聖竜様の御降臨
聖竜様が降臨する噂は街中で広がっていたのでしょう。街から多くの人々がやって来て、私がいる最前列近い場所から眺めると、湖の波のように揺れ動く人の頭が街壁の所まで続いているのです。
「今の街はがら空きだから、盗賊が大活躍かもですね」
「オールライトよ。クリスラさん達が見回ってるから」
「スラムの人達? 人数が足りないでしょ」
「メイドさんもいるもの」
「あぁ。ショーメ先生か……」
隣に立つルッカさんが答えてくれます。
珍しく、と言うか、初めて見る巫女服姿です。正装に身を包むということは、彼女にとっても今日は重要な日なのかもしれません。
「そういう悪どい発想はメリナ様らしいかも」
「治安に気を遣う有能な人物だと、私は思われているんですね。ありがとうございます」
「ンな訳ないじゃん。自分の過去の行いを振り返りな」
フィンレーさんとフロンも近く。
部署ごとに並んでいるはずなのに、おかしな話です。凄く意図的なものを感じました。
それに、巫女長は偉い人だから伯爵の隣で良いとして、アデリーナ様まで偉い人席に座っているのはずるいと思う。
ずっと待っているから疲れてくるのです。これだけの人数だからトイレとかも凄いことになっていて、たぶん、この辺の道端や草むらとかは大変なことになっていると思います。帰り道では気を付けないといけない。
「聖竜様の準備が終わって、もう来るそうよ」
聖竜様とコンタクトが取れる真の竜の巫女であるフランジェスカ先輩が教えてくれました。
いよいよか……。
「ねぇ、メリナ。私さ、何て言うか、聖竜様の声が聞こえるって嘘ついて巫女になってるんだよね……。殺されるかな……」
部署の列を離れて、何故かフランジェスカ先輩の横に控えるマリールが私に尋ねてくる。若干の怯えが見え隠れしています。
「聖竜様は懐が深い方だから、絶対に大丈夫だよ。それにしても、皆、そんなに気にしているんだね」
「昔話でさ、邪魔な偽巫女を処刑したらそれが本当の竜の巫女で、その罰で当時の巫女が皆、酷い目に合ったっていうのがあるからさ……。そういう話って、全部が作り話ってことないと思って……」
あー、そういうの有ったなぁ。怒った聖竜様の力で、当時の巫女さんが獣人にされたんでしたっけ。
「あはは。マリールさん、ドンウォーリーよ。でも、懐かしい。その偽巫女、私のことよ」
「は? おばさん、臭い口で横から詰まんない嘘を言わないでくれる」
まだマリールはルッカさんに一方的な敵対心を抱いているみたいですね。
視界の端で、巫女長が立ち上がるのが見えた。本当にいよいよなのか……。
巫女長はゆっくりと数歩だけ進んでから止まる。それから、大きな銅鑼が一斉に数度鳴らされる。その振動が体の芯まで揺さぶります。
聖竜様が2000年ぶりに人々の前に現れる歴史的な日。竜の巫女として、それに立ち会える私はなんて幸せなのでしょうか。
巫女長がくるりと向きを変え、こちらに振り返る。視線は、でも、斜め上。
私達も巫女長の見詰めている先を眺めるために、シャールの街の方角、いえ、正確には、街の向こうにある湖の空を見るために、後ろへ向き直します。
大きな光の玉が空で輝いていました。真っ白で、しかし、暖かみを感じる慈愛の輝きは、自然と私に涙を溢れさせます。
「あれ!!」
「おぉ!!」
「ウォーーー!!」
立場もあって、流石に巫女連中は落ち着いた様子で静かに息を飲んでいますが、民衆は感動を自由に叫びを上げます。
混乱防止のために駆り出されていた騎兵の方々も馬を降りて、その光に敬意を示します。
こうなると、一番の特等席は同じく治安要員である街壁の上で警戒業務に付いていた方々かもしれない。
「慈愛の源であり、生きとし生ける者の偉大なる守護者である聖竜スードワット様。我ら、忠実なる僕である巫女は貴方の為に生き、死んでいきます。貴方が死と言えば死を自らに与えます。助けろと命じられれば、自らの身と引き換えにその者を助けると誓い――」
マリールが突然、両手を合わせてお祈りを始めます。
「あんた、一番、信心を持ってない人間だと思ってたわ」
フロンが笑いを浮かべながら言う。
「うっさい。理解できないくらいおかしいことは祈るからいしか手がないの!」
簡単に祈りを途中で止めるマリール。
「巫女さんの友達だったら、クレイジーなことしかないのにね。あぁ、だから、毎日、祈っていたからそんなにグッドなお祈りなのかしら」
ルッカさんもからかう。
マリールは顔を真っ赤にしていて、このままでは怒鳴り散らかしますね。宥めなくては。
「メリナは理解できるからですよね、マリール」
私より先に助け船が意外な所からやって来ました。その声の主はシェラ。私とマリールの同期であり、友情で繋がれた巫女。
「殆んど理解できないけど、メリナはそういうヤツだから諦め――って、シェラ! 今から踊るの!?」
シェラの声は後方、つまり、人々が向いている方向とは逆である聖竜様が降り立つ為に設けた舞台側からしまして、答える為に振り向いたマリールが途中で驚く。
「礼拝部のお仕事ですので。ちょっと本当に緊張しております。失敗したら食べられてしまうのかしら」
「マリールにも言ったけど、聖竜様はそんなことしないよ」
以前にも礼拝部での踊りを見たことがあります。その時と同じ、とても裾の長い白い服を来たシェラは化粧の効果もあって、とても美しく見えました。
「聖竜様は人間を食べたことはないらしいしね」
そんな会話までしていたのか。シェラの心配を除くために優しく声を掛けたフランジェスカ先輩を羨ましく思う。
「捧げ物にもならなくてすみそうですね。安心しました。ありがとうございます」
フランジェスカ先輩と聖竜様の関係をシェラも知っていたのか、一瞬だけ安堵の表情を見せました。でも、戦場に臨む戦士のようにすぐに顔を引き締めます。
「ウォーーー!!」
「出たっ!!」
「デカっ!!」
「聖竜様ー!!」
シャールの人々は基本的に篤い聖竜様の信仰者ですので、地面に頭を付けて拝む方々が殆んどなのですが、一部の声のでかい者共の不埒な騒ぎが耳に届きます。
光の玉は消え、そこには、遂に、巨大で真っ白な羽根で羽ばたく聖竜様が現れたのです。
「ほんと、でかいわ」
「あれ? フロンさんは初めて?」
「地下で見た時は殺風景だったから距離感が分かんなくて実感なかった」
「確かに中々の大きさかも」
「ってかさ、あんた、何者よ?」
「フィンレーだよ」
「うーん、ストレンジな感じね」
人外が喋り合う中、フランジェスカ先輩も両手を組み、お祈りの言葉を呟き始めます。
見倣うなら、この人。
私も目を瞑り、更には膝を付いて目を瞑って祈りを始める。
しかし、お祈りの言葉を一切習っていないために言葉は出てこないのでした。
魔物駆除殲滅部で無駄な3年を過ごした自分と指導役だったはずのアシュリンを恨みます。




