観戦する訪問者
☆ナベ視点
カレンちゃんと食堂でご飯を食べていたはずなのに、何故か俺は大勢の人々の前に立たされていた。
突然のことで思考が付いて来ず、少し頭が痛い。こめかみをグリグリとマッサージして緩和させたいけど、無数の視線が俺に集中していて、意味の分からなさと緊張で体が動かない。
遠くに見える壁と城がシャールの街なのか? 距離として数キロはあるだろ。なのに、ここまで続く人々の波って凄いな。
『我が補佐官であるナベ殿である』
おわっ。隣にも人がいた。
見ると、長身の黒人女性。皆に目鼻がはっきりしていて、ティナとは違うタイプだけど超美人。ほんのりと漂うフローラルな香りも良い感じ。
って、いやいや。
こいつ、補佐官って言いやがった。
あれか。スーサが言っていた補佐官ってことは、あの白い竜の関係者――違う。『我の』って付けたからあの竜自身か?
例の黒い服に身を包んだ竜の巫女ってのも前の方の列にいっぱい並んでるし。
『今後ともよろしくお願い致します』
肌と対照的に銀色に輝く髪を揺らしながら頭を下げられたけど、俺は補佐官でお前が上司だろ。おかしいだろ。そもそも補佐官の就任を認めてないけど。
俺の気持ちなんて微塵も考慮しないのは、この世界のデファクトスタンダードなのか、隣の女も続けて俺を称えるような演説をしている。
今になって気付いたが、こいつ、酒臭い。これだけ人が集まる大事な行事中に飲んでやがる。クズだな。
しかし、俺は元来、小心者。そういった突っ込みをこんな大観衆の前で行える度胸はない。早く演説を終えて解放して欲しい。俺にはカレンちゃんを守るという重要な役目があるのだ。
カレンちゃん、俺まで居なくなって泣いていないだろうか。あいつ、親に捨てられてまだ1月も経ってないんだぜ。
直立不動のまま、色々と考え事をしていた俺だが、竜の巫女の1人が突然に大きな甕の縁に座っていて驚く。
全然、動きが見えなかった。あの1人だけティアラをしていたヤツは、最前列近くにいたはずなのに……。
色んな髪と肌の色の人がいるなぁと感心しつつボーとしていたこともあるが、それでも目線は前にしていて、あんな近いところにいたヤツの動きを見落とすなんておかしい。
俺よりも背の高い甕だぞ。ジャンプするにしろ目立つだろ。
高速で手に掬った液体を飲む巫女。それは動画を早回し再生している時のような不思議なアクション。
あっ、あの巫女はメリナだ。
整然と並んでいた人達の何人かは、俺と同じタイミングでメリナの奇行に気付いたらしく、驚いたり顔をしかめたりしている。
「決めちゃ」
俺の安堵と同時にメリナが呟く。隣の黒人の演説が続いていたのに、はっきりとそれは聞こえた。ティナから貰った翻訳指輪の副次効果だろうか。どうせなら心の声とかが聞こえたら便利なのにな。
暢気なことを思っていたら、世界が一変する。
まず、すんごい突風に襲われる。いや、正確には風ではないのかもしれない。風圧は感じなかったから。でも、風でないにしろ、それは砂や小石を巻き上げて、それらが俺の体や顔に痛みを与え、遠くに生える木々を揺らして葉を散らした。
そして、ランダムに人々が倒れ始める。
何? 悲鳴とかも上がってるんだけど……。
メリナはまだ甕の縁に座っている。
って、えぇ!?
背中に大きな黒い蝙蝠みたいな羽根が生えてる!!
「巫女さん!!」
そう叫びながら、メリナに背後から飛び掛かったのはメリナと同じ服装の巫女さん。
その青い髪の女が剣を持っていることに俺が気付いた時には、既にメリナの迎撃は終わっていたのか、その青い髪の女性は胴体を消されて殺される。
……マジこわ……。足が震える。
俺、あいつに命を狙われていたんだ……。
魔法だと思うよ、そりゃ。でも、今の何をしたのか全く分からなかった……。
火の玉とか雷とか攻撃方法が分かりやすければ、こんな恐怖は抱かなかったかもしれない。
「だみぇだよぉ、りゅっかしゃん」
……翻訳指輪が壊れてるのかな……。それとも、メリナが壊れてるのかな……。
「アディちゃん! 全員に死相!!」
桃色の髪をした巫女さんが物騒なことを叫ぶ。本当に勘弁してください。
「あンのボケっ!!」
最も俺に近い最前列のど真ん中にいた金髪の巫女さんが立ち上がる。
この美しい人も剣を抜いていて、竜の巫女は血の気が多いどころか、簡単に本気の殺意を見せてくれるので、絶対にお近づきしてはならないと強く思った。
「もぉ。めりなはへいわじぎしゃでや」
聞き取りにくかったけど、発言としては「平和主義者です」だと思う。なのに、金髪美人の腹に魔法で氷をぶつけて殺した。腹からの流血の後に、口からの吐血。
凄いの見ちゃった……。夢に出そう……。
「アディちゃん!? 化け物!! 許さないからッ!!」
さっき死相とか大声で皆に警告してくれた桃色の巫女さんが絶叫しながら、倒れた金髪美人に駆け寄る。
あの人だけはまともな竜の巫女なのかも。彼女に神殿を案内して欲しかったよ。可愛いし。
謎の殺し合いが始まったとは言え、そこから俺とは20メートルは離れているから、部外者の気分でそんな事を思っていた。
「フロンさん、ダメよ。メリナさんは正気を失っているのよ。いわば、猛り狂う竜。今、向かっても返り討ちにされるわ。私、竜に詳しいから分かるのよ」
あぁ、巫女長さん。
居たのは分かっていましたよ。でも、椅子に座ったまま動かないからどうするのかと思っていました。
正気を失っていると言われたメリナは首を振って、仲間の竜の巫女達を観察しているようだった。
巫女長の言葉が耳に届いて、冷静になってくれたのなら良い。2人くらい殺していたけど、命の軽いこの世界なら謝罪文くらいで許されるんじゃないか。
そのメリナが俺を見る。狙われると思って、体がビクッとしました。ヒグマが獲物を定めているかのような恐ろしさ。背中を見せたら喰われる……。勿論、経験なんてしたことないけど、あいつは人じゃないと感じた。
お願いだから、あっち向いて!
俺の祈りは神に届いたのかもしれない。メリナはまた振り向いて、片腕を上げる。
そして、軽く中指か人差し指の爪をピンと弾いたら、なんと、その先にいたお下げ三つ編みの巫女さんがドラマで拳銃で額を射たれた人の様に、おでこに穴を作って倒れた。
マジヤバい。容赦ない。
簡単に人を殺していくメリナが恐ろしい。あいつ、カレンちゃんの頭を撫でたり、アンドーさんのアイスクリームを食べたりした時は、素敵な笑顔を見せていたのに、こんな滅茶苦茶なヤツだったのかよ……。ティナが半殺しにして大正解だったんだね……。
「メ、メリナちゃん? ど、どうしたのかな?」
えぇ!?
ここでメリナの気をこっちに向けさすの!?
俺は隣の黒人美女に驚愕する。
「しぇかいをー、へいわにしゅてまーしゅ?」
「え? 世界? 平和?」
その疑問に俺も当然に同意だが、会話できる相手じゃないだろ!! 巫女長さんも猛る竜って言ってたろ!!
メリナは再び俺を見た。明らかな敵意がその瞳に込められているのが分かった。
死んだな、これ。カレンちゃん、ごめん。俺はお星様になるよ。
俺が星なんてのを思い付いたのは、目の前に巨大な火の玉が飛んできたから。防御も回避も不可能です。考える間も無く、眼前に迫ってるんだもん。
しかし、俺は助かる。
床に転がっている俺の上には黒人美女が乗っていて、その柔らかくて温かい体が俺に安らぎを与えてくれる、訳はなく、少しでも早く走って逃げたい気持ちでいっぱいだった。
『ナベ殿、大変に申し訳ない』
吐息が顔に掛かる程の至近距離で俺に謝る彼女は、やはり酒臭かった。
「あんた、聖竜か?」
『はい』
一瞬、嬉しそうな表情をしやがったが、今はそんな状況じゃなくて、俺は対処に困る。
「よくも……。にゃべ!! よくみょ、しぇいりゅーしゃまを!!」
メリナの怒りが轟く。雷まで鳴っていて、あいつ、もう神様だろとか思う。
「メリナッ!!」
鋭い女性の声。この人がメリナの気を惹かなければ、俺は追撃で殺されていただろう。
俺に被さっていた黒人美女が立つ。その背中が酷く焼かれていることに気付く。
決死の覚悟しかないな。甕の中の液体を掛けてやる。俺を庇ったせいで、女性の体に不治の傷ができましたとか、ダメだろ。アンドーさんなら指パッチン1つで治すだろうが、あいつ、神様同士の会合とか言ったまま戻ってくる気配ないし。
メリナは翼をはためかせて空にいた。
今がチャンスだよな……。
あー、でも、甕からもう少し離れて欲しい。メリナを見詰める黒人美女の後ろで俺はタイミングを見計らう。この期に及んでも、大火傷を負っている女性に守られている自分が情けない。
が、そんな気持ちは消え失せる。
女性の傷が勝手に癒えたのだ。
あぁ、こいつ、聖竜だもんな。俺如きがどうこうしなくても自力で何とかできるんだ。
「アデリーナさん! あの巫女さんは魔王よ!!」
誰かが叫ぶ。その通りだと思う。でも、その当然な指摘に何の意味があるんだろう。
「しどい……」
メリナが片手を前に出すと、その5本の指から何本も黒い光が発生して、何かを攻撃していた。ここからは見えないが、たぶん、声の主が殺されたのだろう。
「メリナっ!! 逃げるのは許しません!!」
「うっさい、くるばりゃ」
「ペンペン草風情が私を見下すな! 下りて来なさい!!」
「そきょはりゅーのくちゅじゃ?」
「何の話で御座いますか!?」
「あいをしりゃにゃいおみゃーに、あいをおしえてります!」
メリナとやり取りをしていた人はお腹に大穴を開けられて死んだと思った金髪美人。血塗れだけど、痛みを感じてる素振りが少しもない。
凄い。回復魔法は万能過ぎるだろ。
そんなだから、簡単に人を傷つけられるんじゃないのか。それとも、危ない薬をやっているのか?
金髪美人がメリナに向けて大ジャンプをする。とんでもない脚力で、あれも魔法の力なんだろう。俺がしたら、着地の時に良くて骨折、普通に落下死だな。
「にゃむんな!!」
「永遠に眠れっ!!」
耳をつんざく、大きく高い金属音が発生。
金髪美人の剣とメリナの腕が激突した音で、メリナさんは本当にヤバいなぁと思った。ティナが楽勝だったのが不思議。
2人は地上に下りてからも激しく死闘を続ける。
俺の動体視力ではもう追えない。
『ナ、ナベ殿、どうしたら良いか……?』
「俺が聞きたいよ」
『わ、我を試すということであるか……』
「そういうつもりじゃないよ。でも、何か良い案がない?」
『……我がメリナに身を捧げれば……』
ん?
聖竜とそれを崇める巫女の関係だよね。捧げるのは巫女さんの方じゃないのか。
こっちの世界では、偉い方が奉仕する仕組みなのか。いや、弱肉強食を地で行く地獄みたいな世界だぞ。有り得ない。
「捧げたいのか?」
『……出来れば避けたいところ……』
「なら、止めた方がいい」
ってか、絶対拒否ではないんだな。自己犠牲の精神が強いのか。
俺は前に出る。
『な、何を!?』
「よく分からないけど、メリナは俺を恨んでそうだからな。さっきも『よくも聖竜様を!!』って叫んでたし。謝ってみる」
『危険である!』
分かってるよ。分かってるから、この舞台からは下りない、離れない。遠くから言うだけだよ。でも、小心者なりに頑張ってるな、ホント。
「メリナさーん、ごめんなさーい。僕たちはシャールから去って、2度と近寄らないからー。聖竜様と末長く仲良くお過ごしくださーい」
俺の声はちゃんと聞こえたのだろう。
メリナが動きを止め、こちらを凝視していた。俺の謝罪が真実の物なのかを確かめるように。
『ナ、ナベ殿、補佐官の任は……』
「スーサが勝手に決めたことだから。大体、俺は無力で無知だから補佐なんてできないよ。悪いね」
『そ、そうであるか……』
俺と聖竜が会話を交わしている間に、立ち止まってこちらを観察していたメリナの首を金髪美人の剣が貫いていた。
ほんと命の軽い世界だな。びっくりだわ。
こんな所に拉致られた可哀想な俺を助けてくれる、優しい女神様は居ないのだろうか。目の前で起きている惨状を見る限り、居なそうだなぁ……。




