それって凄くファンキーでクレイジーですから、デンジャラスさん好みでしょ?」


 ちょっと睨まれました。えっ……何ですか……。おでこに狐っぽい獣の刺青とかジャラジャラ無駄に鎖の音がする服を着ているクセに、常識をお持ちなんですか?

 私に騙されて祝宴をぶち壊しましょうよ。


「デュランでは結婚式に誕生花の花束を贈ります。コリーは緋衣草でしたか。花屋に注文しないといけませんね」


 チッ。普通に祝うつもりですね。面白くないです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ