聖竜様からの日頃のお礼
シェラの踊りは前に見た時よりも縦横無尽に派手な動きをし、そして、空高く舞い上がっていました。真っ昼間の屋外ですので、室内の礼拝堂とは違って明るくてスポットライトもなく、その代わりに自分を目立たせる手段として、天井や舞台が存在しないことを利用したのかもしれません。
でも、荘厳で美麗で、聖竜様をお迎えするには相応しい踊りでした。
特に最後の一番高く跳んでからの頂点でのクルクル回転、そこからの長い裾を残しながらの垂直落下は大変に素晴らしかった。
聖竜様の方角に向けて魔法を使って、空中に光の道を作る演出付きです。
聖竜様の勇姿を見上げる人々が殆んどではありましたが、それでも、シェラの演技を見た1部の方々から歓声が上がります。
「ふーん。やるじゃん」
「あんなビッグバストなのに邪魔にならないのかしら」
「チッ」
マリールの舌打ちが、喋ったルッカさんへの反感なのか、胸の話題に対してのものなのか判別しにくい。
さて、聖竜様はシェラが作った光の道を辿って、湖の上からこちらまでやって来ます。
羽ばたきによる強風が物凄い。流石は聖竜様。
皆の視線は遂に私達の頭上近くに集まります。下から見る聖竜様のお腹は新鮮です。絶対にアデリーナ様から記録石を貰って、未来永劫、この記憶を映像として残そうと思います。
着地。白い竜が降り立った瞬間、巫女を含む多くの人が膝を付いて祈り始めました。
私も口は動かさないけど、聖竜様への敬意を込めて膝立ちの態勢で見詰めます。こっち向いてくれないかな。
聖竜様は、いつもより首の位置が低い。太陽が眩しいのでしょうか。忌々しい太陽め。魔法で撃ち抜いて消し飛ばしてやりましょうか。
「もう聖竜様、シャイなんだから」
なっ。誤解を生む発言は止めて下さい、ルッカさん。
「そうみたいだね」
そうなのですか……。フランジェスカ先輩が言うならそうなのでしょう。
2000年ぶりなんだから、緊張して当然か。
『わ、わ、わりぇ、我はせ、せいるうスードワット……』
聖竜様、頑張って!
皆、聖竜様の味方ですよ。
視線が怖いのかな?
お望みなら、メリナが全員の目を抉って川に投げ棄てて来ますよ!
『フゥ、フゥ、フゥ……』
鼻息の荒い聖竜様、珍しい。カッコいい。
『ダメ、景気付けがいるね』
聖竜様の目の前に大きな甕が出現しまして、そこに首を伸ばされます。
『ゴクゴクゴクッ。ふぅ、げぷ。もうちょっと。ゴクゴクッ』
お酒様だ。私は直感しました。
聖竜様もお酒様を嗜むんですね。勉強になります。私も見習う必要があるという訳です。
『えーと、踊り子よ、すばらしい演技であった。お主が真に欲するものを与えようぞ』
「「ウォー!!!」」
聖竜様はいつもの堂々とした態度に戻り、それに民衆が呼応します。お酒様、凄い。
「聖竜様が御顕現されること以上に望むことはありませんわ」
淑女代表っぽくシェラはそう答えました。
『遠慮は要らぬ。我はそなた達の生活をよく覗いて――観さ――見守っておったのだ。我を大切に敬ってくれていることもな。我が好意を受け取ってはくれまいか』
「そうまで仰るのでしたら、拒否する訳にはいきませんね。御慈悲に感謝致します」
シェラの同意に聖竜様は、満足そうに頷き、転送魔法を使う。
類い稀な素晴らしい舞の報酬は黄金の山でした。
「……ありがとうございます」
『うむ。真に欲するの物だから嬉しかったでしょ?』
「……はい」
シェラは気まずそうに答えました。
淑女然としている自分が、実は金銀財宝を愛しているなんて、人に知られたくないですよね。
確かにそれらはシェラが真実に欲する物だと私は知っています。でも、皆は分かりませんよ。不本意ではありますが、聖竜様が現物主義者だと誤解さえ生まれていることでしょう。だから、シェラ、大丈夫ですよ。皆には守銭奴ってバレないから。
「あいつさ、ブラナンの赤い雪ン時も聖竜を金貨に置き換えて喋ってなかった?」
「えぇ、そんなメモリーがあるわね」
……黙っていて上げてください。
『うむ。では、次へ。我が地上に出て来るに至ったには2つ理由がある。古き契約により、我は今まで自由に地上に出ることはできなかったのである。しかしながら、その契約が破棄されたようであり、日頃の感謝を直接に巫女達へ伝えたいのが1つである』
そうなんですね。そんな感謝だなんて要らないのに。謙虚です、聖竜様。
『まずは巫女長フローレンス。個性豊かな巫女をよくも束ねてくれていた。そなたが真に欲する、我の体の1部を与えようぞ。こちら、後ろ足のカット済み爪の先です』
羨ましい!!
フローレンス巫女長は恭しく礼をして、自分の体ほどある聖竜様の爪を収納魔法で回収しました。
『えーと、あっ、次はアデリーナ。近い順ね』
アデリーナ様は地味な剣を貰っていました。
『次は、ルッカ。はい、昔の旦那さんが履いていた靴と靴下。宝物庫の奥の方から出てきたよ』
「あぁ! あぁ……。あなた……」
薄汚い靴に頬擦りして泣くルッカさんを笑っちゃいけないと分かっていたのに、私は吹き出し笑いをしてしまって、フィンレーさんに注意されました。
『メリナ。そなたには――』
来たッ!! 私も感謝されるんですね!!
『メリナちゃんが欲しいものは分かってるんだけど、差し上げられないので、我の飲んだお酒の残りで良いかな』
「はいっ! 末代まで大切にしますっ!!」
聖竜様と間接キッスです!! うわっ! 凄い!! いえ、お風呂代わりにあの甕とお酒様を使えば、私の色んな所が聖竜様と接触するんですね!!
「あんたさ、キモい想像してない?」
「お前に言われるなんて屈辱」
その後もフランジェスカ先輩を含む巫女達に聖竜様は贈り物を続けます。あまり金目のものは少なくて、こうなると、財宝を貰ってしまったシェラが悪目立ちしてしまいますね……。
『それでは、1つ目の用事は終わりである。2つ目に入る』
聖竜様はそう言いました。恐らく、そちらが本命の用事なのでしょう。贈り物をするだけなら、地上に出なくても転送魔法でどうとでもなりそうだから。
『聖竜である我の地上での代官として、この者を紹介する。今後は我だと思って、巫女達は仕えるが良い。我は長めのお休みに入る予定である』
っ!?
何ですって!? 休み!?
「巣穴で眠り呆ける気じゃん」
「羨ましいかも」
聖竜様の隣に1人の人間が現れる。
そして、髪の長い人間の姿に変化した聖竜様も、その男の横に立つ。
『我が補佐官であるナベ殿である』
紹介を受けたナベは戸惑っている様子でした。
『今後ともよろしくお願い致します』
丁重にナベに向けて挨拶をした聖竜様の顔を見て、私は察する。それは明らかに特別な好意を持つ者の表情。
私はナベに再び激しい敵意を向けるのでした。




