最高神だった者の実力
スヤスヤと眠っていた私はパチリと目を覚ます。まだ暗い。空気の冷え具合からして深夜。
何だ? 普段なら速攻で二度寝に入れるはずなのに、この覚醒状態は?
「メリナ、勘がいい。よく起きた」
部屋の隅に気配を感じた瞬間に、そう問われました。
聞き覚えのある声はアンジェと呼ばれる神。見た目は体と心を壊していたらしい巫女見習い達と同じ年頃なのに、その振る舞いは堂々としていて、不法侵入してきたにも関わらず、それを私に咎めさせない。
彼女が言った通り、私は彼女の訪問を予期して目覚めたのだろう。
それにしても、彼女がそんなに親しくない私を訪れる理由は何なのか。
私は黙ったまま、次の発言を待つ。
「サビアシースを処分したい。一応、連絡」
私の精霊だからか?
って、サビアシースはかなり強くて、シルフォルも直接の対戦は避けていたと思う。処分って殺すって意味と私は捉えているけど、そんな簡単にできるものなのか。
「はい」
「すまない。では、付いてこい。竜王としての務め」
「勝手に就任させられたのに……」
私の軽い不満は流されて、次の瞬間には辺り1面に紅い溶岩が流れる大地の上空に浮いていました。
隣にはアンジェ。無表情な顔は不健康ではないけれど白く透き通る感じで、鋭い眼で凛々しく遠くを見詰めています。
いきなり2つの巨大な火球が弧を描きながら上下から、宙に留まる私達を襲う。
圧倒的なスピードでして、逃げるよりも体を固めた方が良いかと判断したのですが、それらは私達を囲む球状の透明な魔法障壁を越えることはなく散りました。
「今のはサビアシースの攻撃?」
「そう。諦めが悪い」
アンジェがそう答えた後、私達を包んだまま魔法障壁が移動を開始する。
たまに溶岩に漂う手や足が見える。これだけの上空からでも確認できると言うことは、一つ一つが聖竜様みたいに大きな巨人、いえ、ここは神界なので倒れて沈んだ神の物なんだろうと思われます。
「気に病むなくて良い。メリナの責任ではない。いずれこうなった」
「逆に責任を私に擦り付けられる可能性があったことに驚いたんですけど」
大地は裂かれて流血するように溶岩を流し、大空も絶叫のような雷轟を打ち鳴らす。
念のために考える。私がシルフォルを倒した結果パワーバランスが崩れて、神様同士の抗争が勃発。そして、この惨状。
うん、絶対に私じゃなくて血の気の多い神様達のせいですね。フィンレーさんみたいに争い事から逃げるのが1番です。
「着いた」
私の反論をまたもや無視して、アンジェは自分の言いたいことだけを伝えてくる。神ってのは自分勝手なヤツしか居ないのか。
さて、大空から見るサビアシースは傷だらけで大暴れしていますが、鎖に繋がれているようで、ガシャンガシャンと金属が動く大きな音が聞こえます。
「テメーらッ!! あたいはまだヤれるぜ!!」
叫びだけかと思ったら、首を振っての広範囲への炎のブレス。サビアシースが狙ったのは地上の何かだったので、私は安全圏から見ているだけでした。
サビアシースが暴れ終わったのを見計らってから着陸。先程のブレスにより新たに地面がグツグツ言い始めた場所でしたが、無論、魔法障壁に包まれたままなので無事です。暑くもない。
「アンジェディール!! テメーを殺してやるよッ!!」
サビアシースの叫びは暴風と化す。溶岩の飛沫が辺りに広がった。
「うるさい。覚悟は決まったか?」
障壁で守られていることもあってか、アンジェは表情を変えない。
「アァン!?」
「竜はバカだから、何をするのか分かんないわよ。仕留めるなら早い方を勧めるわ」
溶岩の上を歩いて寄って来たティナが、涼しい顔でこちらへ言う。そして、そのまま魔力障壁を壊すことなく内部へと入ってきた。
「ガハハ。流石にこの数で掛かると苦労をしなかったな!」
反対方向に全身鎧に纏った男が現れた。声からすると、ダンだ。
「ンだと、ゴラアッ!! グッ!!」
サビアシースが前肢でダンを大きく払おうとしたが、鎖が締まって動きを制止された。
「薄汚い存在のくせに、うちの主人に手を出さないで頂きたいのですが」
ダンの横に半透明の衣を羽織った若い女性が、グネグネ曲がった杖をサビアシースに向けながら出現。転移魔法だろうけど、こいつも技術が鮮やか。発言からするとダンの嫁。
しかし、ほぼ半裸な姿ですね。太股の付け根さえ、風が吹いたら丸見えですよ。恥ずかしくないのかな。
「アンジェ、スーサが喰われてるから注意し
て」
「了解」
「頼むぞ。ヤツも頑張っておったからな。ガハハ、シルフォルのお気に入りだったのも理解できたぞ」
フォビはサビアシースの腹の中か。
「隙あらば私の体を覗き見していましたのよ。良い罰になったのではなくて?」
「シュルヴィチーアが魅力的であるからな。それは仕方あるまい」
「まぁ、お上手。今夜は寝かせない」
「すまぬが……旅の疲れがあってだな……」
「構いませんよ。貴方にとって私が最良の癒しでしょ?」
「……お、おぅ……」
呑気な会話ではあるけども、目の前のサビアシースは殺気満載でして、渾身の力で何度も体を上下に激しく動かす。その度に鎖が軋み、地面が揺れる。
「オラァ!!」
そして、遂にサビアシースは自由になるのです。
「アハハハ!! 旦那は拘束できてもあたしは無理だったな、シュルヴィ!!」
「あいにく私は獣退治は苦手なものですので。うちの新入りの子守りを返して頂ければ、それで結構なのですけど」
「舐めてンじゃねーゾッ!!」
高速の叩き付けが炸裂。
サビアシースの爪はダンやその嫁を圧し潰したように見えたけど、彼らはあっさりと躱したようで、私が感知する前にアンジェの魔法障壁の中、つまり、私の横に来ていました。
「あら、人間なのかしら? 生臭い臭いがするわ」
「シュルヴィ、止めろ。その者はシルフォルを討った功労者だ」
「ふぅん。彼女は油断していたのかしら。失礼だけど、そんな実力があるようにはお見えしませんね」
綺麗な顔。ルッカさんみたいな妖艶さはないし、ティナみたいな健康な美人でもなくて、深窓の淑女みたいな雰囲気だけど、さっきから人前で交わすべきでない発言を堂々としていた事からすると、こいつも頭が狂ったヤツなんでしょう。
「よぉ、メリナ。テメーもあたいとヤりに来たのかッ!?」
「お言葉ですが、体中が穴だらけで完敗してる感じがしますよ。もう矛を納めたら?」
たぶんアンジェは容赦しない。聞かないだろうけど、私はサビアシースに救いの手を差し伸べたつもりでした。
「アハハハ! あたいは強いヤツと戦うのが好きなんだよッ! それが竜の本能だッ!!」
「メンドーなヤツ」
呟いたアンジェが透明な球の外に出る。
「テメーとヤるのは初めてだなッ!!」
「竜王の許可済み。眠れ」
「アァン!?」
サビアシースの首が伸び、鋭い歯牙でアンジェを砕こうと大きく顎を開く。
それを躱す素振りも見せず、アンジェは魔法を詠唱する。
時の流れとしては一瞬の攻防だったはずなのに、私にははっきりとそれが聞こえた。
「万物の支配者にして超越者たる我、アンジェディールが命じる。媠る其を瑤台に戴く、貪婪なる蟒蛇よ。扳る信天爺は既に失く、瞋恚に靡く馬大頭は其に悃を抱く。而て、空寂に満ちたる珞々の塉を草茅の盛りで弇うなり。即ち、其は溟海の珮」
サビアシースの体が光の粒子になって崩壊し、光は大きな束になってが天を衝く。
魔法でサビアシースを一撃。
「すご……」
シルフォルも恐れていた様子のアンジェの実力を目の当たりにして、私は思わず呟いてしまう。
「封印しただけ。シルフォルを滅ぼしたメリナさんの方が凄いわよ」
ティナが言う。こいつ、普通に話し掛けて来やがった。
「その前に私に謝ることがあるんじゃないですか?」
「ないわよ。何よ?」
「聖竜様、雄になってたけど、気持ち悪いからって人間の姿になってたんだけど?」
「それは私の責任じゃないわ。メリナさんが惚れさせなかったのが悪いのよ」
チッ。
殴り付けてやりたいが、今ではない。まだ勝てないもん。
私はサビアシースだった光を見ながら、歯を食い縛って我慢しました。




