悪酔いからの絶望
聖竜様が何かを皆に伝えているけれど、私の耳には入って来ません。視線も落として地面を見詰めます。
悲しい時はお酒様。お酒様は全てを忘れさせてくれる。
そう思った瞬間には、先ほど聖竜様から与えられたばかりの甕に私は近付いていました。
列を離れて10歩は前進したのに誰にも止められなかったのは、皆が聖竜様に注目しているからなのかな。
私の背丈より高い甕によじ登り、中を覗くと水面に青い空と、銀のティアラを被る自分の顔が見えました。このティアラ、カーシャ課長が折角用意してくれたのに、聖竜様どころか巫女の連中からも何も言及されず、何だか凄く虚しい気持ちです。
両手で掬った透明な液体を喉に通す。
美味しい……。
私の心を満たしてくれるのはお酒様だけですね。
ってか、私、頑張ったんだよね。
大魔王を復活させようと試みていたシルフォルを倒したんだし。王国どころ世界を救ったんじゃないかしら。もう少し聖竜様も褒めてくれても良いのになぁ。
それどころか、聖竜様は私を見てくれなくて、傍らに別の人間を置く始末ですよ。
救ってくれない。聖竜様は私の全てで世界そのものなのだったのに。
なんて詰まらない世界なんだろう。
ぐびぐびと、追加でお酒様を飲む。
詰まらない世界かぁ。
思えば、シェラも銭ゲバだと暴露されそうだし、マリールも小さい胸に悩んでるし、ルッカさんも家族が死んでいて悲しそうだし、フロンは絶対に叶わない相手に恋してるし、アデリーナ様は悩みがなさそうなバカだけど家族殺されてるし、フランジェスカ先輩でさえ才能の足りなさを悩んでいたし。
こんな世界、要らないんじゃないかな。不幸しかないもん。
うーん、今日の私はお酒様に愛されている。
だって、まだ起きてるから。いつもは眠くなるんだよね。
体に熱が籠ってくる。これってお酒様が私を温めてくれているのかな。
はっ!? これが愛なんですね……。
世界を要らない、滅べば良いとか思ったのは間違いでした。
「決めちゃ」
私が作り変えよう。皆が平等で悩まない、愛に溢れる世界にしよう。
えーと、うん。慈愛溢れる私が一番最初に行動しなきゃ。
そうだ。皆に魔力を分け与えよう。私の魔力を吸収して、大勢が私みたいに優しい人になれば平和な世界になるでしょう。
思うと同時に私の黒っぽい魔力が溢れ出て、勢いが良すぎて、それが爆風みたいに周囲に広がります。
皆、いっぱい吸収してね。
「巫女さん!!」
ルッカさんが剣を背中側まで振り上げて、私の後ろから飛んでくるのが分かる。
遅い。
「だみぇだよぉ、りゅっかしゃん」
舌がうまく回らないのはお酒様の悪戯でして、それは致し方ないことでして、うふふ、ちょっと可愛らしい言いっぷりになってしまいました。
墜落したルッカさんは返事をしませんでした。だって、ルッカさんの声で振り向いたら、私の目から黒い光が出て、それに当たったルッカさんの胴体は失くなってしまい、そのまま地面に落ちてしまったので。
「アディちゃん! 全員に死相!!」
あ? フロンのクセに大声を出すな。
「あンのボケっ!!」
聖竜様に貰った剣を早速乱暴に扱って抜き放つアデリーナ様。私を刺し殺す意図が見え見えです。
「もぉ。めりなはへいわじぎしゃでや」
血の気の多い女王に誤解を受けたようだったので、笑いながら手をフリフリしたら、ものスッゴく風の刃が発生して、ちょっと傷を負ったアデリーナ様は憤怒の表情をされました。
とんでもない表情です。こっちは平和主義者って言っただろ!!
とても怖かったので、氷の槍で腹に大穴を開けてやります。それでも3歩程前に歩きやがったのでアンデッド系のモンスターかよと、肝を冷やされました。
「アディちゃん!? 化け物!! 許さないからッ!!」
あん? お前に許されなくてもどうでも良い。何故ならば、私がお前を許すからです。
ん? 酔ってるな、私。意味分かんないことを考えてるかも。
「フロンさん、ダメよ。メリナさんは正気を失っているのよ。いわば、猛り狂う竜。今、向かっても返り討ちにされるわ。私、竜に詳しいから分かるのよ」
巫女長か……。あの精神魔法は面倒かも。
私は少し冷静になりました。
状況を確認する。
フロンは血を大量に流すアデリーナ様の介抱に走り、刃向かってくる様子は無しか。ルッカさんは転がったまま。ってか、魔力の弱い人から順に私の魔力が侵入していって倒れ始めていますね。マリール、ごめんね。私のような立派な人格者になろうね。
そして、向き直って聖竜様は?
うふふ、驚かれています。そして、その横でにっくきナベは怯んでいます。
異様な魔力の流れを背後に感知。
フィンレーさんか。アデリーナ様を回復させようと考えているのですね。
魔力の動き的に複雑で、彼女が使っている魔法は高度な術式と感じます。
あぁ、私の魔力が治癒魔法を阻害するから、それを押し退けようという魂胆か。
生意気。
私が爪を弾くと、高圧縮の魔力の塊が放たれて、フィンレーさんの眉間を貫きました。
力なく仰向けに倒れるところを、フランジェスカ先輩に抱えられますが、そいつは暫く復活できないでしょう。
「メ、メリナちゃん? ど、どうしたのかな?」
聖竜様がお声を掛けてくれました。
私は顔を横に倒しながら答えます。
「しぇかいをー、へいわにしゅてまーしゅ?」
「え? 世界? 平和?」
呂律が回ってなかったけど通じました。私は嬉しくてうんうんと頷きます。
が、その最中にナベが私を注視していることに気付き、即座に炎の玉を打ち放します。あいつは私の敵であり、世界の敵ですから消滅させることが愛なのです。
放った瞬間に殺したと確信できる程の高い精度と威力の魔法だったのですが、私は目の前の光景に目を大きく見開いて驚愕します。
なんと、聖竜様が身を投げ出してナベを庇い、直撃でないにしろ私の炎の玉を背中で受け止めたのです。
人の姿をしていても聖竜様なので、死にはしませんが、肉を焼いて抉られたくらいの被害はあったでしょう。
「よくも……。にゃべ!! よくみょ、しぇいりゅーしゃまを!!」
私の怒りは天を衝き、それが何本もの漆黒の雷となって周囲に降り注ぎます。
「メリナッ!!」
アデリーナ様の声が響く。
チッ。雑魚が騒ぐな――嘘っ!?
今回のアデリーナ様の剣は神速でした。神界で殴り倒したどの神よりも速い一閃は、振り向こうとした私の背中を斜めに切り裂いたのです。
意識が飛ぶ前に回復魔法……。
それから、背中に生やした翼で私は宙に舞う。
真っ直ぐに私を睨むアデリーナ様の魔力はいつもより膨れ上がっている。でも、私の魔力を吸収した訳ではないか……。
あっ、フロンの仕業ですね。ダークアシュリン、ダークメリナに続いて、ダークアデリーナですか。
そもそも黒いヤツを闇に染めても無駄でしょうに。
あと、うふふ、アデリーナ様のファーストキスはフロンに奪われたのですね。うふふ、それ、愛かも。フィンレーさんとの恋バナが弾みますね。
「アデリーナさん! あの巫女さんは魔王よ!!」
「しどい……」
私を魔王呼ばわりした、再生したばかりのルッカさんに指を向け、その先から出した何条もの光線で全身に穴を開けてやる。
「メリナっ!! 逃げるのは許しません!!」
「うっさい、くるばりゃ」
「ペンペン草風情が私を見下すな! 下りて来なさい!!」
私がアデリーナ様の自称である黒薔薇で呼んだら、デュランで与えられた私の誕生花で返して来やがりました。
「そきょはりゅーのくちゅじゃ?」
「何の話で御座いますか!?」
見習い成り立ての頃に、アデリーナ様は私に竜の靴とかいう妙な呼び名を付けたはずです。謎過ぎて怖かったのですが、それを忘れてるだと!?
「あいをしりゃにゃいおみゃーに、あいをおしえてります!」
地上に戻ってやろうとしていた私はまだ宙にいるにも関わらず、アデリーナ様は大きくジャンプして来て、私の首を刎ねようとするのでした。
「にゃむんな!!」
「永遠に眠れっ!!」
首を狙うアデリーナ様の剣と、それを防ごうとする私の硬い腕が激突して、高い金属音を響かせました。




