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新しい寮

 巫女長の執務室へ繋がる扉の両横で、私とフィンレーさんは前を向いて立つ。中で待っても良いのですが、フィンレーさんが「本人に無断で入るなんてマナー違反かな」なんて言うものですから、立ちっぱなしです。


「今日は巫女長、お休みですよ」


 どこの部署なのか訊いてなくて不明ですが、執務小屋でたまに掃除をしている初老の巫女さんがそう私達に教えてくれました。


「えー、そうなんですか?」


「今日は伯爵様のお城に行かれるんだって」


「どうして知ってるのかな?」


 おぉ、ちゃんと確認するフィンレーさん、偉い。私はもう心が帰宅準備に入っていましたよ。


「巫女長のお家の裏に住んでいるのよ、私。いつも、裏庭に神殿行きの連絡書が入るの。はい、これ」


 懐から見せて貰ったのは、間違いなく巫女長の筆跡。良い表現で言うと達筆の類いでして、解読するのに時間が掛かりそう。読まないけど。



 私とフィンレーさんは中庭のベンチに座る。


「メリナ様、今日しないといけないこと分かるかな?」


「……聖竜様にお会いして、竜王の権限で結婚と子作りを命じる……? キャッ、恥ずかしい!」


 私は赤くなった顔を両手で隠す。


「私なら口に出した瞬間、恥の余りに舌を噛み切って自殺致しますよ」


 アデリーナ様!! いつの間に背後に潜んでいた! どこから湧いたんです!?


「やっぱり。メリナ様は忘れてるね。フィンレーが心配した通りだったよ」


「……何か有りましたか?」


「引っ越しだよ。新人寮に住むんだよ」


 あぁ、そうでしたね。


「はい、部屋の鍵。4人部屋だけど、とりあえず2人にしておきましたよ」


 管理人であるアデリーナ様がフィンレーさんに渡す。

 新人よりも私に手渡すべきではと思ったけど、何にしろ、おぉ、新しい寮には各部屋に鍵が付いたんだ。凄い。ブライベート重視は良い心掛けですよ。

 ワクワクします。


「じゃあ、ベッドをくっつけてダブルサイズにして良いんですね!」


「以前、シェラとマリールが出た後に4つくっつけてキングサイズだと喜んでいたバカが居たので、今回は床下から釘で脚を固定させて頂きました」


「えぇ!? 横回転芋虫ロールができない!」


「回転とロールが被ってるかな」


「退寮する際に根こそぎ家具を盗んだバカも居たので、そちらも同様に固定処置をしております」


「えぇ!? 豪華積み木遊びができない! 横暴です!」


「それを知っても退寮させなかった私の度量に感謝しなさい」


「えっ、バレてたんですか?」


「転倒させて凄い音をさせていたでしょ。苦情が出てましたよ」


「フィンレーの上に崩れて来るかもだから、禁止はグッジョブだね」



 さて、宿に戻った私達は荷物を運びます。

 懐かしい。記憶を失った時も、こんな風に全財産を載せた荷車を曳きながら街中を歩きましたね。

 あの時と違うのは行く宛が有ること、そして、何より私自身が何者であるかを知っていることです。

 今の自分は、竜の巫女で巫女長お付きの奴隷みたいな存在にして、竜の魔王疑惑のある竜王で、聖竜様に恋する乙女の神殺し。うん、意味分かんない。

 自分の記憶は確かなのかと、逆に不安を覚えてしまいました……。


「メリナ様、魔法で運んでしまおうかな」


「ダメです。フィンレーさんは見習いです。許可されていません」


「むぅ、こんな時だけ無駄に遵法精神に富んでるの、どうかな」


 荷物が落ちないように気を付けて、えっこらえっこらと進み、お昼前には神殿へと着くことができました。



「化け物、なにしてんのよ?」

「巫女さん、元気そうでグッドね」


 中庭を過ぎたところで2匹の魔族に絡まれる。


「引っ越し中なんで、手伝ってください」


「引っ越し? まさか、あんた、まだ新人寮に住む気?」


「あはは。フロンさんも寮を出たのよね。私はまだだけど」


「ルッカさぁ、部屋があるだけで殆んど居ないじゃん」


「ノヴロクのケアをしてたもの。あっ、巫女さん、息子の事は気にしなくて良いわよ」


 こいつらは手伝うことなく、私の歩みに揃えて付いてくるだけでした。


「後ろのヤツは何?」


「フィンレーさん。新しい見習いさんで、私のルームメイトです」


「ふーん。変わった感じじゃん」

「そうねぇ。何となくデンジャラスな雰囲気」


 フィンレーさんの外観は極めて素朴。もっと詳しく言えば、古風な田舎者の服装なのでそういう意味でも変わった感じなのですが、フロンが指摘しているのはそこじゃないんでしょうね。

 魔力に敏感な魔族だからこそ分かり得る物を、神であるフィンレーさんから感じ取ったのでしょう。


「そうかな。でも、フィンレーは底辺のウジ虫だよ。メリナ様からそう教わったから」


「巫女さん。そういうのノーグッドよ」


「ほんと。あんたさ、化け物に苛められてるなら巫女さん相談室に行きなよ」


 チィィッ! すんごい誤解を受けた!


「ありがとう。でも、大丈夫かな。昨日もメリナ様から記憶が混濁するくらいの腹に強烈なの喰らったけど、生きてたから」


「ふーん。で、さぁ、化け物、その鱗まだ捨ててないんだ」


 フロンはフィンレーさんに興味を持たなかった。下っ端といえど神なので実力差を感じて、深く触れるのを避けたのか。


「これは聖竜様から頂いた大事な物です。食べると、聖竜様のお母様に会いに行けるんですよ」


「グレートね。インタレスティング」


「私は騙されないわよ。どんな理屈よ。バカじゃない。んで、化け物、一番重要な話だけどさ、見習いにあんたを苛めてた奴らがいるけど、どうするの?」


「えぇ!? それは本当に命知らずかも」


 以前の寮で私の退寮を要望する書類をアデリーナ様に渡したって話ですね。


「不幸な誤解です。話し合いで解決します」


「それこそ、信じられないわ」


「ねぇ。私もアンビリーバボーよ」


「流血騒ぎになるのが決まってるじゃん」


「フィンレーもそう思うかな」


 お前ら……。


「仕方ないわね。今回だけ助けてやるから」


 フロンの申し出に何ら期待をしていなかったのですが、私はその提案を大歓迎しました。

 私の胸の前にはふーみゃんが、可愛らしい黒猫のふーみゃんが抱かれています。自らルッカさんに噛まれてフロンからふーみゃんに変化してくれたのです。

 柔らかい毛並みが私の心を和らげてくれました。

※おそらくコロナに罹患しました……。次回の更新はスキップするかもm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 気長に待ってるんでお大事に。
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