魔獣アデリーナ
向こうには闇に堕ちて変貌したるんるんアデリーナ、そして、目の前にはとっくに闇に堕ちきった大人アデリーナ。そんな窮地を救ったのは巫女長でした。
「まぁまぁ、アデリーナさん2人いたのね」
なんて遅い反応なのでしょうか。
私が2人の言い争いを期待して手を出すのを控えていたのと同様に巫女長も様子を伺っていたのか。
既に、るんるんは面影は残しても人間の姿ではない。
全身が毛むくらじゃ。大きさも膨らんでいて、ドレスがぶちぶちと弾ける音がしました。見た目とサイズは中型の熊に近いかな。でも、普通なら有るところに頭がないし、破れたドレスを固く鋭い毛が幾本も針のように刺し止めており、何とも言えない悍ましさを感じます。
そして、四つん這い。本物の獣のよう。アデリーナ様は獣の魔王の素質が云々とか聞いたことがありますが、るんるんアデリーナの変わり果てた姿を見ると納得もできる。むしろ、本物の方がこの姿になれば面白かったのにとも思う。
で、極め付きは顔です。私が知る限り、獣の頭部は、肩の真ん中に存在する首の先にあるものです。
なのに、今のるんるんアデリーナは顔が4つある上に、背中に縦列で並んでいます。
一番前はアデリーナ様で、そこから幼い少年、綺麗な女性、凛々しい壮年の男性の順。
ってか、あの男性には見覚えがある。
この王国の前王です。アデリーナ様に王位を奪われた形になっていますが、恨みを晴らす為に化けて出てきたのかな。
私、亡霊系の魔物は怖いので、早くぶっ殺して目の前から消し去りたい気分になりました。
「まぁ、アデリーナさんの家族愛は強いのね」
常人にそんな感想は無理ですが、巫女長は感性も異常なのでこれで正常です。
私からすると、幸せ一家が襲撃されて盗賊のお遊びで生首を並べたとか、断罪された一族が晒されているみたいな感じに思えます。
あっ、晒し首で思い出した。前王とアデリーナ様の表面上の父親は双子でしたね。王都で前王と対峙した時に、アデリーナ様がそんなことを言っていました。
だから、あの壮年の男はヤギ頭になる前のアデリーナ様の育ての親か。
晒し首で思い出したのは、前王の家族がそうなったと聞いたことがあるから。
「満ちていないからこそ愛を求めるので御座います。つまり、己の弱さの発露で御座います」
アデリーナ様の家族は不審な事故に因り彼女以外は死んでおります。本物のアデリーナ様はそれを吹っ切っているけれども、るんるんは過去の事に未練があると仰っているのでしょう。
説得力はある。だって、本物も友達がいないから、私を親友認定してくるもん。とても可哀想です、私が。
『セカ、イ、オエルゥ。イミナ、シダ、カ、ラ』
どの顔が喋ったのか不明だけど、そんな声というか唸りが聞こえました。
最低限の知能はあるけど、賢くはなさそう。
「巫女さん、やるわよ!」
「そうですね。聖竜様の前ですので張り切ります!」
「フィンレーも援護するかな」
一気に戦闘態勢に入る私達。
相手が猪のように向かって来ようとする矢先を襲います。
まずは私、素早く横に渡り、爪先を立てて鉞みたいな横蹴りを胴体にお見舞いします。吹き飛ばすのではなく内臓にダメージを与える攻撃です。
くっ。堅い毛だと思っていましたが、柔軟性も併せ持っていたか。
威力がかなり緩和され、一撃必殺の思いを込めた渾身の蹴りだったのに、魔獣の皮膚を破ることができませんでした。
次にルッカさん。獣の真上に転移して、そこから鋭い突き。何回か私を殺そうとした時に繰り出したのと同じ技でしょう。
我ながらよくこれを迎撃できたものだと思う。
狙いすました一撃は獣の背に乗ったアデリーナ様似の頭を貫く。
えげつない。実感は互いに無いとはいえ、血だけなら祖母と孫の関係なのに容赦ない。
私の飛び出しからここまで多分一呼吸、いえ、半呼吸もないくらいの時間でしょう。
なので遅れてと表現するのは良くないでしょうが、本物のアデリーナ様も迫ってきました。
彼女も正面からの当たりは避けたようで私とは逆サイドに位置します。ルッカさんの攻撃を受けたことさえ感知していないかと思われる中、横薙ぎを一閃。
反りのある長い鋼色の片刃の剣が私の腰近くを回ります。
恐らく、私の蹴りが有効でなかったことを認め、強引に力で裂く為に、とても深い踏み込みをされたのでしょう。フロンの同化によって能力がアップしているとはいえ、よくも察知して実行したものです。
アデリーナ様の剣は背中の4人分の頭を削ぐ。正しく断頭。ってか、お前、自分や家族に似た頭を躊躇なく斬れるんですね。冷血が過ぎませんか。
「メリナ様、足止め。それ、群衆を襲うつもりかな」
フィンレーさんの声が聞こえる。
頭を落とされて手負いだけど、まだ動くと言うのですね。
横蹴りを戻す動きを延長しながら姿勢を低くして、背中側からの回転脚払い。
見事に炸裂して後ろ脚を捥ぎ取ったのですが、魔獣は止まりません。残りの脚で跳ねたのです。
失神者を連れながらゆっくりと退避していく竜の巫女達、そして、その後ろに控える大混乱中の民衆を見据えていると思われます。
しかし、甘い。私に背を見せるのですね。
燃え尽きろ! って、ヤバ!
火の玉が浮かび上がるところまで魔法が発動していたのですが、私はキャンセル。
巫女長が魔獣の進路に立ち塞がっていたのです。そのまま撃って巫女長を暗殺できる幸運と、殺しきれなかった後の地獄を天秤に掛けたら、刹那よりも短い時間で結果が出たのです。
しかし、巫女長は死ぬ気でしょうか。
巫女長の精神魔法は神にも届く高威力ですが、体術はそこまではありません。1年前の私でも投げ飛ばして頭頂から地面に叩き付けることが出来たくらいです。
魔獣は突進。加速が凄くて、数歩でトップスピードに入ったのではないでしょうか。
それに対して巫女長は両手を開いて、「私の胸に飛び込んでおいで」のポーズ。
まさか、巫女長が事故死するというラッキーが起こり得るのでは――いや、起きない。そんなので死ぬ可能性を感じるなら、今までに何度も私が殺している。
「アデリーナさ――」
巫女長の呼び掛けを無視して魔獣は体当たり。しかし、巫女長は吹っ飛ばされずに姿を消すのでした!
あぁ!? いた!!
魔獣のお腹に抱きついてる!! 毛が刺さって痛くないのかと心配しますが、小柄な巫女長だからこそできる技ですね!
あっ、分かりました!
きっと、至近距離からの極悪な精神魔法をお見舞いするんでしょ。うわ、悲惨……。
案の定、魔獣は竜の巫女達を牽き殺す直前で脚を止めます。
しかし、魔法の発動はなかった。どうしてだ?
巫女長には知られざる技があったのかと注意深く様子を探る。
ん?
両手で魔獣を撫でている?
『ウゥゥ。フ、ローレ……』
私はビクッとします。何故なら、その言葉が地面に転がるアデリーナ様似の姿から発せられたから。
『デモ、ワタ、シワト、マレナインデ……ス』
気味が悪いので踏み潰してやったら、アデリーナ様を踏んづけたみたいでちょっと楽しい気分になりました。
だから、本物のアデリーナ様の顔を見ながら、もう一度グリグリと踏んでみました。
「巫女さん! 遊ぶのはストップ!」
ルッカさんの目は本気でした。




