プンプンです
るんるんアデリーナは続けます。
「メリナお姉さま、アデリーナがどうしてプンプンなのか分かりますか?」
分かるはずがない。そもそもお前が倒れた竜から出現したところから分からない。
「アデリーナは頑張って、皆と仲良くしようと思ったんですよ。でも、メリナお姉さまは私を封印して、そのおばさんに体の支配権を渡したのです。そんなの、アデリーナはおかしいと思います」
おばさん……?
本物のアデリーナ様のことか……。
くっ! 本人を前にして、そんな事を言うなんて……笑いを堪える腹筋が激痛になるでしょ!
「偽物が体を奪おうとしていたので御座いますから、追い出されて当然で御座いましょう?」
本物の方が反論する。
そこじゃなくて、おばさんの方に触れて欲しかった!!
「メリナさん、この不埒な者を殺します」
新たな剣を持つ本物アデリーナ。その鋭い切っ先はるんるんに向かっています。
その隙に、聖竜様は軽く空をお飛びになられ、近くに着地します。魔力を吸われて疲労されているのかもしれません。あと、ナベが落下しないか期待しましたが、しなくて残念。
「ま、待ってください!」
視線を戻した私はアデリーナ様を制止する。
何故なら、るんるんと本物の会話をもっと聞きたいから。一字一句が後世に残すべき名言になると期待しています。
「アデリーナはね、メリナお姉さまの体の中に渦巻く魔力の中にいたんですよ。で、いつ出してもらえるのかなって期待していたんですけど、メリナお姉さまはアデリーナの事なんて忘れてしまって、私の希望は絶望に変わっちゃったんです」
知らんがな。私に話し掛けるのではなく、そっちの本体に話をなさい。
「だから、ドラゴンになった時、チャンスだと思ったのです。メリナお姉さまの支配下から抜けた魔力を上手く使えば、アデリーナは自分の体を作れるかもって。魔力操作はメリナお姉さまのマネをするだけだから簡単ですもん」
「……巫女さんのマネって、そんなイージーじゃないわよ」
「いいえ、聞くところに寄れば、ヤツは私から分裂した存在。それが真実で御座いましたら、それくらいやってのけるでしょう」
なんたる自負。いえ、高慢ちき。
「うふふ、おばさんには無理かもです」
「所詮は紛い物で御座いますよ」
そう、その調子ですよ。
でも、まだ足りない。
「ごめんなさい。おばさんには若さがないとアデリーナは思います」
良しッ! 言い争うのです。そして、鏡に向かって罵詈雑言を放つような滑稽な光景で私を楽しませるのですよ。
「外観同じなのに争いは良くないかも」
これ、フィンレーさん、茶化してはいけません。楽しい会話が止まるでしょ。
「メリナ様……? 楽し――」
「はぁ!? フィンレーさんは楽しいんですか!? 鬼畜ー!! 見てみなさい! 竜の出現による民衆の慌てぶりを!! まったく!! 心から反省しなさい!!」
危ない。フィンレーのヤツ、私の心を読みまくってやがります。私が楽しんでいるなんてアデリーナ様に知られたら、刃の先がこちらを向きかねないでしょ。
って、これも読んでやがるでしょうね。
フィンレーさん、余計な事を言ったらもう一度眉間に氷の槍をぶっ刺しますよ。
「るんるんアデリーナ! あなたの目的は何なのですか!?」
会話を続けるため、私は話題を振る。
「もぉ、メリナお姉さま。そんなの決まってます」
るんるんの魔力が少し上がる。
「そこのおばさんを倒すのです。この世にアデリーナは1人で充分です」
えぇ、そんなものが2体いたら、私の安息は常に脅かされます。
「出来るとでも? 切り刻まれるのが宜しいでしょう」
そうじゃない。私は真剣勝負が見たいんじゃないです。なので、私は横から発言する。
「待って! 思い出して! るんるんアデリーナは心優しい女の子だよ! 光の戦士だよ! あっ、すみません。光の戦士は大人のアデリーナ様の自称でしたね。えーと、永遠の10歳だよ! るんるんって言いながら、肩に乗った小鳥に話し掛けるバカ――じゃない、えーと、鬼とは違う心優しい人だよ!」
「……メリナ様、心優しいを強調し過ぎかも……」
計算通りです。そう連呼することで、大人アデリーナの心の醜さを皆に思い出して頂いているのです。
「メリナお姉さま……」
「……メリナっ!」
くくく、大人アデリーナが少し怒った。
意に介さず、私は続ける。
「闇に堕ちないで! 闇に墜ちた目の前のアデリーナが見えないの!?」
「アデリーナはるんるんになりそうです」
「そうです! るんるん!! さぁ、言ってみなさい! るんるん、るんるんって!」
私は大いに期待する。
「巫女さん?」
「ルッカさんもお願いして! るんるんって聞いたら絶対に愉快な気持ちになれるから!」
「……愉快な気持ち? 巫女さん……」
あっ! 心の声が思わず口に出た!!
「違う、違う。愉快な気持ちってのはるんるんアデリーナがですよ! 私じゃないですから」
言い訳臭いか。
いえ、しかし、2人のアデリーナは睨み合っていて一触即発な雰囲気です。良かった。気付かれなかった。
しかし、こいつら、気を抜くと殺し合いを始めたがる間柄ですね。野蛮。うふふ、野蛮。口に出して、そう言いたい。
「るんるんアデリーナ、どうやって顕現したのですか?」
緊張した空気を和らげるため、私はどうでも良い質問をする。さっきも似たようなことを尋ねた気もする。どうでも良すぎて忘れていました。
「状況からの推測だけど、メリナ様が魔力に取り込まれそうになって退避した時に、そもそも異物の彼女の魔力は置いて行かれたのかな。その証拠に、ティナ様に掛けられた心読み防止魔法の魔力もメリナ様の脱出後には失くなって、フィンレーとコンタクトが取れたもの。きっとメリナ様は余分な魔力は動かさなかったのじゃないかな。そして、残されて暴走する竜の魔力をメリナ様が切り刻んで、彼女は竜の魔力の支配下から抜け、逆に支配したってところかな」
フィンレー、ここぞとばかりの熱弁はご勘弁。お前の言った半分以上を誰も聞いてませんよ。
お前が答えてどうするんですか。
2人のアデリーナもお前の発言なんか耳に届いてなくて、じりじりと足を擦りながら、相手の隙を窺っているじゃないですか。
「フン!!」
黒い巫女服の大人アデリーナが先に動く。
片手突き。喉元が狙いと思わせてから、軌道を変えての肩狙いです。
それを迎え撃つため、ふりふりドレスのるんるんも剣を合わせ――られない! 大人アデリーナの剣は引かれ、逆サイドから別の剣がるんるんの腰を分断すべく迫る。
「きゃっ!」
素っ頓狂な声を上げた割には、それを同じく宙から取り出した剣で防ぐ。
「チィ!」
再び間合いを開けた後も大人アデリーナは高速の突きを繰り出しますが、るんるんも負けていない。同じく数多もの高速の突きで対抗します。
激しく剣がぶつかり合う音が響きますが、両者とも譲らない。
「2人とも止めて! るんるん! るんるんと言うだけで良いんです! お願い!」
私は必死でした。
でも、戦いは非情。
服装の違いなのか、それとも、死相を読めるフロンの能力を有効に使ったのか、大人アデリーナの剣が頬を傷付け、太ももを掠り、やがて、勢いに圧されてるんるんは転倒します。
「ご、ごめんなさい、メリナお姉さま……」
るんるんも言わずに命乞いか?
失望以外の何物でもありませんよ。
「アデリーナはるんるん言えないんです! 全然るんるんの気分じゃないから!」
「えー。ほら、本物の方にるんるんの見本を見せてやりましょうよ。そして、2人でるんるんって言うんです。それが世界平和。アデリーナ様の日記のようにるんるん言うんです!」
正直な気持ちはるんるんの心を打ったようです。下を向いて黙りました。
が、勝手に喋り出す。この辺りの身勝手さは本物と同じですね。
「そ、そんな……。アデリーナはプンプンだと思ってました。メリナお姉さまはおばさんを選んで、アデリーナを閉じ込めたから、アデリーナは自分が怒ってると思ってました……。でも、違いました……。今が本当のプンプンです! あっちを本物って言ったけど、アデリーナは偽物なんかじゃない!!」
魔力が膨れ上がる。
それとともにるんるんアデリーナは人間の姿を捨てる。
チィッ!! 遊び過ぎたか!?
私は味方にすれば頼もしいアデリーナ様を見る。何故か、切っ先が私を向いていました。
「あ、操られてます?」
「いいえ。自分の意思で御座いますよ」
「……では、何故?」
「メリナさん、私を闇に堕ちたとか言っておられましたよね?」
親友と一方的に呼ぶ相手に、鋭い刃を突き出す人間が闇堕ちしてないはずがないでしょって、私は主張したい気分になりました。




