安眠を妨げられて
食事を終え、日記も書き終えた私はベッドの上でゴロンと寝転びます。ショーメ先生に頼んで部屋も用意してもらい、 無理やりにフィンレーさんをそちらへ押し込んで、もう後は寝るだけです。
目覚めたら街が大災害に見舞われてるとかないかな。そう願ってしまいます。だって、明日は巫女長とダンジョン探索。どう考えても地獄を見ることになるから。
ウトウトし始めたタイミングで、部屋がノックされる。まさか、巫女長!?
魔力感知で即座に訪問者を判別して、その可能性ではなかったことに安心しました。
「心優しい竜の巫女であるメリナはいません」
「えぇ!? メリナ様の声が聞こえたよ?」
「居るのは、眠りを妨げられ殺意に目覚めたメリナです」
「最初からメリナ様は殺意の塊かも。失礼するね」
鍵を差し込む音が聞こえると、普通にガチャリと扉が解錠されました。
「フィンレーさん、本当に失礼だし、盗人紛いの技術に驚きましたよ。そして、魔法を使ったならお仕置きです」
あんなに高速で鍵抜けするなんて、こいつ、相当に手癖が悪いですね。間抜けな性格に騙されていましたよ。
「誤解、誤解。女中頭さんに鍵を借りただけだよ」
女中頭?
ちっ。ショーメめ。
私は仕方なく起き上がりベッドに腰掛ける。かなりの大サービスです。
「あっ、洗脳魔法も使ってないかな。お仕置きは止めて欲しいかも」
「知ってます。そんなもん使ったら、フィンレーさんはショーメ先生に殺されますよ」
「えっ? 私、神なのに……?」
「私にすらショーメ先生の底は未だ見えてないのですよ。あいつの実力はアデリーナ様に匹敵する可能性があります。ふぅ、フィンレーさん、忠告です。この街で暮らすなら、もう神だなんて自覚しないことです。ウジ虫です。お前はウジ虫。そう思いなさい」
「人間でさえないの!?」
「謙虚になれってことです」
「は、はい。分かりました、メリナ様。フィンレーはウジ虫……この世の底辺に位置する者」
「よろしい。ならば自室に帰りなさい」
「はい……。って、帰らないよ! 用事があったの、用事」
「えー、明日にして欲しいなぁ」
早く寝たいのです。
「神界ではずっと孤独だったからさ、会話したいんだよね。色々と話そ、メリナ様」
「帰れ」
横になり、潜り込んだシーツを鼻の下まで伸ばして熟睡体制に入ります。
「メリナ様、じゃあ、恋バナしよ、恋バナ。メリナ様の好きな男性のタイプは?」
ふん、聖竜様一択ですよ。
「大きくて硬くて逞しくて男らしい方」
「えぇ!? 大胆! ちょっ! えぇ!? メリナ様ってそういうキャラだったのかな!? フィンレー、ビックリだよ!!」
夜に大声で叫ぶな。意味分かんないし。興奮し過ぎでしょ。
「うるさいですよ」
「きゃー。照れ隠し!? ねぇ、照れ隠し!? ガールズトークって感じぃ――イタっ! 痛い痛い!」
「黙れ」
ベッドから出た私は、椅子に座りながらピーチクパーチクうるさいフィンレーの頬を両側から握り潰すように手に力を込める。
「あらあら」
フィンレーを静かにすることに成功した私だったのに、背後からの聞き慣れた恐怖のセリフに、飛び上がって驚きます。
早過ぎる! 夜明け前どころか、まだ深夜にもなっていないんですよ!
「うふふ、フローレンス巫女長の物真似はどうで御座いましたか?」
アデリーナ!!
「趣味の悪い下劣なマネはお止めください」
縮み上がった体を擦りながら私は答える。
「趣味が悪くて、且つ、お下劣なのはメリナさんで御座いますよ」
アデリーナ様は私の部屋に許可もなく入ってくる。
相変わらず酒瓶を左手に持っていて、なのに、巫女服姿で歩いて来ただなんて、街の人達から竜の巫女全体の品性を疑われてしまいますよ。
「そちらの方とは仲良しみたいで御座いますね?」
うん? どうした?
フィンレーさんに興味があるのか?
「えぇ……まぁ……」
「もしかして、それが神?」
ハッ!?
アデリーナ様は神になりたいとか以前にほざいておりました! フィンレーさんから何か糸口を探そうという魂胆なのか!
「私は神じゃなくてウジ虫。這ってすり寄る下等生物かな」
「ふーん。で、何が目的で竜神殿に入られたの?」
「身の安全を守るためだったんだよ」
私はフィンレーさんに目配せをして絶対に神だと自白するなと伝えます。アデリーナが不死になるなんて世界が闇に包まれるも同然。
フィンレーさんもその辺りをちゃんと察してくれて、下を向いて口を閉ざしてくれました。
「ふーん。メリナさんの傍にいるのに? まともな精神の持ち主なら、最も危険なヤツの傍にいるなんて――」
「アデリーナ様、取って置きの話があります!」
話題を変えるため、私は声を張って伝える。
「何で御座いましょうか? 幼虫の美味しさランキングならお一人で語り合って下さいませ」
……どういうつもりだよ。そんなテーマで会話したことないし、一人で語り合えとかおかしいでしょ。
「まぁ、よろしい。言ってご覧なさい」
「はい! るんるんアデリーナをアデリーナ様の中から追い出す方法に関してです」
「ふむ。続けなさい」
ククク、興味は持ったようですね。
「シルフォルによると、体内から解呪をすると良いそうです。試しますか?」
「シルフォル? また怪しげな助言者で御座いますね」
チィ! 素直に従いなさい!
「そうですよね。やる価値はないかもです」
一旦、退く。
そうすることにより、この意外に反骨心に溢れる、言い方を変えると、超ひねくれ者の女王を操るのです。
「構いません。やりなさい」
やはり!!
「では、早速! 抵抗しないで下さいね」
私はずぶりとアデリーナ様の腹へ人差し指を突き刺す。
そして……そして……ん? 解呪ってどうするんだろう。
痛みを感じていないかのように振る舞うアデリーナ様と目が合い、私は笑顔で誤魔化します。
ガランガドー!! 解呪!! 至急に解呪です!!
早くしないと、めちゃくちゃ怒られます!!
『主よ、ちょっと待ってね』
あぁ!! ちゃんと念話が繋がった!! 良かった!!
『我、邪神への出産祝いを考えているから。一応、同僚ではあるのでな』
はぁ!? テメー、許さないからな!!
『急ぐのであれば自分でやれば良いのである。アディの中にある異質な魔力を探して除去すれば良いのでは? あっ、そっちの黄色い服とか良い感じである。うん、費用は主に付けてくれたら良いので。企画部の皆さんには、いつも世話になって悪いのである』
っ!?
もう、いい!!
ガランガドーへの落とし前は後回し。この窮地に私は本気を出します。アデリーナ様の体内の魔力を全て読み取り、過去の記憶を引っ張り出して、色の違う魔力を指先に移動させる。
脂汗っぽいものを掻いて我慢するアデリーナ様でしたが、何とか気絶する前には作業を終えることができました。
「お疲れ様です。完了しました」
回復魔法で傷を癒す。
「酔いが覚めなければ成功したか分かりませんね。出任せであったなら、メリナさんも同じ目に合わせてやりましょう。正直、痛かったので御座います」
「ヤダなぁ。私が失敗することなんて有り得ないですよぉ……」
「酔いが覚めれば分かることで御座います」
……恐怖ですね。あとは安眠を迎えるだけだったのに、どうしてこんな事になったんでしょう。
「酔いが覚めるまでここにおります。メリナさん、退屈しのぎをやりなさい」
「じゃあ、恋バナしよ!」
元気を取り戻したフィンレーさんが再び叫びました。
私は指先に集めたままの「るんるんアデリーナ」だった魔力を戻すべきかと悩むのでした。
○メリナ新日記 20日目
巫女見習いのフィンレーさんが私を誘ってくれたので、私はまた寮での生活に戻れそうです。嬉しい。
でも、あそこは巫女さん業務領域内にあるので、巫女さんしか入れません。よって、ベセリン爺とお別れになるのは寂しいなぁ。
あっ、ベセリンに女体化魔法を使用し、竜の巫女兼寮の管理人となってもらうアイデアはどうでしょうか。うん、グッドアイデア。
今の管理人は退職して貰いましょう。




