猿の群れとメリナの超絶
ミーナちゃんにようやく追い付きました。彼女、足も速いんですね。私も少し本気で走らないとなりませんでした。
さて、早速、彼女は茶色い猿の群れに囲まれていました。一匹一匹は小さくて、立っても私の腰くらいの高さしかない猿なのですが、数が多い。ここは森なので、木がいっぱい生えていまして、その枝のあちこちに留まっている猿もいて、キーキーと小うるさく叫んでおります。
ミーナちゃんは嬉々として、寄ってきた猿をぶった斬ったり、刺したりしていますが、森の奥からドンドン出てくる猿の数は減ることなく、逆に増え続けています。
ガインさんとパウスさんが「異常繁殖した蟻猿」と言っていましたが、私が育った村近くの森でも、これだけの猿の群れを見たことはありませんでした。
しかも、これ、赤い煙が上がった地点からまだまだ離れているのです。どれだけ猿が湧いているのかと驚きました。
「ミーナちゃん。お待たせ。大丈夫?」
振り回される大剣の間合いの外から私は声を掛けます。
「うん! メリナお姉ちゃん、すんごい! すんごく血が吹き出してるの! 楽しい!」
……聞かなかったことにしよう。ノエミさん、娘さんはもう戻れない世界に入っていますよ。大丈夫じゃなかったです。
「キリがないから、私がやっちゃうね」
「えー! 私の獲物なのに!」
わざとだったのかもしれません。ミーナちゃんが抗議の声を上げたと同時に、彼女が刈った猿の首が私に向かって飛んできました。
それを軽く躱して、私は心の中で魔法を唱えます。
魔法を発動するのは精霊さんでして、人間は精霊さんにお願いすることによって魔法が使えると世間では言われています。
氷、氷、氷。たくさんの尖った氷を猿達に突き刺したいの。
本当ならルッカさんみたいにカッコいい詠唱句を唱えたいところですが、私は学校に行っていないので、あんな難しい言葉を口にすることはできません。もしかしたら留学を終えた私はバンバン唱えていたかもしれませんが。
私が強い魔法を使いたい時は、心の中でお願いするのです。こんなお祈りをしなくても魔法は発動しますが、ちょっと威力が弱くなったり、真っ直ぐにしか飛ばなかったりするんですよね。
魔力感知を思い出した私は格段に強くなっています。目では分からない敵の様子、特に正確な数や位置を把握できるのは非常に大きなアドバンテージです。
私を囲むように現れた魔法の氷の槍はすぐに射出され、正確に猿達を貫きます。避けようとする者もいますが、無駄です。この魔法、私が操る誘導型ですので追尾します。
「うわ。メリナお姉ちゃんはやっぱり凄いなぁ。木に血の花が咲いたみたい」
ミーナちゃんの感嘆が聞こえました。
不満を言われるかと思ったんですが、あれですね、ミーナちゃん、血が見えたら何でも良いんだ……。
果敢な猿も居ます。鋭い爪を振り上げて、ミーナちゃんの背中側から飛び掛かります。
でも、無駄。
ミーナちゃんは大剣の幅広の腹で強く殴打しました。頭の中身や目玉とかが飛び散ります。
今の彼女、無垢な笑顔ですよ。怖いなぁ。ナチュラルな精神異常者が身近に居る恐怖、本当に身震いします。
さっさっと終わらせましょう。
私の精霊さん、お願いします。さっきよりも多い氷を、さっりよりも遥かに強烈なヤツをお出しください。猿を全て殺したいのです。
『おうよ』
ん?
なんか頭の中で喋ったヤツがいる……。
うそぉ、もしかして寄生虫……?
唐突な危機感が私を襲う中、更に勝手に体が動き出します。両足が開かれ、しっかりと地を踏み、腕も何かを天に掲げるが如く大きく広げられました。
何者かに操られている……。力を込めても抗えず、私は言葉さえ紡がされます。
「我は夢幻の片傍に侍るべき者にして、薄墨の応具に補閥せん者。泉界にて羸縮せしるは非理にして黄落せしるは同じく鼎新の如く、以て、天慶たる妭の挑灯にて獷俗より救われし。まずは青嵐の冱涸、次に寛恕なる氷輪、合わせて乗したるは霄壌を覆う雹霰。凍星は霅々たる霆撃を頷可されども、その疾雷は椎埋の楽土を望む。其は晦冥に空劫さえ齎す雲鬢の妖姫の宸念であり、或いは換えて、死竜の慆び』
私の周りに幾重にも氷の槍ができます。視界はゼロ。氷しか見えないと思ったら、外側から順に射出されます。でも、すぐに次の氷が出現して視界を奪われます。
しかし、大丈夫。私も思い出したばかりの魔力感知があるので猿達が無惨に貫かれ、地に墜ちる様子が伺えます。
無尽蔵に思える氷の槍は周辺の猿を次々と仕留めていきます。ミーナちゃんにも刺さらないかと心配したのですが、それは配慮されているみたいで、ぐいーんと軌道を曲げて対応してくれていると魔力の動きで分かりました。
氷の出現が止まりますと、至るところに猿の死骸が落ちていて、色んな物が真っ赤に染まっていました。まるで絵本で見た地獄のようです。生き残った猿がいれば、今晩は悪夢ですね。
「メリナお姉ちゃん、本当に強い……」
「あはは、大人だからね。ミーナちゃんも勉強したら魔法を使えるかもよ」
あっ、ちゃんと喋れました。
良かった。体が勝手に動くなんて怖いです。
「ううん、ミーナも魔法を使えるんだよ。マイア様に教えてもらったもん。黒い竜の首を斬ったんだよ」
へぇ、ミーナちゃん、実は魔法もいけるんだ。意外です。でも、それだけの剣技があれば魔法なしでも竜の頭くらい落とせそうですよ。
『あー、我の首であったなぁ』
っ!?
また頭の中に声が響きます。何者っ!?
『我であるぞ。主の忠実なる僕、死を運ぶ者ガランガドーである』
うわっ! 会話してきた!
とてつもなく気持ち悪い!! 回復魔法で治るのかな!?
これ、絶対に病院案件だと思う!!
すみません、少し黙っていてもらえますか……? 無駄にドキドキしちゃうんで。
『おうよ』
また返答してきた……。勘弁してよ。
「あっ、メリナお姉ちゃん。人が見えた」
ミーナちゃんの指す先で、私も黒い服を着た人が森の木よりも高くジャンプしているのを確認しました。
デンジャラスさんです。
木が倒れる音も響いてきて、向こうも戦闘に入っているのだと予想されます。
「急がないと終わっちゃうよ」
猿の血糊が付いたままの大剣を背中に背負い、ミーナちゃんはまた走り出そうとしました。
その剣は彼女の背丈よりも長いので、先端で地面を削ることになります。だから、ミーナちゃんが去った後は一筋の線が残されます。
ノエミさんはまだ追い付いていませんが、これを辿れば行き先は分かりますね。
「そうだね、行こうか。ミーナちゃん、怪我してない?」
「うん、平気だよ!」
私達は微笑みあってから、皆が戦っているであろう地点へと向かいました。
女王猿の首を獲れば、金貨100枚。そんなガインさんの言葉を思い出しながら、足を速めます。




