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新しい食堂へ

 荷物を運ぶのはすぐに終わりました。

 フィンレーさんの荷物は殆んどなくて、私の荷物だけだったから。


 今はベッドに腰掛けて、暫しの休憩です。新品のシーツの手触りは大変に素晴らしくて、今夜は快眠の予感です。

 新築なので木の匂いも強くて気持ちが良いです。今夜と言わず、今からこのまま眠りたいかも。



「メリナ様、近くのお部屋の人にご挨拶がいるんじゃないかな?」


「ふむ?」


 私は膝に乗せたふーみゃんの背を(さす)りながら考えます。


 見習いになった当日の私は、神殿に着いて早々に面接を受けて配属先を宣告された後、アシュリンさんと殴り合ってから寮に案内され、暇だから聖竜様について書かれた絵本を読んでいたと思う。

 若かったから他の見習いさんにご挨拶なんて頭にも無かったなぁ。


「フィンレーさんはババァ臭いアイデアの持ち主ですね」


「ちょっ、メリナ様。唐突にディスられたのビックリなんだけど」


「しかし、グッドアイデア。採用です」


 ふーみゃんも「にゃー」と鳴いて同意してくれました。頼もしい。


「メリナ様、訊いたら怒るかもしれないけど、その猫、さっきの態度の悪い娘さんが変化したものだよね?」


「それがどうしました?」


「魅了系の術が発動しているかな」


「そうなんですね。関係ないです」


 私は立ち上がり、ふーみゃんを優しく胸に抱く。


「助けてやるって言ったのに、どうして、そんな邪悪な術を使ってるのかな」


 もう言葉が悪いなぁ。邪悪だなんて。

 ふーみゃんは善良100%の黒猫さんですよね。はーい、よちよちよちぃ。


「巫女さん、それじゃ、挨拶回りにゴーしてきたら?」


「あれ? ルッカさんは来ないんですか?」


「私は部署に帰ってワーキングよ。結構ビジーなの」


 そう言うと、ルッカさんは颯爽と部屋を出て行きました。


 怪しい。妙に素早い動きでしたし、魔物駆除殲滅部がビジーだったことなんて数えるまでもなくゼロでしたもの。


 何より、思い返すに旧寮での私への追放運動、あれはルッカさんの仕業であったと明らかにされつつあった経緯があります。

 フランジェスカ先輩が薬師処の生意気な見習いの香水とルッカさんの匂いが同一だと気付いたのが糸口でした。ルッカさん本人も「事故だったのよ。巫女さんをどうにかしようと思ったら、魔力が体から漏れ出ちゃったのよ。あはは」とかほざいてやがったような。

 そこまで判明していながら、最強決定戦とかの騒ぎで有耶無耶になっていたのです。怒りで体が震えそう。


 あいつ、逃げたのか? いや、また良からぬことを企んでやがる可能性も高い……。


「にゃお」


 まぁ、ふーみゃん! 可愛らしい!!

 ごめんね、とても詰まらないことを考えてしまっていました。ふーみゃんが胸元にいたのに、なんて失礼な私。

 うん、ルッカのクソ野郎のことなんて考えずに、ふーみゃんだけを見てますよ。



「メリナ様、時間が勿体無いかな」


「はい。でも、フィンレーさん、大事なことを忘れていますよ?」


「あれ? 何かな?」


「今はお昼時。つまり、私はお腹が空いており、見習いさん達はお仕事中で殆んど出払っている」


「お隣の部屋には誰かいると思うんだけどな」


「後回しで良いですよ。どうせお昼間から仕事をサボってるクズですし」


 新しい食堂を拝見したい気持ちもあり、ピカピカと日光を反射する廊下を力強く蹴りながら、食堂へと急ぎました。



「おばさん、お久しぶり!!」


 私はズズッと横滑りで靴底を擦りながら両手を広げ、カウンターのちょうど真ん中で止まります。ふーみゃんは頭の上です。


「あら、メリナちゃん。帰ってきたの?」


 この食堂のおばさん、見習い時代からの名前は知らないけど顔見知りです。白いエプロンが目立っていますが、その下は巫女服でして、正巫女であることが分かります。


「はい! 新しい部屋も貰いました!」


「もう寮を燃やしたらダメだからね」


「……えっ……。メリナ様、自分が住んでた寮も放火してるの……?」


 遅れてやって来たフィンレーさんが物騒な呟きをしました。


「えー、誤解だよ、おばさん。あっ、お腹空いたなぁ。何か食べる物が欲しいかな」


「朝食は始末したところだし、まだ夕飯も作ってないからねぇ。悪いけど、こんなのしかないよ」


 と言いつつも、優しいおばさんは奥に行って、お皿に何かを載せて持ってきてくれるのでした。


「もう寮を焼いたらダメだからね」


「……はい」


 おばさんの目が思っていた以上に真剣だったので、私は頷くしかありませんでした。笑いで誤魔化せる感じではなかったのです。


「約束だからね」


「……はい。すみませんでした」


「メリナちゃんは良い子だから、おばちゃんは信じるよ」


「はい……。ありがとうございます」


 おばさんにここまで言われるなんて、メリナ、大反省です。放火じゃなくて失火だけど、何しろ火事を引き起こしては良くない。ちゃんと学びましたよ。

 皿に載っている、1つだけの黒焦げのパンを見て、私はそう思いました。



 私はパンの形をした炭を握って食堂を出ます。


「残念だけど外食にしよっか、メリナ様」


「このパンはおばさんの気持ちが籠った物です。食べない訳には行かない」


「おばさんの『次はメリナ、お前を炭にするぞ』って想い? 竜の巫女は皆、怖いかな」


「ンな気持ちじゃない! ……『料理上手なおばさんでもパンを焼くのに失敗することはある。メリナちゃんも小さなミスになんか負けずに頑張って』という不屈の精神です」


「小さなミスって言い切れる、図々しくも不屈な精神は見習いたいかな」


 言うようになりましたね、フィンレーさん。



 寮近くのベンチに座って、パン炭を千切って、フィンレーさんに与える。


「これを食えって?」


「美味しかったら教えてください」


「食べるまでもなく美味しくないかな」


「……ですよね」


 匂いは香ばしいのに。

 頭から下ろしたふーみゃんの鼻先に持っていったら、牙を見せての威嚇を頂きました。


「あー、お腹空いた。あっ、良いことを思い付きましたよ!」


「絶対に良くないアイデアかな」


「訊いてください」


「あー、ドン引きしまくる近き未来のフィンレーの姿が視えるー」


「おぉ、有能な神様っぽいセリフ」


「どっちかって言うと占い師かな」


「見習い達に私達を挨拶回りさせて、手土産をゲットしましょう!」


「うわっ、先輩風を吹かせるとか嫌われるナンバーワンかも。そんな命令されても私なら無視するかな」


「じゃあ、フィンレーさんが案を出してください。否定ばかりで苦痛です」


「さっきも言ったけど、外食したら良いかな」


「ダメ! つまんない! 私は見習いと仲良くなって、手土産を貰いたいの!」


「超絶に我が儘かも」


「にゃー」


「ほら、ふーみゃんも同意してるかな」


「ふーみゃんはグッアイディーアってルッカさんばりに賛同してます!」

※時折激しい咳が出ますが、何とか復調の兆しです。皆さんも気を付けて。普通の風邪より断然辛かったです……。

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