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女王猿を退治

 洞窟は湿気が高くて臭くて暗いところ。

 この真理は私の育った村の近くにある洞窟も、この蟻猿の巣穴も同じでした。


 今も入って数歩の所ですが、土がぬめってなっています。天井は大猿が直立で動けるくらいには高いですね。



「ノエミさん、生きてます?」


 彼女は洞窟の中をかなり進んだのか、私の魔力感知の範囲から外れてしまっていました。


「どうだろうな。残念ながら死んでいるかもな」


 ですよね。無防備に突っ込んだのですから、暗闇ですし、物陰から奇襲を受けたら一溜りもないと思います。


「エルバ部長は分かりますか?」


「分からんな。ここは狭すぎて魔力が散乱している。重なりがマジで酷くてな、時間がもう少し経てば分かるだろう」


 その感覚は私の魔力感知とは違うのかもしれません。例えば、私は真っ暗ですが、範囲内に関しては石の形や固さなんてのも何となく判別が付きます。



「メリナ、照明魔法はいけるか?」


「はい」


 光の玉を出して照らします。

 ただ、クネクネ系の洞窟ですので、角を曲がれば、すぐに光が届かなくなります。

 なので、私は何回も光の玉を出す羽目になりました。



 基本的に下方向に一本道です。分岐は有りますが、上方向と下方向になっておりまして、上方向に進むと部屋になっていて、食料庫だったり、子猿の集団がいる居室だったりしています。

 帰りの障害になるといけませんので、猿が居る部屋の入り口の所は氷の槍をたくさん刺して、柵としています。冷たい氷を掴みながらキーキーと暴れ叫ぶ猿達、大変に愚かです。



 順調に進みます。

 ノエミさんの姿が見えないのは幸なのか不幸なのか、よく分かりません。殺されて骨も残さずに食べられている可能性もありました。

 頼りにしていたエルバ部長の魔力感知が期待外れに使えないことも薄々と感じ始めていました。


 そんな時です。


「ミーナァァアア!!」


 凄い声が響き渡りました。

 ノエミさん、生きていて良かった。でも、ミーナちゃんがパウスさんに蹴られた時は整然としていたのに不思議ですね。


「マジで急がないといかんな」


「そうですね」


 私は走ります。照明魔法を唱えるの時間も惜しいですので、魔力の流れを読んで暗闇を駆けます。ゾルザックさんも付いて来ています。


 途中、何匹かの猿の死骸が横たわっていました。

 鮮やかな一撃で首を断ち切っています。ノエミさんの仕業なのでしょうか。



 もうすぐ広場に出ます。

 魔力感知で状況は把握出来ています。

 大きな猿に囲まれた小さな体が2人。1人は動かず、もう1人が舞うように剣を振るっています。



「拳王、魔法陣だ!」


「はいな!」


 背後のゾルザックさんが曲がった先に魔法陣が形成されていることを教えてくれました。私ももちろん分かっています。


 踏んだら、体が麻痺して捕らえられる。


 私は大きく斜め前にジャンプして、横壁を蹴り、更に跳ねて、光る文字を飛び越えました。そのまま、空中で魔法を発動。


 洞窟での火炎魔法は窒息の恐れがあるとお母さんに教わっていますので、氷の槍を連射します。今日は大活躍です。氷の槍。



「ノエミさん、怪我ないですか!」


「ミーナの様子を見て下さいませんか! 動かないんです!」


 照明魔法を唱えます。あと、大丈夫だと思っていますが、続けてミーナちゃんに念のための回復魔法を使います。


 明るくなった広場には10数匹の大猿がいました。転がっているのも同数くらい。

 ノエミさんは3体に囲まれていますが、流れるような動きでそれらの魔物の首を正確に斬っていきます。



 私とゾルザックさんも参戦。

 素早く敵の胸元に入り、掌底で殴り、近くの別の個体は蹴りで仕留めます。離れた所で魔法詠唱を始めようとしていたものは、察知していたゾルザックさんが斬り捨ててくれました。



 あっと言う間に制圧が完了しまして、倒れたままのミーナちゃんの所へと集まりました。


 寝息を立てていますね。ならば、大丈夫です。私は回復魔法に自信があって、生きているのであれば、何とかできます。

 そもそも、さっき掛けたばかりですので、ミーナちゃんはただ眠っているだけでしょう。それをノエミさんに伝えてあげると、安心した表情をしてくれました。



「……あんたも達人だったんだな。諸国連邦と帝国しか知らずに調子に乗っていた過去の俺は恥ずかしい限りだ」


 ゾルザックさんの感心はノエミさんに向けてでした。


「いえいえ、私なんて、そんな。暗い所が得意なだけなんです。マイア様とマイア様のご家族に毎日洞窟で演習させて頂いておりましたから」


 マイア様か……。

 ノエミさん、ちょっと抜けているところがあるから、騙されていなければ良いのだけど。


「ゾルザックさんも十分にお強いですよ」


 マイア様について尋ねるより、私は彼をフォローすることを選びました。実際、ノエミさんの動きは良かったですが、ゾルザックさんの方が優れていると感じていますし。


「あ、あぁ。何だ、アレだな……。お前にそう言われるのは慣れないな」


 どういう意味でしょう。不思議です。

 ゾルザックさんんは少し照れているようでした。


「もっと強くなったら、また再戦して欲しい。あと、俺を呼ぶ時はゾルでいい」


 ゾルザックさん、改めゾルさんに頭を下げられました。

 この人、素直で良い人ですね。


「えぇ。でも、まずは女王猿を倒しましょう」


「そうだな」



 私は広場の奥、暗くて見えていませんが、そこに尋常じゃない大きさの猿がいるのを知っています。

 聖竜様ほどではないです。でも、2階建ての建物と同じくらいの背丈。腕もパウスさんの体よりも太いという化け物です。


 仲間が倒されている間もずっと黙って見ていた卑怯者と、人間の感覚だと思ってしまいますし、乱戦に参加していれば、私達に勝てる可能性が僅かに上がったのにと哀れに感じてもおります。



「……でかいな」


「えぇ。首を持って帰るのに難儀しそうです。ノエミさんはミーナちゃんを守って下さい」


「はい。メリナ様、お気を付けて」


「メリナ、俺が先に仕掛ける」


 ゾルさんは私を拳王という謎の蔑称で呼びませんでした。

 私は彼の言葉に従い、前に出た彼の後ろで拳を構えます。



「行くぞ!」


 ゾルさんは気合いの声を発すると同時に、剣を横にして女王猿へと突進します。

 相手も咆哮、敵意剥き出しの大きな咆哮で迎え撃ちました。



 舞い立った土煙で視界が失われる。

 しかし、無駄。暗闇の中でも戦える私達には関係ございません。



 女王猿が振るった腕が地面を叩き、激しく振動します。天井からもパラパラと土が落ちてくる中、私は氷の槍を敵の胸に目掛けて放ちます。

 剣の間合いまで詰めていたゾルさんも猿の両脚を斬り付け、深い傷を負わせたようです。パウスさんなら切断できたかもしれませんが、これは戦闘スタイルの違いなのかもしれません。


 やがて、視界が戻ります。

 瞬間、私は強く地を蹴って横に逃げます。


 私が放ったはずの氷の槍が、今まで私が立っていた場所に突き刺さっていました。



 へぇ。畜生のクセに生意気。



 私はまた氷の槍を放ちます。3本。頭、胸、腹と方向も変えました。


 それがなんと防がれました。

 一発目の氷を手で捕まれ、それで他の氷を打ち落としたのです。

 周囲に砕かれた氷が散乱します。



 ならば、接近戦です。


 駆ける途中、なおも剣を振るゾルさんと巨大猿の真っ赤な傷口が目に入りました。脛から血が吹き出す前に傷がみるみる内に塞がっています。


 ふむ。厄介。少し難敵ですね。



『我の出番であるな』


 チッ! 寄生虫が勝手に頭の中で喋り掛けて来ました!



「黙りなさい! 一撃でぶっ殺します!!」


 間合いはぴったし!

 地を強く蹴り、私は宙に舞います。


 真っ直ぐに目掛けるは猿の眉間。そこに拳をお見舞いしてやるつもりです。


 女王猿も当然に見ているだけでは御座いません。折れた氷の槍を手にしたまま、その腕で私を叩き殺そうとしているのが分かりました。



「死ねィイイ!!」


 真っ向勝負を望みます。畜生ごときに舐められるのはプライドが許しませんから。


 伸び続ける氷の槍、その先っぽが尖っていない物を足の裏から地面までに構築しています。

 足場にするためです。


 それによって加速されて猿へと進む私の目の前に、毛がびっしりと生えた大きな拳が迫ります。

 当然に、私も振りかぶり、十分に力を溜めている状態でした。


「喰らえーー!!!」



 渾身の一撃は炎を纏いながら、猿の拳を貫き、また衝撃波で爆散させます。次いで、ぐいーんと氷が押してくれるので、すぐに私は猿の汚い顔へと接近します。


 この時、私の逆腕は脇の下にあって、既に目いっぱいに引かれています。

 気合いを込めて、狙い通りにそれで突きます。


 毛むくじゃらの拳と同様に猿の頭部は壁にぶち撒けられ、体の制御を失ってグラグラと揺れ始めました。また、大量の血が噴水のように上がっている中、私は一回転してから着地しました。


 他愛ない。余裕でした。

 猿の巨体が壁にもたれるように倒れます。



「凄まじい戦闘力だな。前より強くなっている」


「そうですか。記憶を失ってはいても、成長しているなら嬉しいです」


「あぁ。俺も増長して剣王などと称していた過去を恥じ入るばかりだ」


 ……剣王。思い出していますよ、私を殺そうとしたんです。倒れた私に切っ先を向けている姿が鮮明に浮かんでくるくらいです。


「もしかして、黒い鎧に黒い兜でしたか?」


「あぁ。やっと思い出したか」


「えぇ」


 私は即座にゾルさんの腹を殴り、当時の恨みを返します。反吐を吐くことさえ許さない一撃でして、代わりに吐血していました。

 私に殺気を向けた罪です。


 とは言え、今は友好的関係ですので、死なれては夢見がよくありません。ちゃんと回復魔法を唱えてあげるのでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実は第一作目から読んでいました。ゆるふわな物語かなと思っていたら、「喧嘩上等!」→「決闘上等!」→「戦争上等!」と成り上がっていく?主人公から目が離せません。そろそろ書籍化の報告が聞きたい…
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