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アンジェの服について

「ティナ、終わり」


「仕方ないわね。分かったわ」


 アンジェが止めに入ったけど、もうフォビも骨もずたぼろで、今更って感じです。どっちも深く意識を刈られて昏倒しているのだから。

 骨は大魔王で神じゃないと思うんだけど、魔族では有るのでしょうか。ルッカさん並みの再生能力で何度も甦りました。フォビは一回ずつだけ、不用意に近付いた私の頬を掠める鋭い剣突と、姿を消してからのティナの脳天への奇襲攻撃は光るものがありました。どちらもこっぴどい反撃を喰らっていましたが。


「意外に楽しめたわ。メリナさんとは、また今度ね」


 フォビと骨は倒れたままで、ティナは手にしていた細剣を消す。


「私は準備運動にもなりませんでしたけどね」


「メリナさんは血塗れになってからが本番のタイプっぽいものね」


「雪辱を誓う私を挑発とは良い度胸です」


 苦戦は必至だけど闘う決意はしたのです。あっちが退かないなら、私も退きたくない。


「骨の頑張りに報いて、ここでは戦闘しないわよ。あー、水浴びしたい」


 ふむ。確かに。

 骨は勝てないのを覚悟で私達の戦いを止めようとしていたのです。その気概に応えてやるのは必要かもしれない。



「サビアシースの件、謝る」


 アンジェが私に言う。頭は下げないのですね。


「良いですよ。って、あっ、ひょっとしてあいつが封印されたから精霊として私を助けてくれなくなって、私は弱体化しましたか?」


「自力でも十分強い。誤差」


 うーん、本当かな。


「私で試してみる?」


「ダメ。宿に帰す。ティナがまた喧嘩を吹っ掛けてメンドー」


「そんな事しないわよ。喧嘩じゃなくてメリナさんを鍛練するくらいの優しい気持ちよ」


「鍛練って師匠にでもなったつもりですかね。私が師匠と呼ぶのはただの一匹だけですよ」


 別に尊敬してないけど、マイアさんの所に住み着く醜いゴブリン。何故にあの魔物を師匠と呼び始めたのかは記憶が薄れて忘れてしまいました。


「あら? そんな存在がいたの? それはそれで楽しみね」


 ククク。その楽しみ、いつか肩透かしを喰らうが良い!



 さて、私を見ながらアンジェが寄ってくる。


「メリナ、帰っていい」


「無理矢理に連れてきたことを忘れてません? 訳の分からないことばかりで、私は密かに立腹ですよ」


「謝罪を受け入れることは大切」


「謝罪を受けましたっけ?」


「忘れていたかも。すまない。いや、言った気がする。言った。さっき言ったぞ。サビアシースで謝った。メリナに騙されるところだった」


「まぁ、良いです。1つだけ質問、良いですか?」


「許可」


「そのヘンテコな服は何ですか?」


 深い青色でボタンのない上着。胸には白い布を張り付けて、複雑で奇っ怪な模様が描かれている。下も同じ色のズボンで横に縞が入っているだけで模様なし。


「ナベの国の……民族衣裳」


 あの少年の……?

 却って怪しげさが増したけど、うーん、魔力的には問題ないってか、よく見たら、少年と同じく魔力ゼロっていう逆におかしな素材なんですね。


「何故、そんな物を着ているんですか?」


「秘密」


「そんなに深い話じゃないわよ。単純に楽だからでしょ、アンジェ」


 ティナが口を挟む。裏に何かあると読める。


「この楽チンさは秘密」

 

 ふん。答える気がないなら良いけど、これも訊いてみたい。


「胸の呪文符は何ですか?」


「名前。アン、ドー。ナベの世界での私の偽名」


 単語を2つに切って、模様をそれぞれ指で示した。

 本当に名前が表記されていたとして、何のために? また、ナベがアンジェをアンドーさんと呼ぶ理由はこの表記のためか?

 いや、しかし、そんなのおかしい。状況と矛盾している。


「騙されませんよ。アンはともかくドーなんて、そんなに短い音を表すのに、そこまで複雑過ぎる模様は無駄でしょ。ドー、ですよ、ドー。それが本当なら、名前を書くたびに、『あー、生まれ変わりたい! もっと簡単な文字の人に!』って思ってしまいます」


「言われてみれば、確かに無駄。メリナ、鋭い」


「メリナさん、それは表意文字なのよ。アンは安らか、ドーは草の一種よ」


「つまり、安らかなる草?」


 ……何て言うか、センスを疑う名前ですね……。称号とか地位を表すのか。

 面白さとかカッコ良さを求めるポイントではないのでしょうが、中途半端感がものすごい。


「違う。このアンは表音的」


「詳しいわね」


「向こうの図書館で調べた」


 神様のクセに地味な調査方法です。


「となると、アンの草ってことですか?」


「それも違う。アン系のドーの人。アンは部族で、ドーは大貴族の称号」


「さっき、ドーは草ってティナが言いましたよ。また騙された? 無駄に騙された?」


「1つの文字に色んな意味」


「それ、表意文字の意味ない気がする……」


 ややこし過ぎるでしょ。



「メリナ、戻る」


 アンジェがそう言う。また指を鳴らすんでしょう。彼女はそれで魔法を行使することを覚えています。

 転移前に彼女の服を触らせてもらった。ツルツルで肌触りが良いし、柔らかさや伸びも凄い。快適に過ごせそうな生地。


「待って、アンジェ。私達はいつ戻るの? カレンちゃんが寂しがるわ」


「一度神界を落ち着かせてからじゃないと無理」


「そうよねぇ。でも、他の神にナベやカレンちゃんに目を付けられたら困るわ」


「この男に護衛させよう」


 アンジェはフォビの襟首を掴んで持ち上げる。重い物を持っているのに、全く体が斜めになっていない。魔力だけじゃなくフィジカル的にも彼女は優秀なんだろうと思わせます。


「ティナ、大丈夫。すぐ戻ってくる」


「とは言え、時間の流れが異なるんだから、こっちは数日待つことになりそうだわ」


「その頃には女神達のダン詣りが終わる」


「そうだと良いわね。暇潰しにシュルヴィが手合わせしてくれたら嬉しいのだけど」


 アンジェはティナに答えず、私達とともに転移した。

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