取り留めのない女子会
フィンレーさんはただの耳年増、アデリーナ様は男女の恋どころか森羅万象の愛情から縁遠い存在。私は非協力的。
なので、恋バナは盛り上がることなく一瞬で終わりました。
だから、帰れ。
せめて一階の食堂で騒いで頂けないでしょうか。
そんな控え目な私の願いは叶わず、奴らは部屋に留まり続けます。ショーメ先生からは、お茶と甘いパンを差し入れされる嫌がらせを受けました。
「酔いはまだ覚めないのですか?」
「まだで御座いますね。マイアに酔いが持続する魔法を掛けて頂きましたし」
「はぁ? じゃあ、サッサと酔い覚ましの魔法を受けにマイアさんの所へ去って下さいよ」
「メリナ様、夜はまだまだ始まったばかりだよ」
「お前の部屋でやれ! 私は早く寝たいんです!」
「まったく寝てばかりですね、メリナさんは」
「3人で話してこそ恋バナだよ」
あぁ、月明かりが美しいというのに、こいつらは……。
「メリナ様が断トツで強いのは分かってるけど、この国で次に強いのは誰かな? アデリーナ様?」
「フィンレー、とてつもなく失礼な事を申しましたね。この私がメリナさんに劣るはずが御座いません。メリナさんは確かに暴力では勝ります。しかし、戦いには知恵や知能も必要。なのに、私がこいつよりも弱い? 訂正を要求します」
「フィンレーさん、早く謝りなさい。めんどくさい事を言ってますが、心を無にして対応しましょう」
「メリナさん、めんどくさい事とは?」
チッ。
「言葉の選択を誤りました。すみません。フィンレーさん、真実を吐く事が常に正しいとは限りませんよ。謝ったらどうかな?」
「メリナさん、表に出なさい」
お前だけ出ろっ!!と叫べたらどんなに良いことでしょう。私、発言の自由が欲しい。
「私は大丈夫ですよ。アデリーナ様がお帰りです。フィンレーさん、お見送りをお願いします」
「話が終わるのはやだよぉ。アデリーナ様、ごめんね。確かにあの剣の腕前はメリナ様に匹敵するかも。じゃあ、2人の次に強いのは?」
使えないヤツめ。
「悪夢のルーフィリア」
「それ、私のお母さんの2つ名ですよね。止めて下さい。お母さんを悪夢とか言うの」
ってか、あの人こそ、場合によっては私を上回るんじゃないかな。
「そっかぁ、メリナのお母さんも強いのか。納得かも」
「オロ部長も中々ですよ」
しまった。話題を振ってしまった……。
「カトリーヌさんは地中なら最強で御座いますね」
土の中を自由自在に動けるのはオロ部長くらいですものね。
「地中で動けるってことは魔物かな?」
「獣人ですよ。魔物とか失礼ですね、フィンレーさん」
「ごめんだよぉ」
その後、話は盛り上がります。
ルッカさんの生命力、アシュリンさんの拳、マイアさんの魔法、巫女長のヤバさ、ショーメ先生の多才さはアデリーナ様も評価していることが分かりました。
月が雲に隠れたのでしょう。窓から射す光がなくなり、部屋を照らす魔導式照明だけでは少し暗くなります。しかし、その程度では私達のトークは止まらないのです。照明魔法で補完する。
「男の人なら誰が一番強いのかな?」
「誰だと思います、アデリーナ様?」
「メリナさんが苦手とするのはアントンで御座いましょうか」
「あれは弱いくせに口が回るだけです」
「口先だけでメリナさんを制する技術は大したもので御座います」
「その人はカッコいいのかな」
「顔は整っている方で御座いますね」
「結婚したのに、女装癖が抜けなくてコリーさんが可哀想」
「えー、結婚してるんだ。残念かな。じゃあ、他の人で」
結婚してるのが残念って、フィンレーさん、もしかして前に語っていた若干邪悪な願いを叶えようとしているのか。
「パウスさんも強いですよね」
「彼は危険を冒さない点がよろしくないでしょう。剣王の方が冒険しているのでは?」
「2人ともカッコいい?」
「どうなんでしょ。どっちも結婚してるし、剣王に至っては変態の域だけど……」
「えぇ、また結婚してるんだ。若手の有望株はいないのかな?」
「ミーナで御座いますね」
「アデリーナ様に同意です。既に強いミーナちゃんがどこまで強くなるのか楽しみです」
「男の子。フィンレーは男の子の話を要望かな」
「こいつ、下心しか有りませんね。どうします?」
「たまには構わないでしょう。私も年相応にそういった会話をしないと、下々と感性がずれてしまうかもしれませんからね」
年相応って、もうそういう年齢は越えてますよね? アデリーナ様もフィンレーさんもティーンエイジャーじゃないですよ。
その後、次世代の強者についての話になりました。ミーナちゃんが断トツにしろ、私は同郷の幼馴染みであるレオン君を推します。あと、ナタリアも順調に成長していますから、それも口に出す。アデリーナ様からはアシュリンの息子ナウル君について言及がありました。
最後は剣王とソニアちゃんの子供、また、剣王と邪神の子供についてになり、フィンレーさんの中で剣王は要注意のエロ野郎になりました。
入ってくる風が冷えて来たので窓を閉める。
「フィンレー、貴女の好みの男性は?」
「大柄な方かな」
「となると、私の知っている男性で行くと、シャールのヘルマンさんと、スラム街のガルディス、諸国連邦のサルヴァくらいでしょうか」
「ヘルマン以外の2人は既婚で御座いましたね」
「ヘルマンなんですが、あいつ、エルバ部長に向ける視線が危なくないですか?」
「と言うのは?」
「なんか片想いの人を見るような……」
「エルバ部長を? ミーナよりも幼い体なので御座いますよ。いや、でも、そうかもしれませんね……」
「でしょ! うわっ、ガルディスとサルヴァは逆に年増好きだし、デブは趣味が変なのしかいないんですかね」
「これ、メリナさん。少数の例で全体を評してはなりませんよ」
「そもそも体格が良いってのは腹が出ていることじゃないかな。肩幅があって、真っ直ぐに立ったら逆三角形になる体格だよ」
「そんなヤツ知らない。パウスさんくらい?」
「行方不明なままで御座いますが、クハト・ムーラントがそれに近かったかもしれませんね」
「……それ、誰でしたっけ?」
「帝国との国境砦を守っていた軍人で御座いますよ」
「あぁ! 偽フローレンスの事件の時に、王国を裏切っていたヤツですね!」
「その以前から帝国のスパイや魔族を見逃していたようですから、裏切りはもっと前からだったのでしょう」
「人当たりは良かったんだけどなぁ、あの人。あっ、ベリンダ姉さんは元気にしていますか?」
「帝国側の国境砦を守護していた者で御座いますね。ソニアが成人するまでは責任を持って領土を保全すると息巻いておられましたね」
「へぇ。ベリンダ姉さんには世話になったからなぁ」
「そんな気持ちは無いでしょうに」
「えっ? まぁ、確かにそうでしたね」
「そんな話よりフィンレーに紹介できる男の話題が欲しいかな。巫女だったら占いでも良いかも」
「そんなの知らないですよ。そもそも竜の巫女に何を望んでいるんですか」
「えぇ。浅ましいで御座いますね。教育のしがいがあると言うか……」
「フィンレーの長年の夢なんだって! 1度で良いから若い人間とラブラブピロートークをしたいかも!」
勝手にしたら良いのです。私は欠伸を噛み殺しながら、そんな事を思いました。
「さて、酔いが覚めても無事であることが確認されました。帰らせて頂きます」
アデリーナ様が立ち上がります。しかし、私は彼女の腕を握って離さない。
「メリナさん、夜分遅くまで感謝します。明日の朝はごゆっくり休んでから神殿に来てもらってよろしいですからね」
必死に作った柔らかい笑顔まで私に与える始末。おかしな話です。アデリーナ様は上司でもないのに、私の遅刻を認める事ができるとでも言うのですか?
うふふ、何をそんなに焦っておられるのか。
「フィンレーさんがもっと恋バナ聞きたいって仰ってます」
「うんうん。そうかも!」
首を強く上下に振ったから、前に垂らしたフィンレーさんの2本の三つ編みが激しく揺れる。
「了解しました。それは、明日の夜と致しましょうか。あと2、3刻で夜も白むでしょうし。お疲れ様でした」
「ヤダなぁ。疲れてませんよ」
「元気が有ってよろしいこと。メリナさんなら腕1本くらい失くなっても平気そうですね」
実際に鋭い刃の剣を取り出すアデリーナ様。
にこやかではあるが殺意を隠せていない。
ククク、焦りはアデリーナ様をも誤らせるのですね。愚行でしたよ、それ。
「やらせませんし、逃がしません」
私も少しだけ魔力を放出する。
「クッ!」
悔しさを込めて声を短く出した後、アデリーナ様は諦めて着席します。気付いた時点でもう遅かったのですよ。貴女は罠に嵌められていたのです。
私達の殺気を察知したヤツの移動速度が速くなったのが分かる。
「あらあら、まあまあ! 喧嘩は良くないわ」
慌てた様子で巫女長が部屋に入ってきました。そうです。フローレンス巫女長は夜明け前という約束をかなり早めの時間でお守りになられたのです。とても迷惑です。
「誤解で御座います。喧嘩なんてしておりませんよ。ねぇ、メリナさん?」
「えぇ。アデリーナ様は巫女長との迷宮探索の話を聞いて、楽しみの余り、戦意が昂っただけです」
「ッ!?」
「まぁ、アデリーナさんも来てくれるの!? 有り難いわ!」
アデリーナ様が私を睨んできたので、目を反らす。足を踏まれもしましたが、道連れにしてやった喜びの方が打ち勝っていました。




