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転移魔法陣の先で

 気絶したままのフィンレーさんの腹を肩に置いて担ぎます。泥まみれの彼女に触れると私も汚れるのですが、もうすぐ地獄から解放されるんだと思うと苦になりません。


 巫女長を先頭に狭い通路を、私はアデリーナ様と並んで歩きます。


 しばらくして、道の先に地面が黄緑色に光っているところが目に入ります。魔法陣です。強力な魔法が発動する際に現れるものと違って、文字や模様が回転していませんでした。

 フィンレーさんが出した転移魔法陣なんだと思う。


「あれを踏んだら、聖竜様の所へ行くんですね」


 私は念押しも込めて、そう指摘します。


「違うわよ、メリナさん。あれは罠。あんな分かりやすいのはダメよ」


 ……確かに。何も知らなければ、あんな不気味な物は避けますね。何なら、破壊します。


「私が見付けたのはこっち」


 巫女長は脇道に逸れる。

 ちょっと進むと、土が溢れて道を触れると塞いでいました。あぁ、壁が崩れてるのか。


「横穴で御座いますか?」


「そうなのよ。鼠さんを捕らえた時に衝撃で壊れて、新しい部屋が出てきたの。幸運だわ」


 発見した空間に躊躇なく踏み込む巫女長。それを見て安全と判断した私達も部屋へと入る。

 今までの通路と違い、そこは板石が敷かれて壁や天井も規則正しく並んだ石で囲まれた小部屋でした。

 魔法陣は見当たらない。


「メリナさん、ダメよ。真ん中にあるの」


 巫女長の制止で私は歩みを止める。

 そこには何もないようでしたが、確かによく観察すると魔力の澱みが分かりました。


「右手の壁に何か書いて御座いますね」


 アデリーナ様の指摘に私も視線を遣る。

 鳥や猫の絵のような、でも、それが一定の長さで並んで何行もあるので文章なんだろうと推測されました。

 でも、王国の古語とも魔法陣に浮き出るのとも違う種類の知らない文字ですね。


「うん、読むわね。“これは古の翼が舞い降りる場所への誘い。鱗片を飲み込んだ蛮勇の持ち主のみが禁断の領域を導くであろう。大いなる死の調べ、或いは、哀れなる生者への慰みを与えよう” まぁ、なんてドキドキするのかしら」


 おぉ! 巫女長は解読できるですのか!?

 ちょっとだけ見直しました!


「失礼ながら申し上げますと、本当にそう書いてあるのか疑問で御座いますが。転移魔法陣も見当たりませんし」


 尤もなご意見です。


「もぉ。アデリーナさん、私だってお勉強くらいしているのよ。魔法陣はここ、ほい」


 ノーアクションでの魔法。

 それは巫女長が最も得意にして、且つ、極悪な術。受けたものを絶望の淵に追いやる精神魔法『告解』でした。

 冷や汗が出ましたが、その術は部屋の真ん中の床を貫く方向で放出されて、流れ矢に当たるような悲劇は免れました。


 浮き上がる緋色の魔法陣。


「ほら、隠れていたでしょ」


 すげー。巫女長の魔法は万能ですね。

 以前には異空間に潜んでいたシルフォルさえ攻撃できていたし。


「古の翼はドラゴン、蛮勇の持ち主はフローレンス巫女長。そして、こちらの転移先が禁断の領域で御座いますか……。大いなる死の調べ、或いは、哀れなる生者への慰み。それがどんな物か分かりませんが、楽しみで御座いますね」


 何故か、行く気マンマン!


「でしょ! 聖竜様にお会いできるのよ!」


 絶対、違う。フィンレーさんはこんな手の込んだことをしないはず。巫女長が罠と判断した黄緑色の魔法陣がフィンレーさんの作った物だと思います。


「行きましょう」


 そこまで理解していたのに、私はこの怪しげな魔法陣を踏むことに同意する。だって、断ったら、乗り気な巫女長とアデリーナ様から酷い脅しを受けそうだから。



 目を瞑ってピョンと飛び込む。

 いきなり全身が痛い。いえ、肌を刺すのは熱線ですね。閉じた瞼の裏も赤くて、周囲は火の海なのではないでしょうか。

 瞬時に氷の壁を4面と情報に構築して簡易なシェルターを作る。後から出現したアデリーナ様や巫女長も保護できたのを確認してから、フィンレーさんを黒い石がゴロゴロした地面に寝かす。


「メリナさん、状況は?」


「お外はとても熱いです。あと、お分かりだと思いますが、あっちに何か居ますね」


 魔力感知で判断するに、我々は1本の真っ直ぐな通路上に転移しており、その先の広場に巨大な魔力的存在が待ち構えています。サイズ的には竜でしょう。


「ここが聖竜様のお家なの?」


「いいえ、残念ながら違いましたね」


「そうなの……。聖竜様への道程は遠いのね。メリナさん、またご協力をお願いするわね」


「私の代わりにフィンレーさんがとても協力したいって言ってましたよ」


 死人に口無しではありませんが、後顧の憂いも絶つ素晴らしい返答をしました。

 アデリーナ様もご満足なお顔です。


「メリナさん、それではこの氷の壁を解除なさって下さいな。私が先陣を切るつもりで御座いますので」


 いつにも増して戦闘意欲握を見せて来ますね。うっすらと不穏な裏があるのではと勘繰ってしまいそうですが、敵を打ち倒す必要があるのは同意です。


「了解です。気を付けてくださいね」


 敵側の壁を1つ消す。


 まず見えたのは2人並ぶのも難しいくらいの細い道。その両端は断崖になっていて、下は広大な範囲を炎が埋め尽くしていました。落ちたら、ほぼ死亡確定。回復魔法で火傷を治したとしても上がって来れなければ、いずれ焼け死ぬ事でしょう。

 そして、正面でこちらを見据えているのは、これも揺らめく炎を全身に纏ったドラゴンでした。聖竜様並みに大きい。

 いや、これ、ドラゴンなのか? 眼も牙も全て実体が無さそうで、ドラゴンの形をした炎の魔物なのかもしれない。



『人間ですか? 珍しいですね』


 綺麗で上品な声。


「フローレンス巫女長、援護をお願い致します!」


 両刃で直剣タイプのロングソードを手にしていたアデリーナ様が突っ込む。


「分かったわ。我が御霊は聖竜と共に有り。我は願う。その誉れと祈りに震えた骸を――」


 巫女長も即座に戦闘用魔法、恐らく、上方から風圧をぶつける魔法を唱え始める。


 さて、敵も動きが速かった。シャールの城壁よりも直径がありそうな火球が、こちらへ向かって発射されていたのです。アデリーナ様は難なく飲み込まれて、哀れにも炭か灰になるだろうと思ってしまいました。


「ウォォオ、リャァーーッ!!」


 すんごい獣みたいな叫び声が響く。あいつ、獣の魔王疑惑がありますものね。

 アデリーナ様はあの巨大な火の玉を一刀両断にしたのです。均等に分断された火球は道の左右を通って、私達の背後へと猛スピードで去っていきました。


「――に響くは竜の尾の一閃。我が御霊は聖竜様と共に有り。我は願う。その誉れ――」


 巫女長の詠唱が完了。しかし、更に間髪なく2順目の詠唱に入るようです。容赦ない。

 1発目の魔法は背骨を折るが如く、相手の炎の形を変える。


『やりますね。しかし、竜王サビアシース様の第1の臣である私には届きません』


 ドラゴンの形が変化して、竜巻のように回転しながら炎が舞い上がる。と思ったら、側面から現れたのは、炎で象られたドラゴンの尾! アデリーナ様を狙っての一撃です!!


「ヌォオラァァア!! 私の前で他の王を語るな!!」


 最下段から切り上げて、それをも切断する女王様。歴戦の戦士のような力業で応戦しますね。本体から離された炎の尾はアデリーナ様の横を通って、反対側の崖へと落ちていきました。


『私の名は炎龍シュリュートアークです。死んだ先への手土産に覚えておいて下さいね』


 ヤバ。

 見えないけど、膨大な魔力が炎の竜よりも向こうの方に出現している。

 って、えぇ!?

 炎の壁!! 空は真っ暗で天井があるのかも分からないのだけど、見上げてもどこまで高いのかさえ分からない炎の壁が私達の方へと襲い掛かろうとしている!


 巫女長の風魔法が壁に穴を開けるも、焼け石に水。すぐに周りの炎が寄って修復されます。


「メリナっ!!」


「はい!!」


 アデリーナ様の声に応え、私は細い道を真っ直ぐに駆けます。そして、走りながら竜化。

 急いでいたので最短距離。アデリーナ様の頭上ギリギリを、私の鋭い爪と美しい尾が通りました。

 炎の竜と激突し、噛めるのかどうか分からないけど、ガブリと大口を開けて相手の首を抑えます。


 そして、大きな竜となった私自身がアデリーナ様や巫女長、フィンレーさんを守る楯となるのです。

 敵を制圧しながら身を丸くして、焼かれるのを回復魔法と忍耐で我慢。歯を食い縛る。

 巫女長も私の意図を察したのか、炎に巻かれる前にフィンレーさんを引き摺りながら、後方から合流してくれました。老女とは思えないほどの速さは流石です。私は彼女らを尾をくるめた中に入れました。


 耐えに耐えて、遂に視野から赤いものが消え去る。炎は消え、巫女長の照明魔法が周囲を照らす。

 私の牙は炎の竜の首を砕いていました。ぐったりとして動かない炎を纏っていない黒緑色のドラゴン。これが炎龍の元の姿で、術者が居なくなったから崖下の炎も消えたのでしょうか。


 私が勝利を確信して竜化を解いた瞬間でした。私の巫女見習い時代に聖竜様の首が焼け落ちて焦った時と同じように、竜の死骸が光に包まれて復活します。

 ふん。再戦なら受けます。


 でも、相手に戦闘意欲はないみたい。首を地面にまで下げて動きません。


『負けました。悔しいです。そこの歳老いた人間だけでも殺したかったです』


 巫女長を!?

 是非、お願いします!


「まぁ、そんな酷い! 私は竜の世話が好きな人間なのよ!」


『貴女の魔力から多くの竜を喰らった事が分かります。そして、古竜、我が愛しのワットを喰らったこともありますね?』


 ワット!? 聖竜様を愛しいだと!!

 幾ら、聖竜様が魅力的とは言え、恋のライバルは殺すに限る!!


「ワット? スードワット様で御座いましょうか?」


 シルフォルを倒した時を思い出しつつ、魔力の全力展開を準備する私の傍らで、アデリーナ様が冷静に確認する。良い時間稼ぎですよ!


『えぇ、そうです。私の愛しい子供』


 何っ!?


「いつもお世話になってます! これからもお世話になります、お母様!! お怪我とか無くて良かったです!! アデリーナ、お母様の尾っぽを斬った詫びとして、100万回死になさい!!」


 私は土下座をしつつ顔だけは上げて、可能な限りの笑顔をお見せするのでした。

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