欠伸をしながら
真っ暗な私の部屋。そこに転がる意識不明の男。アンジェはすぐに転移で戻っており、私はこの状況に思案します。
深夜に乙女が部屋の中に男と2人きりなんて不潔。しかも、ここはシャールでして聖竜様がいつ見ておられるか分からない土地なのです。とんでもない誤解を受けてしまう恐れがあります。
「メリナ様ー! 帰って来てくれたんだー!!」
叫びながら暗闇から突如飛び出す影!
拳を握り締めて迎撃の用意をしてしまいましたが、それはフィンレーさんでした。
炸裂間近だった拳を止め、照明魔法で部屋を明るくする。
「メリナ様が突然居なくなるから、心細かったんだよー! フィンレー、シルフォル派残党に狙われてると思うかな」
私の腰に強く抱き付く彼女でしたが、知ったことか。
「勝手に私の部屋に入ってることの謝罪は?」
「メリナ様が居なくなっていてもたってもいられなくなったんだもん」
こいつ、無駄に魔力感知に優れていやがるからなぁ。
「そうですか。では、この男を護衛に付けましょう。はい、お休みなさい」
私はドアを開けて、フォビの足を持って放り投げる。
「えぇ! 男の人と部屋で2人きりとか眠れなくなっちゃうかも!」
「そっかぁ。大変だなぁ」
腰から離れないフィンレーさんを引き摺って廊下へと出てから振りほどく。
「メリナ様ー!」
「その男はスーサフォビット。神様だからフィンレーさんを守ってくれますよ」
「えぇ!? 竜騎神スーサフォビット様ー!? でも、動かないよー!」
うるさいですね。まだ真夜中ですよ。
ショーメ先生が注意に来ないかな。って、あいつは不穏な空気を察して寄って来ない気がする。
「フィンレーさん、よく聞いてください。シチュエーション的には行き倒れの傷付いた戦士を介抱する村娘。うわぁ、これって恋の始まる組み合わせに思えるなぁ」
恋ばな好きなフィンレーさんなら、食い付くはず。
「そ、そうかも……ゴクッ」
「フィンレーさんの部屋に運びますね。隣でしたっけ?」
「そ、そうだよー」
扉を蹴破って中に入り、フォビをベッドに置く。留め具から外れた扉が大きな音を立てて倒れたのに、ショーメ先生の動きは感じなくて、ヤツは予想通り面倒事から逃げている。
「あとは、仲睦まじく静かにお過ごしください」
「う、うん。あー、タオルで汗とか拭いたら良いのかな?」
「いいんじゃないですか。知らないけど」
「って、えぇ!? この方の体内にメリナ様と知らない方の魔力が楔みたいにいっぱい打ち込まれてるー!? こんなので生きてるなんて残酷かもー!! でも、大丈夫かな。優秀なヒーラーであるフィンレーの手に――」
絶叫して興奮するフィンレーさんを背にして私は部屋を出る。そして、倒れた扉を持ち上げて元通りにセットしてから、氷魔法を隙間に使う。これで密室の出来上がりです。
多少の遮音を期待しています。
「ふぅ。疲れた……」
平穏をゲットした私はベッドに潜り込む。つい、独り言が出てしまいましたが、致し方のないことなのです。
真夜中に無理やり神界に連れて行かれ、その後、何故かフォビを殴り倒す羽目になったのです。
大きな欠伸をし終えると、私はすやすやと眠りに着いたのでした。
カーテンが豪快に開けられる。その騒がしい音と瞼を刺す日光で私は目を覚ました。
「メリナさん、寮に引っ越したはずで御座いましょ?」
この声は……アデリーナ!!
「何だか落ち着かなくて。主に近くの部屋のヤツが原因だと思うのですが」
「まぁ、帝国の密偵どもで御座いますか? お殺しになられては?」
「いえ。彼女らではなく、どちらかと言うと真逆の存在でして……」
「真逆で御座いますか?」
「はい。アデリーナ様もよくご存じです」
ってか、お前が原因ですよ。気付いているクセにいつまで惚けていやがるんですか。
「帝国の密偵の逆となると、王国のスターで御座いますかね」
「図々しくも、ご自分の事を臆することなくスターと呼べるメンタルの強さは凄い」
「……メリナさん?」
「……口が滑って申し訳ありませんでした」
怒鳴られると思ったけど、今日のアデリーナ様は穏やかでした。
「何しに来たんですか?」
「無遠慮な発言は慎みなさい。メリナさんこそ、神殿での巫女としての役目を放棄して、何故にぐうすか眠っておられたので御座いますか?」
「すみません。昨日の夜は余り眠れなくて……」
「もう昼食の時間だと言うのにまったく」
「ごめんなさい。でも、もう見習いでも同じ部署でもないアデリーナ様が迎えに来なくても良かったのに」
「同じく出勤していないフィンレーは見習いで御座いますから。確かにメリナさんはついでかもしれませんが、秘書課は私と同じ総務部で御座います」
チッ。フィンレーのせいでこいつがやって来たのか。
「巫女長の依頼でも御座いますし」
くっ。それを先に言ってください。悪寒が走る。これは酷い折檻が待っているという予感。生け贄が必要ですね……。
「フィ、フィンレーさんはお隣にいますよ?」
「その様ですね。しかし、扉が氷で固着して開かないので御座いますよ」
「剣で切り裂いて入ればよろしいのでは?」
「……確かに。メリナさんにしては良い提案で御座います」
あっ、やるんだ。扉じゃなくて壁って言わなくて良かった。
アデリーナ様の鮮やかな剣は扉を楕円形にくり抜かれ、蹴り一発で向こう側に倒れます。
「ぬっ……」
先に室内に入ったアデリーナ様の妙な声を聞く。そして、遅れて入った私も目にするのです。
若い半裸の男の横ですやすや眠るフィンレーさんを!!
フォビと1夜を共にしたのか!?
何たる不純異性行為!! 眠れなくなるとか豪語していたくせに!
驚きの余り動くことを忘れていた私達でしたが、それでもフィンレーさんは人の気配を察したのでしょう。
純情は見てくれだけの不埒な女がこちらを向く。
「おはよう、かな?」
「……何をしているんですか?」
「え? あっ、これは儀式かな」
「ぎ、儀式? お前の倫理観が信じられないです。ねぇ、アデリーナ様」
「えぇ。見習いになってまだ日が浅いのに、寮を抜け出しての男との密会とは……」
「ご、誤解だよ。この方の傷が深いからフィンレーが密着して回復させているんだよ」
「いや、そんな言い訳ないでしょ。フロン以来の問題児ですね」
「ヤツでも、最初はもう少し大人しくしていましたがね。そもそも、その男は傷の1つも付いていないでしょう」
「本当に誤解だよぉ」
「もう良いです。フィンレーさん、とりあえず、早く神殿に行って巫女長に詫びて来なさい。大遅刻です」
「えっ? あぁ! お外が明るい! そうだね。フィンレー、うっかりしていたよ! って、メリナ様も?」
「では、神殿まで競走ですよ。負けた方は巫女長に詫びる時に勝者を庇うのです」
「メリナ様に勝てる訳がないかな」
「ハンディーを差し上げましょう。私は10000数えてから出発します」
「りょーかいかな! ズルは無しだよ!」
ベッドから飛び出て宿を走り去るフィンレーさんが窓から見えた。服は着ていたみたいで良かったです。
「メリナさん、数を数えないのですか?」
「今日はお腹が痛いから神殿はお休みします」
私は欠伸をしながら部屋へと戻るのでした。




