メリナ様、がんば
狡猾な竜です。フルスイング中ならば私は逃げることができないと分かって、わざと隙を作ったのでしょう。
そして、私は迂闊。見開いた目を攻撃しようとしているのが相手に見えていないはずはなくて、自ら墓穴を掘ったようなものです。
ってか、ルッカさんがあんな所に持っていくから悪いんです。……裏切ってないよね、あいつ……。
分かります。今の私は竜の口の中。
この竜の牙は鋭いけど、人間と同じ様に歯列は1列です。凶悪な魔物は何列も持っていて、噛んだ獲物を絶対に仕留めるって意思を感じるけど、こいつの体は元々私が自分のために構築したものでして、そんな禍々しい物に仕上げるはずがありません。
しかし、無事ではありますが、ここは暗くて生臭い。
次に竜化するときは、口の中に匂い消しに小さなバラ園でも作っておこうかな。
って、ヤバ。真っ暗で目には見えませんが、上下から私を挟み込む動きが感知されました。私を生きたまま呑み込むつもりか。
脳ミソをぶちまけてやろうと、鋭く上方へ足底で蹴り上げる。昔の魔物駆除殲滅部で、上背のあるアシュリンさんの顎を狙う為に練習した成果が出ました。
今回の的は逃げないし、反撃もないしで、自信はあったのですが、それでも竜の上顎は破壊されませんでした。むしろ、私の足が痛い。堅過ぎる。
やっべーですね。
右拳は絶対に骨折しているし、動かないことはないけど、右足もゆっくり曲げないと膝に激痛が走る。魔法はまだ使えないみたいで、回復もできない。
幸い、竜の舌の動きが私の作った魔力ブロックで阻害されていることに気付いたので、上にも魔力ブロックを作ることで挟み込みは阻止できています。
魔力操作で敵を柔くすることも検討しましたが、どうも巧く行かない。
『メリナ様、飲み込まれちゃお』
フィンレーさん!?
えっ、どこにいるんですか?
『外からメリナ様に話し掛けているんだよ。繋がって良かったよ』
こっちに転移できますか!?
私だけが臭い思いをするのはおかしいです!
『メリナ様ご自身の口臭だから我慢かな』
お前ッ! 私の口が臭いって暗に言ったのか!!
『メリナ様、早くしないと涎とかに襲われるかも。さぁ、飛び込もう』
もうずぶ濡れで気持ち悪い状態です!
それよりも、私の口は臭いのか!?
『人間のメリナ様は大丈夫だよ。安心しよっか。じゃあ、せいので飛び込むよ』
お前、遠くから指示しているだけで、実際にやるのは私なんですよ!
胃で消化とかされる恐れだってあるんですよ!
『大丈夫かも。その竜、消化器系が貧弱かな』
そんな嘘に騙され――あっ、そっか。
巫女長が言ってましたね、この竜は蛍みたいに成獣の期間は生殖活動を目的とするのみの短命な種類だって。確か、巫女長の分裂体から出てきた精霊によって、初めて竜化した時。
だから、胃や腸の機能もそんなに必要ないのかも。
『さぁ、行くよ、メリナ様』
……分かりました!
あと、ルッカさんにこっちへ転移するように伝えてくれませんか?
『彼女は空を飛んでるから無理かな。竜の注意を惹き付けてくれているんだよ』
くそぉ。私だけがこんな辛い目に合うのですね。
でも、ルッカさんと竜がグルで、私を嵌めたって訳ではなさそうですね。覚悟を決めましょう。
魔力ブロックを蹴り、私は宙へと跳び上がり、その先の長い穴へと飛び込みます。
照明魔法も無効化されているので、頼りになるのは魔力感知のみ。
弾力のある壁を滑るように落下していきます。右足の痛みを歯を食い縛って耐える。
『メリナ様、そこ。魔力ブロックで塞いで』
そこ? あぁ、なんか分岐してるとこかな。
『そう。気道。息はしてなさそうだけど、潰しておこうか』
ふむ。何もしないよりはマシですね。これまでの様子から判断するに魔力ブロックに関しては魔力吸収の影響を受けてなさそうだし。
私はフィンレーさんに従い、気道を塞ぐために魔力ブロックを10個ほど作る。これで絶対に息ができないでしょう。
『あはは、やり過ぎ、メリナ様。でも、頼もしい』
私が滑る通路は徐々に緩やかとなって、直立することも可能となりました。
フィ、フィンレーさん!!
『ど、どうしたのかな!?』
臭さが増した! そして、息苦しいです!!
『あー、ちょっと待って。メリナ様の記憶から使えそうな魔法を探すから。風系魔法とかあるかな』
風はない。
『造血魔法。息は止めて』
私は素直に従う。それは巫女見習いの頃まで戦闘時によく使っていました。最近は流血しないので使用頻度が下がっていましたが。
って、痛い! フィンレーさん、造血魔法を使ったら、傷付いた拳と足が特に痛い!!
『血圧が上がったからかな。どこか体に穴を開けたら良いかも』
良いかもって! そんな!
えぇ!? 不確かな情報なのに、従わないといけないんですか! 自分で自分の体に穴を開けるってめちゃくちゃく痛いんですけど!
『最悪、血管が破裂して死ぬかも』
チィィ!!
私は使えない右腕に噛みついて肉を豪快に引き千切る。
『すごっ。予想以上。メリナ様は本物の戦士だね』
はぁはぁ。
フィンレーさん、少し休憩。
『メリナ様、がんば。聖竜様が抑えてくれているから何とかなってるけど、早くしないと聖竜様が魔力を吸われて消えちゃうよ』
ッ!?
『剣を探すんだよ。アデリーナ様が貰った剣。あれは竜殺しの――』
次は? 切り刻んだら良いのですか?
『え? あっ、早っ。うん、そうだよ、それはメリナ様だって殺すことができる程の魔剣だから――』
聖竜様が消える? 何たる一大事。
冗談なんて言っている場合ではない。
私は過去最速で移動し、胃壁っぱいところに刺さっていた剣を抜き、フィンレーさんの言葉を最後まで待たずに行動したのです。
剣を扱うことを私は得意としていません。生まれ故郷でも木の棒を振り回して遊んでいた経験くらい。
それでも、私は左手1本で竜を内部から裂いて行きます。
胴に穴が空いて光が見えても私は外へ出ない。丹念に迅速に2度と竜が立てないように切り刻むのです。
やがて魔力吸収は止まります。その理屈は分からないけど、フィンレーさんが説明してくれるでしょう。
負傷したままの右腕と足を治した後、剣を投げ捨てた私は倒れた竜から抜け出します。
色んな体液で体がグチョグチョでしたので水魔法を被ることも、聖竜様が消えていないことの確認も、憐れみを込めて瀕死のアデリーナ様に回復魔法を掛けてあげることも忘れませんでした。
「巫女さん! ワンダフォー! 無事だと信じてたわ!」
ルッカさんが寄ってくる。しかし、私はそれどころではない。
「私よりも聖竜様は大丈夫ですか……?」
『死ぬかと思った……』
でも、ご無事なんですね。良かった。
私は涙が溢れそうになります。
「メリナ様、まだかな。まだ油断はダメかも」
フィンレーさんの指摘に、私は倒れたままのはずの竜へと振り向く。
そこにはアデリーナ様が立っていました。
いや、違うな。さっき回復魔法を掛けた本物は少し離れた場所にいるから、アデリーナ様に似た何かか。
あんな者の姿を真似るとは悪趣味ですね。
巨竜が急に消えたこともあり、その者の存在感は薄かった。
だから、偽アデリーナが竜殺しの剣と、私がサーシャ課長から貰ったティアラを拾うのを誰もが静かに見守ったのかもしれない。
「メリナお姉さま。アデリーナはぷんぷんだよ」
えっ!? るんるんアデリーナ!?
何故に復活した!?




