良き姑
地面に顎を乗せて脱力しているお母様。私も失礼にならないように、視線だけはお母様に向けながら、腹這いと呼んでも良いくらいの土下座をしています。
巫女長は布を取り出して、お母様の全身を拭いています。お母様は巫女長を気にしている様子はなく、されるがままでした。
「ほらほら、アデリーナ様も頭が高いですよ。私を見習ってください」
「竜王サビアシースとは何者で御座いますか?」
私の発言を無視して、不躾にアデリーナ様はお母様に尋ねます。
ってか、アデリーナ様、サビアシースを知らなかったんでしたっけ。
最初に出現した時は、あっそっか、シルフォルとの最初の戦いで瀕死のアデリーナ様は巫女長の収納魔法の中でした。
次に出会ったのもティナ戦の前で、私が浄火の間で修行の仕上げとして、サビアシースを呼び出したんですよね。アデリーナ様はマイアさんの部屋に居たはず。
神界での出来事は一切喋ってないから、うん、アデリーナ様はサビアシースを全く知らないのですね。
「それは神で御座いますか?」
突っ込むアデリーナ様。お母様は静かに答えます。
『全ての竜の頂点に立つ強大な方です。矮小な存在である人が神と呼ぶのも道理でしょう』
……まずいな。すぐに理解できました。お母様はサビアシースを信頼している感じです……。2回ほど半殺しにしてやったなんて知られたら、とんでもなく粗忽なお嫁さんと思われてしまうかもしれない……。
「それでは、そのサビアシースとお逢いしたく存じます。可能であれば殺してやろうかと」
『なんと不遜な……」
「不遜!! アデリーナ様、不遜ですよ!! ギルティ!! 反省しろ!!」
私はお母様に強く同意してみせます。お母様の味方であることをはっきりと強調したのです。
お母様が少し目を開かれまして、私の素晴らしい行動に目を見張られたのでしょうか。そうであって欲しい。
『突然の雄叫びに驚きました……。しかし、ふむ。お目に掛かりたいという願いはいずれ叶うでしょう。臣を倒されて大人しくされる方では御座いませんので――おや、さすが竜王様ですね。私の敗北をもう把握されましたか。お声掛けは光栄ながら、本日に関しては申し訳なさが大きいです。さて、少々お待ち頂けますか?』
この御様子、サビアシースがコンタクトを取ってきたのか……。
私がここにいることをあいつは恐らく把握しているでしょう。
サビアシース、お前も私の守護精霊だったはず。この私の内なる声が聞こえていたら、どうか私の印象が悪くなるような事は言わないで。じゃないと、マジで殺しに行くから。本物の殺気を見せてやる。
『まさか……サビアシース様が……。信じられません。そこの人間の娘がですか……? 確かに私も咬み砕かれましたが……』
あの野郎、言いやがったな。口の軽さを後できっちりと締め上げておかないといけませんね。
呟きを終え、沈黙を保つお母様と目が合う。ニコッと私が友好的に笑うと、猫が驚いた時くらいの跳ね方で後ろへお退かれになられました。
「メリナさんがどうされましたか?」
『事情は前竜王サビアシースよりお聞きしました……。新竜王様、この度は大変な失礼を致しましたこと、心よりお詫び申し上げます』
ん?
「いえいえいえ。お母様、どうぞお顔をお上げ下さいませ。このメリナ、お母様のことを本当の母のようにお慕いしたいと考えております。痒いところとか御座いませんか?」
『そんな畏れ多いことで御座います。私めが竜王メリナ様のお役に立ちたく、如何様にも御命じ頂ければと存じます』
「お母様に命じるなんて、そんな事できないですよ」
私が頭を地面に擦り付けて謙虚さをアピールするのですが、お母様も負けじとばかりに低姿勢で私に礼を尽くそうとしてくれます。
なのに、アデリーナ様は人の心を読めないようです。
「メリナさん、立ちなさい。時間の無駄で御座います。そして、私にも事情を話しなさい」
チッ。聖竜様のお母様と親交を深める貴重な機会を奪おうというのですか、このクソは。
しかし、私も少し場を離れた方が良いのではと感じ始めていたので、好都合でもありました。
「お母様、すみませんが少しお待ちください」
『はい。身の程を知らぬ人の王を成敗するのですね』
「ちょっとだけ違うかもです……」
お母様の耳に変な話が入らないように、この空間の出入り口である緋色に輝く転移魔法陣のところまで戻る。
なお、巫女長は一心不乱にお母様の体を布でゴシゴシと磨き続けていました。
「メリナさんが竜王?」
「前の竜王が私の守護精霊だったんですよ。ガランガドーさんや邪神みたいに顕現したことがありまして……」
「それで、殴って倒して服従させて竜王の座を奪った、って訳で御座いますね」
「簡単に言えばそうです」
「ったく、大層な称号を手にしたもので御座いますね」
「はぁ」
何故か悔しそうな顔をしていますが、気にしたら負け。どうせ「私以外に王など不要」とか考えているだけでしょう。
別の話題で、私からも質問する。
「ところで、お母様が仰ってた巫女長が聖竜様を食べた件って本当なんですかね?」
「知る由が御座いませんでしょ。悪食なのは間違い御座いませんが」
「ふむぅ。このままでは『竜王様、ワットの仇をお取り下さい。お願い致します』とか言われて困ったことになりそうです」
「悩まずに殺したら良いでしょうに。巫女長を」
「いやいやいや。可能だったらアデリーナ様が実行してるじゃないですか。あー、困ったなぁ」
私は考える。必死に考える。
「あっ! あれかな!」
「一応、聞いて差し上げましょう」
「料理人フローレンスとのお料理対決で、隠し味に聖竜様の鱗の粉末を使ったんです! あー、きっと、それですよ」
「隠し味にしても、もっと食べられそうな物を入れなさいな」
「サブリナに毒魚や毒カニを調達させて、料理に使わせた人の言葉とは思えない」
「人聞きの悪いことを申さないように」
懸念が解消され、私は意気揚々とお母様の前に戻ります。
『竜王様、お願いが御座います。私の可愛い子供を食った人間の命を奪う許可を頂きたく。竜王様の知人とは承知ですが、何卒お願いします』
来た! 予想通りの要望が来た!!
「お母様、誤解です。そこの巫女長はスードワット様の鱗を食べただけなんです。その鱗も私がスードワット様から頂いた物で、それを料理に使っただけです。すみません。スードワット様はお元気ですよ」
『そうでしたか……。再度の非礼をお許し頂きたく存じます……。ワットは私の子供たちの中でも一番遅くに生まれた者でして、幼い故に未熟なところも御座いまして、私は心配していたのです。連絡も殆んどして来ないですし』
私の言葉を一切疑うことをしないお母様は本当に良い人なんですね。良かった。素敵な嫁姑の関係になれそうです。
その後、お母様から転移魔法陣が隠されていた理由を聞きました。
あの魔法陣はお母様が2000年ほど前に設置したらしいです。聖竜様の魔力を吸収した者を引き寄せる機能まで持たせていたそうです。そして、そんな不遜な者にしか見えず、また、その者が近付かないと発動しない仕掛け。
2000年前、聖竜様から大魔王との決戦に挑むと聞いたお母様が、聖竜様が敗北した場合に備えて作ったのだそうです。
直接に助けなかったのは、自立を促す為なんでしょうね。
「それでは戻ります。またお会いする日までお元気で」
『竜王様こそ。ワットをよろしくお願い致します』
「えー、そんな……。照れます……」
聖竜様との結婚が許されたみたいで、私は喜びと同時に恥ずかしさが襲いました。うふふ、外堀を攻略することにより、聖竜様が逃げられない状況を作り上げてしまったみたいです。
転移魔法陣を使っての去り際に、お母様へもう一度深く頭を下げます。
肩に担いでいたフィンレーさんの頭が勢いよく地面に突き刺さって、ビックリしました。




