虎と狼と鬼
水路跡の隠し部屋に戻って参りました。さっそく鼻を突く色んな腐敗物の臭いが、一刻も早くの退散を私に促します。
「あー、疲れました。でも、聖竜様のお母様にお会いでき、巫女長の聖竜様への道が大きく前進しましたね。凄い進歩ですよ。さぁ、帰りましょう」
「メリナさん、でもね、もう1つ転移魔法陣があったの」
チィッ!!
そっちも行くのか!? なんて強欲!
さっき自分で「それは罠よ」って言ったばかりなのに!!
「竜穴に入らずんば子竜を得ずって言うわよね。正しくそれなのかしら」
「聞いたことないです」
即答してやりました。
「まぁ……。アデリーナさんは?」
「残念ながら私も存じ上げません。しかし、参りましょう」
チッ。やる、やらないの議論で時間を浪費するくらいなら、サッサッと終わらせてしまおうってアデリーナ様は考えたのですね。
悔しいですが同意です。
隠し部屋を出ようと一歩踏み出した時です。肩に乗せたフィンレーさんがもぞもぞして、意識が戻ったことを知ります。
「あれ? フィンレーはどうしてこんな体勢に?」
「自分が何をしたかも覚えていないのですか?」
フィンレーさんは何も悪くない。悪くないのですが、意外に有能なフィンレーさんの実力からアデリーナ様が彼女を神だと勘付かないために、口封じ目的で気絶させたのです。
黒い白薔薇の異名を持つアデリーナ様が間違って神になってしまうとか、考えただけで恐ろしい。
例えば10年後。聖竜様との子供を育てるストレスで少しふっくらした私へ、アデリーナ様が言うのです。
「メリナさん、貫禄が出てきましたね。私なんて歳の割に幼く見えるものですから、困ったものですわ。おほほほほ」
「手刀で、片目の上から唇まで真っ直ぐな切り傷を作りましょうか。歴戦の戦士みたいになって、その困り事が解決しますよ」
「おほほほ、残念で御座いますわ。そんな傷もすぐに回復してしまうから」
「グギギギ」
例えば20年後。内気な性格の子供の将来を心配する私にアデリーナ様が言うのです。
「あら、目の下に隈なんか作って、何を悩んでおられるのですか? バカが悩んでも無駄で御座いますよ」
「子供が暗い穴の中に引き篭っていて、私はどうしたら良いか……。無理やりに出そうとすると暴れて手が付けられないし……」
「まぁ、それはお辛いことで御座いますね。でも、貴女は幸運。私の永遠の美貌で誘き出してやりましょう」
「そんな危ない……。あの子、鋭い爪で何でも八つ裂きにしてしまうから」
「世界最強の神である私に任せなさいな。無能な貴女はそこでおやつの芋虫でも食べて待っておられなさい。そして、芋虫のように這いつくばって感謝しなさい」
「グギギギ」
例えば60年後。私は巫女長のように老けてしまっています。ベッドで横になる私にアデリーナ様が言うのです。
「まぁ、メリナさん、もうすぐお迎えですね」
「あでり~なしゃま、わじゃわじゃ、わしゃのためにぃ、ありゃがちょ、ごじぇますだぁ」
「何言ってんのか分からないで御座いますね。まぁ、メリナさん、今までご苦労様でした。天国でアシュリンやフローレンスも首を長くしてお待ちでしょう」
「あ~、なちゅかしゅいなぁ。あ、おみゅかえがきちゃ。せいりゅ~しゃま、さきぢゃつふきょ~をおゆるち、くぢゃしゃい」
ガクッ。
「メリナさん、貴女は地獄行きに決まってるでしょ。本当に最期までおバカなヤツで御座いますね」
ガバッ!
「グギギギ!!」
うん、永遠の命を持ったアデリーナ様は絶対悪ですね。
不幸な未来を予想していると、頭を抱えていたフィンレーさんが喋りだします。
「えーと、うーん。えー、分かんないな。うわぁ、意識が飛んでるかも……」
良し!!
ベストな返答ですよ。
フィンレーさんに軽く笑顔を見せてから言い放つ。
「フン、このクズが!!」
「えぇー。いきなりの罵倒って意味分かんないかも。先の笑顔はなんだったのかな」
お黙りなさい。
って、アデリーナ様の視線が私に向いていて、過剰な隠蔽工作を不自然に感じているのか!?
私の額に汗が滲む。
「フィンレーさんも回復されたみたいね。良かったわ。それでは、行きましょう。レッツゴー」
巫女長はご機嫌でして、先頭を歩きます。
そのご機嫌な様子を見て、アデリーナ様は私への追求を取り止めたようでした。
「ねぇ、メリナさん」
巫女長が問い掛けてくる。前門の虎に後門の狼状態の私。
「……何でしょうか?」
このまま無事に終わって欲しい。そして、早く寝たい。そう昨晩は無駄なガールズトークで一睡もできなかったのです。なんてブラックな職場なのでしょうか。
「メリナさんはずるいわ。メリナさんばかり竜に好かれるんだもの」
ッ!?
「そ、そんな事ないですよ。巫女長こそ人望が厚いし、私なんて足元にも及ばないですから」
「ふぅ、嫉妬しちゃう。でも、ダメね。巫女長なのに他の巫女さんを羨ましく思うなんて」
緊張する私。でも、巫女長はそれ以上何も言わなくて、目的の転移魔法陣の前まで来ます。
「どこに繋がっているのか、ドキドキするわね」
これはフィンレーさんが用意した魔法陣です。聖竜様のお部屋に直通しているものと思われます。
聖竜様、すみません。絶対に酷いことになると思いますが、メリナは自分の身がかわいい余りに巫女長を止めることを致しませんでした。
「あからさまに罠っぽい魔法陣を誰から踏むので御座いますか?」
アデリーナ様は冷静です。
「これ、罠なのかな? 術式はフィンレーのと似てるんだけどな」
「クズは黙ってなさい」
「ひどっ。さっきからメリナ様は冷たいよ。あんなにフィンレー派だって持ち上げてたのに」
すみません。虎と狼に対抗するため、私も心を鬼にしないといけない時があるのです。
「私から行くわ」
黄緑に輝く魔法陣を目掛けて、巫女長が両足で跳ねて飛び込む。体の外側から粒子となって、巫女長は消え去りました。
巫女長はもう居ない。きっと無事に転移したのでしょう。
「……しまったな。転移でなく即死魔法陣とかで頼めば良かった……」
「メリナさん、物騒な独り言が聞こえましたよ」
「えっ、心の声が漏れました……?」
「メリナ様は神様達には喧嘩を売りまくりだったのに、巫女長様とアデリーナ様は恐れるんだね」
ちょっ! 神の話題は止めなさいって!
ほら! アデリーナ様が「ほぉ」とか関心を抱いた感じがしたでしょ!
私はプレッシャーに耐えきれず、フィンレーさんの手を引きながら一緒に魔法陣へと飛び込みました。
※フィンレーさんによってメリナさんは不老になっていますが、気に留めなかったので本人は認識しておりません。




