メリナ、仕事する
真っ直ぐに全速力で神殿に駆け付けた私は、誠心誠意、巫女長に大遅刻の非礼を詫びました。そして、途中で追い抜かしたフィンレーさんに全ての罪を擦り付けます。これは勝負での約束事なので致し方ないことなのでした。
さて、その後、私は街の外の聖竜様降臨用の広場を設営するお手伝いに入ります。
先に設備部土木課の巫女さん達を中心に準備工事が始まっておりましたが、彼女らは本物の聖竜様を目にしたことがないのでサイズ感が分からなかったのでしょう。本殿の聖竜様像に合わせた敷地でしか考えておられませんでした。
私は設備部の偉い人に事情を話し、縦横各4倍の広さにすることを提案します。
普通なら無茶な話ではありますが、ここは巫女長の分裂体である料理人フローレンスとの料理対決で使用した場所でして、既に整地されています。だから場所はある。
偉い人達が座る特等席、その両脇に竜の巫女達の席、その後ろに貴族達の為の席。最後に、縄で前に区切られた一般庶民の為の観覧ゾーン。貴族よりも竜の巫女が前に来ているのは、聖竜様関連のイベントだからでしょう。
「聖竜様って本当にいたのね」
「不信心だったことがバレないように祈るよ」
「あはは。せめて立派な会場に仕上げてから死なないとね」
「間違いなく、私の巫女人生の最大のイベントだから勿論さ」
喋りながらも着々と仕事をこなしていく設備部の巫女さん達。スコップを軽やかに使って土を盛ったり、固めたり。
周りには営業部の人達もいて、彼女らは舞台から見て後方の所で屋台の準備をしていました。商魂たくましい。シャールからやって来た人々に割高な物品を売る気ですね。
って、カーシャ課長も遠目で確認しました。彼女もお手伝いで来ているのかな。向こうと目があったので、手を軽く上げての簡易なご挨拶を済まして、私は作業に戻る。
「メリナさん、こっちに土!」
「はい。行きます」
魔力操作で山盛りの土を出す。
「メリナ、こっちも! あそこの木が観客には邪魔だから折って」
「はい!」
蹴り倒して、遠くへ放り投げる。
「営業部が食材倉庫が欲しいってよ」
「あ? 時間ないって答えてやれ」
「私が地面を掘りましょうか?」
「地下室か。分かった。頼んだ。それから、たぶん食材運べって言うだろうから、そっちも任せた。助かる」
「了解です」
私は汗水を流しながら頑張ります。働いているって気がする。
夜になり暗くなっても、照明魔法を何発も打ち上げて作業を続行しました。
その甲斐があって、空が白んじる前には工事と会場設営の準備が終わったのです。
私は座って休憩する。
すると、近くにやって来た設備部の巫女さんが私にパンとオレンジを投げ渡して、食べろと言ってくれました。
日焼けして肩幅の広い彼女は、歳は40代くらい、姉御肌って感じの人だ。巫女服の上からでも分かる逞しさからすると、毎日、こんな肉体労働をしているのかな。
「悪いな。誤解していた」
「何をですか?」
「魔物駆除殲滅部のメリナは本能の赴くままに行動する魔王って噂を信じてたのさ。違ったよ。本当に助かった。今は秘書課だったか? 設備部に来いよ。歓迎する」
訊くと、設備部の部長さんらしいです。
「ありがとうございます。でも、今日はそういうの考えずに過ごしたいんです。聖竜様が降臨されることだけを考えていたい」
「巫女っぽいことも言うんだな」
「正真正銘の巫女ですから」
「違いない」
それから、私の耳元で悪戯っぽく言葉を追加します。
「あたしら、全員、偽巫女だからさ。聖竜様に謝っておいてくれよ。命だけは勘弁てな」
「大丈夫ですよ。聖竜様は既にご存じですし」
「そうかい。あんたが言うなら信用するさ。よぉし、皆! 聖竜様は不敬な偽巫女も許すってさ。このメリナが取り成してくれたぞ! メリナに感謝だ!」
部長が大袈裟に私を称えると、周囲から盛大な拍手を頂きました。
「あんがとさん!」
「捗ったよ。また頼んで良いか?」
「メリナ様、ありがとうございます。撤去工事の手伝いもどうですか?」
私、とても照れ臭くて、少し身を縮めて地面を見てしまいました。
「ウラァッ!! 調子に乗んなよ、設備部の連中がっ!! メリナはンな称賛なんざ糞ほど欲しく思ってネーんだよ!!」
この狂った発言はカーシャ課長ですね。どこで拾ったのか鉄の棒を振り回したり、地面を強く叩いたりして、何故か皆を威嚇しています。
「なんだ、あれ?」
「営業2課の野獣カーシャ」
「メリナさんさえ逆らえないって噂の……」
「ウッセーよ!! メリナっ!! テメー、ちょっとこっち来いッ!!」
辺りがシーンと静かになる中、カーシャ課長は去っていきます。何しに来たんだろ……。
ずっと彼女を見ていたら、ペコリと私に頭を下げまして、言葉と違って、今の雰囲気的には好意からの行為だったようです。意図が分からない……。
「ちょっと行ってきます」
「あぁ。気を付けてな。あいつ、おかしかったぞ」
「前からなんで平気です」
「そうか。まぁ、正巫女なんて、皆、頭おかしいからな」
……えーと、まともそうな設備部長さえ、竜の巫女に対してそんな感想を持っているのですか……。ちょっと神殿の未来が心配になりました。
「カーシャ課長」
広場や道からだいぶ外れた先でカーシャ課長に追い付く。戦闘速度で走れば一瞬だったのですが、カーシャ課長はチラチラと後ろを見て、私を誘導している感じがしたので、それに乗って、課長が立ち止まるのを待ったのです。
「あぁ、メリナ様。すみません」
「どうしたんですか?」
「メリナ様にお世話になったのにお礼をしていなかったもので、こちらをどうぞ」
カーシャ課長は私の髪に何かを乗せました。
「うん、似合ってますよ」
続いて、出された手鏡を覗くと、銀製のティアラが私の頭上で輝いていました。
「メリナ様が聖竜様をお慕いなのはよく存じています。だから、メリナ様が聖竜様のお目に止まるように目立った方が良いかなって」
「ありがとうございます、カーシャ課長。でも、どうして、こんな呼び出し方法を? 普通にしたら良かったのに」
「ダメですよ。今の私は野獣キャラ。皆の前では狂った感じでいかないと。身内から騙さないと演技っぽくなりますから」
凄いプロ意識。間違った方向で。
でも、私を想っての贈り物は心底嬉しかったです。
「私、偽巫女なんですよね。今日で死ぬかもしれないから、メリナ様にお返しできて良かったです」
「大丈夫ですよ。聖竜様はそんなの怒りませんから」
カーシャ課長が腰を低く会釈をしながら去るのを見ながら、竜の巫女達は結構、聖竜様を恐れているんだと意外に思いました。




