神々の戯れ
私は拳を前にして、振り切った状態で静止している。渾身の一発がフォビに入り、勝利を確信しているからです。
地面を削り土煙を上げながら遠くへ去って行くフォビを眺める。
「わぁ、お姉ちゃん、強いね?」
「新しい家族かな?」
「うちに住む?」
子供達が私を囲む。
殴った私が思うのもなんですが、大人が吹っ飛んだというのに、この反応はおかしい。
普通なら怯えたり、逃げたり、泣いたりするものではないでしょうか。
「な、何か、無礼があったであろうか……?」
逆に、こちらは焦る様子の大魔王。そう、この反応が正しいんですよ。
「骨ー、そそーしたー?」
「分からぬ。長年働いて我も慣れてきたと思っていたのだが」
長年? まだ復活して数日しか……あぁ、ここの時間の流れが速いからか。
「そそー」
「そそー」
「そそー。骨、反省ー」
「ぐっ……。しかし、我ではなく無関係のあの男を狙うとは……」
更に動揺が増す大魔王。
私はその隙に肋骨の半分を手刀で切り落とし、遠くへ投げ飛ばす。これは聖竜様への敵対心を剥き出しにした罰です。
太陽の光を反射しながら、黄金色の骨達は大きく弧を描いて町の外へと飛んでいきました。
ってか、肺とか心臓とかの内臓が存在しないんだから、それらを守る役目の肋骨なんて不要で、むしろ邪魔でしょうに。
こういう完全骨格型の魔物は進化途上の存在なんでしょうね。
「グォォ!! 何たる速業ッ!?」
下顎が外れそうなくらいのリアクションでしたが、人間だったら叫ぶ暇もないくらいの瞬殺レベルの傷なので、大魔王は生命力が強い。
「わー! 骨拾いだー」
「急げー」
ほんと、この町の子供達はノノン村の子以上に逞しいなぁ。先月に生まれた私の弟と妹もこんな感じに育ったら良いなぁ。
「アンジェディール様。無様なところをお見せしてしまい申し訳ありませぬ」
骨は私の背後にいたアンジェに気付き、恭しく頭を下げる。
「いい」
気にするなって事なんでしょうね。もしかしたら、気を遣うなって意味かも。
「こちらはメリナさん。どう強いでしょ?」
アンジェと違って多弁なティナ。
「うむ。到底敵わぬ」
へぇ、大魔王はティナには敬語を使わないのか。うん。好感度ポイント1を進呈しよう。
「シルフォルの件は教えたでしょ? 地上に魔力を充満させて貴方の封印を解こうとした件だけど」
「うむ。アンジェディール様より伺った」
「こちらのメリナさんを殺して、その魔力を利用する予定だったのよ」
えぇ、本当!? 私、知らなかった……。
世界最強決定戦後に襲われた時の話かな……。
「それは不可思議。我のような弱者の封印を解く為にメリナ殿程の強者を殺すのでは、労力に見合わぬ」
大魔王の疑問にティナはにっこりと笑った。
なお、私の実力を認めたのでポイントを更に1つ差し上げましょう。
「シルフォルさんにとっては暇潰しのお遊びだったのかな。貴方もメリナさんも取るに足らないって感じで。そうそう、最初の計画はね、貴方が封印されていた土地で大勢の強者を戦わせて、それで放出されて魔力を使うつもりだったらしいわよ」
あー、世界最強決定戦の1次試験的なヤツかな。1番古い祠に集合って問題で、着いてから乱戦になったんでした。
しかし、ティナ。お前はその場に居なかったし、何なら、まだシャールにも現れていなかったはず。何故に知っている……?
「神々の遊び……。趣味の悪い話でしかない」
「その感覚、忘れてはいけない」
アンジェが口を挟んだ。
「ハッ! 決して忘れないことをお誓い致します」
「あはは。アンジェも暇潰しの旅をして、何ならメリナさんの街を壊滅させていたかもしれないのに、よく言うわね」
「そうだった。すまない。遊び心も大事にしたい」
「気ままに過ごすのが1番よ。ねぇ、メリナさん」
だから、何故に私に振る。これじゃ、私も気ままに過ごしている人間みたいじゃないの。
「ところで、あの男は無事なのであろうか?」
麦畑辺りで止まったと思われるフォビを心配する大魔王。全く大魔王らしくない。これじゃ、アデリーナ様の方が冷酷非道になってしまいます。
「大丈夫じゃないかな。あれも魔力の固定化されてたし」
「そうか。メリナ殿、叱るならば我に言ってくれ。ヤツは我の身内ではなく、むしろ敵である」
2000年前にはシャール周辺を死の大地に変えてしまうくらいだったのに、魔王の性格は紳士ですね。制御できない魔力吸収ってのが不幸の源だったのか。
「メリナさんは勝てるとなると容赦ないわね。私には向かってこないのが寂しいわ」
「いずれ殴ってやります」
「でも、そうなると、私が優しいから待ってあげてる形になるのだけど、それで良いのかしら」
チッ。ティナから仕掛けられる可能性か。
「何なら今から殺り合いましょうか」
「構わないわよ」
くっ。かなりの苦戦が予想されるが致し方なし。
私は戦闘用に魔力を練り上げようとする。
「待たれよ。ここはダンシュリードと囲む女神の里。平穏が保たれるべき場所。ここでの暴力沙汰は禁忌である」
「さっきメリナがスーサを殴ったばかり」
「見えない攻撃を止めることはできぬので御座います」
「へぇ。もしかして私達を止める気なんだ? 面白いわね」
「それが我の役目であるのでな。勝てる勝てないではない」
殉じるつもりか。その覚悟は潔い。
「止められるなら止めてみてね」
「無論である。存在する意味を与えてくれたらアンジェディール様、ダンシュリード様へのご恩返しでもある」
その2人なら止めるどころか笑って観戦しそうだけど。
骨の後ろに人影が現れる。
「話は聞かせてもらった。魔王ダマラカナ、お前だけに任せないぜ」
逆光で顔が確認できなかったがヤツですね。
「竜の騎士……」
私が殴った顔の側面を擦りながらフォビが寄ってくる。復活が早い。
「シルフォさんを倒し、神界に大混乱を引き起こしたメリナ。相手にとって不足はない。本気で行くぞ。戦おうとしたら2人で羽交い締めだ」
密着されて堪るか、キモい。近付いた瞬間に肘鉄ですよ。
「我の前に立ち塞がった時よりも無謀な判断であるな……。しかし! 騎士よ、その心意気、心地好いぞ!」
「あぁ! 俺もだ!」
白光に輝く剣を持つフォビ、そして、私から離れて漆黒の剣を構える骸骨。お前ら、羽交い締めにして止めるんじゃないのか。
骨の方も暴力沙汰は厳禁と言ったはずなのに、自ら率先してそれを破ってくるのは、頭が空っぽだからなのか。
「メリナさん、始めよっか」
「謝罪の言葉を用意しておきなさい」
ティナが取り出した針金みたいな極細の剣は、構えるために軽く振っただけでも剣先が揺れる。私の骨を断つことはできなさそう。その代わり、急所突きに注意が必要か。
私も構えを取ろうとしたのですが、ティナの様子に意表を取られ、言葉が漏れます。
「あっ、そっち?」
ティナの剣はフォビと大魔王に向かっていたのです。
「横槍が入ったら鬱陶しいでしょ。抱き付かれたらキモいし」
「確かに」
私も向きを変え、目の前の骨に狙いを定めた。
「私としてはメリナさんと末長く仲良くしたい気持ちが強いのもあるわよ」
そう言いつつ、ティナの剣は骨の背骨を正面から貫いて、衝撃波で上半身を粉々に砕いたのでした。黄金色の欠片が空中に広がり、キラキラと大変に美しかったので、好感度ポイントをプラス2した。




