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図星

 ん? 聖竜様がいない?

 転移した先は聖竜様のお住まいで間違いない。だって、あの極めて芳ばしい香りが漂っておりますもの。なのに、圧倒的存在感の聖竜様の魔力が感じられなかったのです。


 急いで照明魔法。

 先に来ていた巫女長も近くで待機していました。


「さっきとは違う臭いが鼻を突くかも。更にきっついかな」


「フィンレーさん、口にチャックです。その万死に値するド失礼な発言、次はないですよ」


「ふぅ、メリナさん。貴女だって最初はこの臭いを悪臭だとか思ったのでは御座いませんか? それを聖竜様の物だと知って、無理やり薫り高いとか思い込んでいらっしゃるでしょ」


「はぁ!? はぁあ!?」


 アデリーナ様の言葉に私は怒りを見せます。だって! ……図星かもしれないから。


「メリナさん! 私も覚えているわ! これは聖衣の香りと一緒だもの!」


 聖衣。それは私が見習いの頃に着ていた、普通のボロボロ村人服です。アシュリンが森の中で行方不明になった救出作業の帰り、私は聖竜様の所へ何故か転移してお会いしたのです。その匂いが染み込んだのが聖衣です。

 あぁ、思い出しましたよ。

 転移する前、皆で火を囲んでお疲れ会をしたんです。アデリーナ様がお酒様を振る舞っていましたね。私以外の人に!! あー、あの頃から私はこの金髪の悪女に苛められていて可哀想です。


「でも、聖竜様が居ないわね」


「巫女長様、あれだと思うかな」


 フィンレーさんが指差したのはこの大部屋の奥の隅。余りに遠いので、私の照明魔法でも暗くなっている箇所でした。

 よく見ると、人影がありました。

 大きなガラスを持つ立派な化粧台の前で、椅子に座っている?


「竜はいないのかしら。聖竜様じゃなくても良いから竜が良かったわ……」


 巫女長は明らかに落胆しています。

 遠くの人影を観察するに、長い白髪を櫛で解いている?


「あれは聖竜様で御座いますね。人化状態で御座います」


 なっ!!

 アデリーナ様の言葉に私は驚きを隠せません!

 聖竜様が人間なんてくだらなくて愚かな生物の外観を真似る必要など皆無なのに!!

 しかし、私はこの不測の事態の原因を正確に把握することもできました。


 巫女長です。聖竜様はその深淵なる叡知を発揮して、巫女長接近という危機的状況を察知。そして、回避する方法として竜ではなく人の姿になることを苦渋の判断で為されたのでしょう。

 なんとお痛わしいこと。竜としての誇りを捨てさせられるなんて。

 しかし、ならば、忠実なる僕たるメリナは聖竜様を全力でフォローさせて頂きます!


「もぉ、アデリーナ様は冗談が好きだなぁ。あれは聖竜様ではありません。あぁ、聖竜様はここにいませんでしたね。残念」


「そうなのね、メリナさん」


「えぇ、引っ越しでもされたのかなぁ。さぁ、帰りましょうか、巫女長」


「待って。聖竜様の排泄物とか落ちていないかしら。せめて、それだけでも持って帰りたいの」


「落ちてないかなぁ。聖竜様もトイレくらいは――」


 そんな物まで欲しがるのかと驚愕しつつ、説得を試みていた私の横でアデリーナ様が呟きます。


「……考えたことも御座いませんでしたね。この部屋、1000年単位で排泄物が溜まっている可能性があるのですか? 地獄で御座いますね。想像しただけで頭痛が致します」


「言われてみたら、靴底とか粘着力を感じるかも」


 フィンレー、貴様っ!!


「感じません! なんなら、床を舐めて見せましょうか!」


「そんなの見せられたら本当に地獄で御座いましょう」


 止めてくれてありがとう御座います、アデリーナ様。幾ら聖竜様を敬愛していると言っても、床に頬擦りするくらいが限界です。


「メリナさん、グッドアイデアよ。一緒に舐めましょう」


「……あ、いや、巫女長、言葉の綾ですからね」


 この人はやりかねない。そして、私も強制させる未来が見えた。



「あっ、メリナ。アデリーナもいるね」


 女性の声でした。距離はあるのに、近くで喋ったみたいに聞こえたのは何らかの魔法を使ったのだと思う。


「フローレンスも来たんだ。いつもお世話になっています。ありがとう。今更だから、素で喋るよ。聖竜スードワットです」


 巫女長は微動だにしませんでした。

 聖竜様が実行中と推測される巫女長対策はまだ有効なのでしょうか。


 私達は聖竜様へと近付きました。

 しかし、化けるにしろ、なんと攻めた変装をされているのでしょう。肌は漆黒。それがルッカさんのように恵まれた体型に合わさって、とても妖艶に見せます。切れ長の目とか、かなりの美人です。遠くでは白髪に見えましたが、見事な銀色の髪も肌とのコントランスで映えて美しい。



「聖竜様、今日はどうして、そんな格好を?」


「んー。何だか雄化魔法が解けなくて、気持ち悪いんだよね。こっちの体の方がまだ落ち着くんだよね」


 チィッ!! ティナか!?

 あいつの永遠の雄化魔法の為に、人間の姿になったと言うのですか!?

 クソ!! あの約束がこんな感じに逆方向へ向いてしまうなんて!! メリナ人生最大の大失態です!!


「そっかぁ。じゃあ、雌化魔法を覚えないといけないですね」


 私はサラリと言う。


「だねぇ」


 聖竜様も同意してくれたので安心しました。


「しかし、聖竜様。髪を整えているのは何故でしょうか?」


 ん? 聖竜様だって身嗜みを整えるのは当然……いや、違う。聖竜様は、1日中、この地下深くの部屋で孤独に過ごすことを好んでいます。身嗜みなど不要。ってか、存在するだけで崇高。


「えー。んー、何でだろうね。この化粧台も宝物庫から引っ張り出したくなったし」


 不要ですから、気を利かせて私が破壊しましょうかね。


「もしかして……それって恋かも」


 フィンレーの指摘は失笑に値する。

 私はそう思ったのです。


「えっ……。え、恋? 恋……これが……」


 聖竜様の反応は笑い飛ばすものではなく、噛み締めるように考えるというものでした。


「恋バナ、始めよっ――」

「そ、そのっ! お相手は――」


 まだ喋るフィンレーさんを無視して、前に一歩出ようとした私。

 それを腕で制止したのは巫女長でした。その並々ならぬ真剣な目に私は口を閉ざしてしまう。



「聖竜様。1度で良いから竜のお姿になって頂けない? 私の一生のお願いなの」


「良いよ。いつもお世話になってるからね」


 聖竜様は歩いて部屋の真ん中に行って、いつもの巨大な白い竜へと変わります。

 勢いで質問できれば良かったのに、私は真実を聞くのが怖くなって、ずっと下を向いて黙っているのでした。

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