フィンレーの神としての驕り
「フィンレーさんは晴れて巫女見習いになられました」
私達は巫女長の元へと戻っています。フィンレーさんが魔族並みに打たれ強くて良かったです。
「あらあら、これから宜しくお願いします」
「よろしくね。皆が着ている黒い服は支給されないのかな」
まぁ! なんて図々しい。
しかし、私は親切に無知なフィンレーさんへ伝えてあげます。
「見習いの間は私服です。それから1年以内に正巫女になれなかったら、残念ながら神殿から出て行ってもらいます。あっ、職は新人寮の管理人が紹介してくれますので安心してください。王国内で一番の性悪が管理人をしていますが」
「安心しての意味が分からなくなったかな」
はい。発言した私も同意です。
「では、始めましょう。今日はスプーンで油を掬って、本殿の聖竜様の像の左後ろ足に掛ける儀式の練習よ」
「何の意味があるんですか? 油なんて掛けてられてる聖竜様の御像なんて見たことないですし」
やりたくない訳じゃないですよ。そんなつもりは毛頭ない。そんな態度で聞きました。内心は今すぐにでも帰路に付きたいです。
「これは30年に1度行われる虹霓の典儀よ。虹は雄を、霓は雌を表してるの」
「油を後ろ足に掛ける意味は謎のままなんですけど……」
これは心からの気持ちです。
「フィンレーは分かるよ。精油を体に塗ってツヤツヤ感を出すのは、文明度が低い乾燥地域でよく見られる風習だよ」
は?
「お前、湖がすぐ傍にある土地柄とか無視してるし、聖竜様の守護するシャールを文明度低いとか、息の根を止められたいんですか?」
「死ぬのは嫌だから謝るよ。でも、真実って残酷かも」
調子に乗り始めてます?
お前、この神殿では神の驕りなんて掃いて捨てるべきです。
「フィンレーさん、後ろ足の踵に落とすのよ。精油に溶かした香料に雌竜が誘われ、夫婦になるように祈るの。転じて、シャールの民の子孫繁栄を祈願する儀式なの」
聖竜様は雌だから、雌竜を誘う訳がない……。あっ、でも、そっか。あの声を聞いたら雄だって信じますよね。
「へぇ。勉強になるなぁ。その聖竜って、地下に住んでいるドラゴンのことかな」
っ!?
「まぁフィンレーさんは聖竜様の居場所が分かるの!?」
「うん。私の魔力感知は人と段違いかも」
「あらあら、まあまあ!」
これは不味い!
「巫女長、落ち着いてください。見習いの戯言です」
「メリナさんはずるいわ。アデリーナさんもずるいわ。2人は聖竜様とお会いできているのに、私はまだなのよ! フランジェスカさんなんて守護精霊にしてるみたいだし! ごめんなさい。長年の夢なの。聖竜様にお会いしたいのよ」
「巫女長、修行しましょう、修行」
絶対に良くないことが起きるもの!
「メリナ様が熱心なの、初めて見たかも」
チィッ!!
「お前、マジで冷やかしの言葉はやめろ」
なるべく冷静に、しかし、鋭く刺すように忠告する。
「メリナさんは真面目ね……。うん、分かったわ。私も義務は果たさないと。だから、聖竜様を目指す旅は明日にしましょう」
「フィンレー、お前、反省しなさいっ!!」
「転移魔法でちょいちょいだよ」
「ダメよ。自分の足で行ってこそ意義があるの。それが迷宮攻略の鉄則。うふふ、私の拘りなだけなのにね」
くぅ……あぁ……あの辛いダンジョン攻略の記憶が復活してきた……。石のスープとかおかしいよ。ただのお湯じゃない。
修行が始まる。
油をスープ用のスプーンで掬い、本殿の大広間まで運ぶ苦行が始まりました。1滴でも溢したらやり直し。歩みを止めてもやり直し。
神になる前に水を用いて似たような儀式をやっていたらしいフィンレーさんの後ろ姿は非常に憎たらしい。
でも、早く持って行ってもやり直し。
うふふ、って笑ったらスプーンから油が垂れて私もやり直し。
解放されたのは夕日が見え始める頃。もうクタクタです。
「お2人ともご苦労様。じゃあ、明日は明るくなる前にメリナさんのお宿に集合ね」
「あっ。巫女長、すみません。私も新人寮に入るらしくて、明日は引っ越しの予定でして」
そんな予定はない。そもそも優しいベセリン爺から離れたくない。
「メリナさんは私と冒険したくないのかしら?」
全くしたくないです!
「……あー、ショーメ先生とかアデリーナ様も誘いたいなぁ」
「そして、わたしを生き埋めにするのかしら? 酷いわ」
ここで、それを言いますか!?
「メリナ様、そんなことしたんだ。殺人未遂の加害者と被害者が普通に喋ってるのは凄いかも」
「そ、そんな事してないですよ……。やだなぁ、不運な崩落事故だったんじゃないかな……かなぁ」
「フィンレーに任せて。メリナ様も安心して。転移魔法がなくても半日くらいで辿り着くかも」
ちょっ! 話を進めてはなりません!
「まぁ! フィンレーさんは素晴らしいわね。私、負けてられないわ!」
何に負けないのよ!
「あぁ……大変な目に逢う明日が来るのが怖い……」
「メリナ様は大袈裟だなぁ」
修行の成果なのか、油断すると無意識に右腕を水平にしてしまう体になったことに驚きと悲しみを感じながら、温かい我が宿へ向かうため、中庭の道を歩いていました。
「あら、メリナさん。奇妙な手の動きをしておられますね。遂に頭がぶっ壊れましたか?」
「誰かな?」
振り向くこともなく分かります。アデリーナ様です。本日は酔っぱらいバージョンですね。
「性悪の管理人です」
「あぁ、寮の管理人さん。私、フィンレー。新しくお世話になるからよろしく」
まぁ! フィンレーさん、初対面なのになんてお気軽にご挨拶されたのでしょう!
アデリーナ様が少しご機嫌斜めになったのを、眉が少し動いたことで私は察しましたよ!!
「日当たりの良い部屋は暑いから、程ほどの部屋でお願い。シーツは毎日洗わないと許せないかも」
「フィ、フィンレーさん? 謝りましょう。ね、最初は私でも初々しい感じでアデリーナ様に接しましたからね」
「えっ、でも、メリナ様より弱いかな、この人」
「ひっ!」
フィンレーさんの代わりに私が悲鳴を上げてしまいました。
アデリーナ様の剣の軌道は私でもギリギリでしか見えなかったのです。無論、フィンレーさんなんて何をされたか分からなかったでしょう。
半円に反った珍しい形の剣がフィンレーさんの肩、首のすぐ傍の肌に触れて止まります。
「えっ……? 何……? 何も見えなかったんだけど……」
「アデリーナ様、以前より腕前を上げられたみたいで。私の右腕も上がりっぱなしですが……あはは」
「えぇ。臨死体験すると魔力が上がるみたいで御座いますね。捨て身でメリナさんを助けた事も無駄ではなかったようで御座います」
「これが竜神殿……。本当に魔窟なの……」
フィンレーさんはちょっと落ち込んでいました。




