黄金竜vsアデリーナ
明らかに私、誰がどう見ても気を抜いてたよね。戦闘意欲なんかゼロで、「あぁ、騒ぎもここまでだね」って万人が思う状況では無かったでしょうか。
なのに、アデリーナは私の首を剣で貫いた。
首の骨も断ち切ったんでしょう。流石は聖竜様から頂いた剣です。
既に手足が動かない。今は覚醒状態で高速思考が出来ていますが、その内に視野が暗転して私はヤツが言った通りに、永遠の眠りに付いてしまうだろう。
……クソが。負けませんよ、私は。
皆に分け与えるために放出した魔力を自分に戻す。そして、ここ最近の窮地を全て救ってくれている竜化。
私の首に剣を刺したままのアデリーナを膨張する体に巻き込んで吹っ飛ばしてやろうと思いましたが、ヤツは剣を抜かずに捨てて後退する。
聖竜様からの贈り物だと言うのに、本当に愚か。
私は姿を変えながら巨大化を続ける。刺さっていた剣も長く太くなる首の中に取り込まれ、やがて、大きくなった食道を落下してお腹のどこかに刺さりました。
ちょっと痛かった。許すまじ、アデリーナ。
鮮やかに輝く黄金竜となった私は怒りに満ちて、新しい剣を持つアデリーナに牙を剥きます。
「魔王メリナ! 民を率いる王として、貴様を打ち負かせようぞ!」
いつもの口調と違う凛々しさは、彼女が路傍の石ころ程度に考えながらも今は民と呼んだ存在を考慮したものでしょう。
顎に残った吐血跡を手の甲で拭う姿さえ、カッコ良く見せつける為の演技でしょう。存外に演技下手なくせに、今回は巧くやってますね。
「グォァアアア!!!」
受けて立つ!!と答えたつもりでしたが、相変わらず言葉は出ません。
ってか、何これ? 私が悪役でアデリーナが人類の味方みたいになってる。逆でしょうに。私は世界に愛を振り撒こうとしているのですよ。
アデリーナの突進を前肢で払い除けるも、砂塵の向こうからヤツは出てきて、生意気にもジャンプして避けたようです。
愚劣。
逆の前肢で宙にいるアデリーナを薙ぐ。くふふ。瀕死になってくれたら、おあいこです。
「グァッ!!」
私は驚く。
完璧な一撃だったはずで、蚊を叩くよりも簡単にアデリーナは潰れると思ったのに、私の迫り来る前肢に剣を突き立て、それを足場にして跳ねて攻撃を躱したのです。
クルクルと飛んでくるアデリーナ。既に私の懐の真ん前。
竜の腕は大きく太くパワフルなのですが、関節や筋肉が人間と違って歩行用に作られているために届かなくて、体の近いところは胴体で体当たりするくらいしか防ぎようがありません。
「消えよ! 魔王!!」
彼女はまたもや新しい剣を出していて、その凶刃が回転しながら私を襲う!
「グォルァァア!!」
そんな小技で私の鱗を断てるものカッ!!
両後ろ脚で土を蹴り、正面から粉砕してやります!!
「グォォアオオ!!」
アデリーナはわざと迎撃しやすいように動いていたのでしょう。それによって、私が取る手段を限定し、予期していた彼女はそれに簡単に対応する。
至近距離で私はアデリーナの無数の光の矢の魔法を喰らいました。さらに、それで柔くなった鱗を回転する本体が追撃してきて、ズタズタに胸を切り開かれたのです。
無論、私がその程度で止まる訳はなくてアデリーナは私の体当たりで地面をバウンドしています。
しかし、強敵。この竜の姿になった私にここまで血を流させるとは……。ダークアデリーナ、侮ってはならない。肌は黒くないけど。
勝ちきるには魔力が足りない。
そう判断した私は更に周囲の魔力を寄せ集めます。
「巫女さん!! ノー!!」
ルッカさんが叫びましたが、無視します。
が、異変に気付く。
さっきよりも多くの人々が倒れ始めたのです。シェラもよろめくのが見える。マリールは……あっ、随分前に気絶していたみたいで、フランジェスカ先輩に介抱されてます。
魔力を吸い過ぎてるかな。
ちょっと調整しなくちゃシャレにならないかも。絶対、怒られる。一般の方々にも影響が出ていますし。
でも、私の魔力吸収は止まりません。
ドンドンと吸い続けています。
恐くなった私は竜化を解く。
あれ?
……解けない? えーと、私の体を魔力で構築して、竜を構成する魔力を移動させて……と。
いつもは手慣れた作業でしたが、手順を丹念に確認しながら行います。
結果、願い通りに私は人間の姿になる。
でも、黄金竜はまだ私の前にいるのです。
ん?
私は私で、あの竜も私?
「巫女さん!! あれは巫女さんじゃないの!?」
ルッカさんが尋ねてくる。
剣で体を支えて立とうとするアデリーナ様に回復魔法を掛けながら、私は黙って頷く。
状況が分からなかったからです。
竜の前肢が横から私に迫る。軽やかなステップで攻撃範囲から離れる。
「わっ! メリナ様! 大暴走してる!!」
復活したらしいフィンレーさんが、体勢を整えた私の横に現れる。視線は竜を向いていたので、私は声を掛けます。
「えっ? こっちにもメリナ様?」
フィンレーさんは暫し考える。その間に竜はアデリーナ様を踏み潰そうとしましたが、女王は無事に回避しました。
「そっか。魔力を吸い過ぎて止まらなくなったのかな。で、本体は危険を察知して分離、残った方は魔力の固定化で暴走中」
「このシチュエーションが分かるの?」
ルッカさんが驚く。
「もちろん」
フィンレーさんは得意顔で答えるのでした。
ただ、私達は問答無用で竜を殺すべきだったのでしょう。
敵は大きく口を開け、魔力をそこに溜めていました。ブレスです。その狙いは混乱する街の人達に向けられていました。




