慈悲いっぱい
私は巫女見習い達の部屋へと戻る。アデリーナ様の部屋を出て、斜めに5歩も進めばゴールです。
近過ぎでしょ。苦しみを与えようとしている人のすぐ傍とか、とてつもなく悪質な嫌がらせ行為ですよ、これ。
加えて、私の部屋なんてアデリーナ様の部屋の真ん前って言うのも極悪です。圧迫感で安眠できそうにない。
「メリナ様……」
「話が聞こえてきました。私達のためにありがとうございます」
アデリーナ様との会話は扉を閉じずにしていたから盗み聞きされてしまったのですね。
「この先、どうなるか分かりませんが、私はメリナ様のご恩を忘れません」
「ご迷惑だと思いますが……メリナ様にすがらせて下さい。本当に感謝しかございません」
真剣な眼で彼女らは私に礼を言います。
「楽にしてください。大丈夫です」
私の言葉は再度、彼女らに涙を流させる。
「うんうん。慈悲って感じかも。良いエナジーが部屋を包んでいるかな」
フィンレーさんの言葉は宗教っぽくて怖いなって思いました。
「皆様、今日は疲れているから休みましょう。そして、明日は私に挨拶と手土産を持ってくるのですよ」
「メリナ様……言いにくいけど、それって恐喝かも」
なっ!? そんなつもりなど毛頭ない! しかし、ならばこそ訂正です。
「あー、手土産は無理のない物で結構ですから」
「貰わないつもりはないのがメリナ様っぽい。皆、落ちている石とか砂とかで良いかも」
「食べられるものでお願いします」
「じゃあ、雑草かな」
うむ、食べられないことはない。
「せ、精一杯、用意させて頂きます」
そんな返事を頂いて満足した私は自室へと帰る。
うん、まだ残る木の匂いが心地よい。
「なんだかんだ言ってもメリナ様は優しいかも」
「優しいかもって、優しくないのが前提みたいなので撤回してください。でも、マリールは口が悪いけど情に厚いから、本当に困った状況になったら何とかしてたと思う」
「その子を知らないけど、メリナ様が言うならそうなんだね。あと、フロンさんだったかな。彼女がメリナ様の呪いを解いたのも大きかったかも。そうじゃないと、隣に住むメリナ様からの魔力の影響で、より死期が近付いていたかも」
こいつ、また呪いとか言いやがった……。
そんなの世の中にあったら、怖いでしょ!
ふーみゃんの優秀さだけを強調してください!
って、あぁ! 哀れなふーみゃん。ここに居ないということは、アデリーナ様に囚われの身となってしまったのですね。
「さてと、お腹が空いた」
「切り替え早いかも。で、フィンレーは外食にしよって言ったよね?」
「言ったかな。あー、宿に帰りたい。ベセリン爺に頼めば、何でも出てくるのに!」
「フィンレーが買って来ようかな」
「おぉ、気が利きますね! しかし! フィンレーさんはあっさりした薄味ばかり買って来そうなので、私も行きます。……あと、そこの鬼が見張ってそうで不快ですし」
「鬼ってアデリーナ様だよね? 彼女も優しいよ。結局はお隣の見習いさんを放免したんだから」
今のアデリーナ様しか知らなければ、そう思うかもしれない。でも、王位継承後に前王派の貴族や役人をだいぶ粛清したんですよねぇ。フィンレーさんにそれを伝えることは何となく避けましたが。
私達は街を歩く。1年前と比較しても、人々の服装がきれいになっている気がする。少なくともぼろ切れを身に纏っている方々が減っている。
女王であるアデリーナ様が定住しているから、富が集まって豊かになっているのだろうか。そうだとすると、逆に王が居なくなった王都は寂れているのかなぁ。
「だいぶ歩いてないかな?」
「お腹いっぱいになったら、動くの大変じゃないですか?」
「うん?」
「だから、宿の近くまで歩こうかなって」
「えぇ? 宿に戻る気?」
「えぇ。心が休まらない所に帰る気はさらさらないです」
「じゃあ、今日の引っ越し作業が無駄じゃないかな」
「無駄じゃないですよ。鬼がいない時に、別荘とか休憩所的に利用できたら良いなぁ。あっ、ほら、私、宿に帰らないとと思って日記帳まで持ってきたんですよ」
本拠地は今までのグレートレイクシティホテルで、寮は疲れたときに利用するだけ。
そう決めました。ベセリンの待つ宿を出るなんて、やっぱり私にはできない。それに、食堂のおばさんとの仲やアデリーナ様問題が私を寮から追いやるのです。
「ここにしましょうか」
お肉の焼ける匂いが香ばしいから。
フィンレーさんからも特に異論はなく、私達は戸を押して中へと入る。
「あー!」
入るなり、私に向けて女の子の声が上がる。
「巫女のお姉さん! お姉さんもお肉食べるの?」
カレンちゃんだ。若草色の服は目立っていて分かりやすい。
「お肉は好物の1つだよ」
私は笑顔でカレンちゃんに答え、それから、カレンちゃんの前に座る少年を睨み付けて、視線を反らさせる。
ナベめ。焼け焦げた私の体の隅々まで観察しやがった不貞野郎です。ぶっ殺したい。ぶっ殺したいが、その思いは少しずつ薄くなりつつもある。
「一緒に食べる?」
断るのはカレンちゃんに悪いか。
「では、お言葉に甘えて」
私は椅子を引いて座る。フィンレーさんも私の対面に着席します。結果、私の隣はカレンちゃんとナベになる。
テーブルには2人の頼んだ皿が並んでいるのに、カレンちゃんは店員を呼び止めて、更に注文していました。食欲旺盛ですねぇ。
「そっかぁ、アンジェとかまだ戻って来てないんだ」
神どもはまだ神界にいる。カレンちゃんからの情報で私はそう判断しました。
「そうなんだよ、ずっとお留守番。ナベとずっと2人きりだから、退屈になっちゃう」
「そうですね。そして、こいつは危険人物だから殺しましょうか?」
「あはは。お姉さん、アンジェみたいにナベに厳しくて面白い」
なお、ナベは黙って食べるだけで、もう私の顔を見ることもなくなっていました。
「メリナ様、この少年は不思議かも」
魔力ゼロの話ですよね。それは散々、皆と驚いて、もう慣れたものです。
「そいつは私の裸を見る大罪を犯しているのです。穢らわしい」
「えぇ!? 若い娘の!? それは重罪かも」
フィンレーさんの同意が何となく心強い。
「それは責任を取って、結婚かも」
「は?」
こいつ、無理矢理に恋バナに持って行くつもりだな。
「……悪かった。いや、俺も知らなかったんだ。勘弁して欲しい」
意を決したように、ナベが私に頭を下げる。
私は意図的に冷たい眼で睨む。本当はこいつを許せるのでしょうが、私は拳を納める切っ掛けを探しているのかもしれない。
「お姉さん、ナベは弱いけど悪い人じゃないよ。エッチだけど」
ふむぅ。しかし、カレンちゃん、ナベをエッチとか言ったのは冗談かな。変なことされているなら、別の罪で殺した方が良いと思う。
「誤解から始まる恋、ありかも」
は?
「本当に済まなかった。何も覚えてないし、許してくれ」
うーん。
「本当に覚えてない?」
「勿論だ。殆んど見えてなかったし」
なんか適当な返事で腹が立つ。しかし、謝罪を受けたのは間違いないか。
「……分かりました。その謝罪を受け入れましょう」
「そうか。良かった。いや、良かったです」
私はもう一度頭を下げられる。
「今日のメリナ様は慈悲がいっぱいかも。うんうん、フィンレー派の目的は慈愛に満ちた世界にしようっか。エナジー、来たよ」
今日のフィンレーさんは胡散臭い。ホッとした顔をしていたナベもフィンレーさんの発言を聞いて、怪訝な表情を隠せていませんでした。




