引く手数多なメリナ
戻った先はホテルの食堂です。
突然に消えて、また現れたと言うのにベセリン爺は何ら表情を崩すことなく、私達にお茶と菓子を運んできました。
「他の客はいないのね」
「オーナーより客を選ぶように伝えられておりますので」
「そう。教えてくれてありがとう」
ベセリン爺は極めて品性が高いので、ティナに対しても丁寧に受け答えをします。絶対、私が彼女の足をぎゅーっと踏んでいる状態で転移して来たのを目撃したはずなのに。
そんな爺に促されたので、私も今回は抵抗することなく彼らと同席致しました。
「メリナ様、私は暫くこちらでお世話になることに決めたよ」
フィンレーさんが開口一番でそう言います。まだ、皆がカップに手も掛けていないのに。
「皆にとっては、どうでも良い話だと思うんだ。でも、私にとっては大切なことだから最初に言ったよ。今はベストのタイミングかな」
私、知ってますよ。こいつは舐めた口調ですが、1を知って10分かるタイプです。恐らく、さっきの神界の状況から未来を推測して発言したんです。
「分かった。お前は自由」
何故かアンジェが答える。
「良かった。メリナ様、末長くお願いね」
「私も忙しいのでお早めに帰ってくださいね」
「えー、メリナ様の傍が一番安全なんだよ。それに、2人で初めてフィンレー派になるんだよ」
頼られるのは悪い気はしないけど、私の口から出たのはショーメ先生みたいな言葉でした。あまり自覚がないのが不思議なくらいにフィンレーさんは高性能な神様っぽいから、多少のことは独力で打破できるでしょうし。他人に頼っては成長できませんよ。
あっ……ふむ、もしかしたら先生も私に同じ様な気持ちを持っているのかもしれない。
「アンジェ、神界はどんな感じであったか? 調べた結果を教えて欲しい」
「見たのは半径10光年分。その全域で戦闘状態」
「こうねん?」
「すっごく広いってことかな」
「へぇ。大変ですね」
完全に他人事。だって、神の世界がどうなろうと私には全く関係がないのですから。
「何が起きたのかな」
「うむ。シルフォルの手下だった者達が、仇としてサビアシースを襲い、そこから他派へも戦禍が広がったのであろうか」
「んー、引き抜き中に、競合していざこざになったかもしれないわね。何にしろ小さな火種が燃え広がったって言うダンの意見に同意するわ」
火種は私で、そう仕向けたのはティナ本人なのに惚けたコメントですこと。
「ナベには悪いが戻るか?」
「そうね。旅どころじゃなさそうだもの」
「仕方ない。全員、殴り倒して落ち着かせる」
おっ、帰るのですかね。帰れ、帰れ。
そして、私はその間に修行してティナをいずれ負かすのです。今の私じゃ……あの顔だけの化け物は倒せないと思うから。
「嫁達が心配だ。まずはそこを確認させてもらって良いか?」
「良いわよ」
「ダンの管理領域は時間の流れが早い。作戦を練るには丁度良い」
「承知してくれてありがたい。ところで、メリナも来ないか? 素晴らしい戦闘経験を得られるぞ」
は? 何を思って私を巻き込もうとしてんだろう、この大男は。しかも、全く食指が動かない誘い文句を言い放ちやがりましたよ。
「神様のことは神様だけで解決してくださいね」
「ダン、メリナの言う通り。私達だけでやる」
「うむぅ、残念である。一兵でも戦力が欲しいところではあるのだが」
皆様は難しい顔をしていますが、私はそろそろお暇させて頂きましょうかね。
2、3個のお菓子を口に放り込み、それからお茶をゴクゴクと飲みます。
「あ、忘れてた」
立ち上がろうとした瞬間にアンジェが呟く。
「痴れ者を回収していた」
「痴れ者?」
ティナの疑問に答えずアンジェが指パッチンをすると、ボロボロの金属鎧に身を包んだ戦士が空中に現れ、べちゃっと床に落ちる。
俯せになったまま動きそうにない。分厚い鎧の傷なのに、切り裂かれています。人間であれば失血で死んでいるくらいの重傷と一目で分かりました。こいつは神界で拾ったので神なんでしょう。
あー、シルフォルの攻撃を受けたアデリーナ様と同じく傷口に何重も魔力の膜が張り付いている。回復魔法封じですね。
「スーサ。転がっていた」
スーサ!? つまり、こいつはフォビの野郎か!?
「ふむ、こいつでも居ないよりはマシであるな」
「治す」
アンジェはまたもや指パッチン。
どうもそれを詠唱句の代わりとしているようで、瞬時に魔法が発動して魔力の渦が倒れている戦士の体内に吸い込まれる。
綺麗で鮮やかな魔法。身体の回復だけでなく、鎧さえも直してしまいました。
この小さな体でもやはり神なんだと、まざまざと見せ付けられた気分です。私はまだこの領域に達していない。成長あるのみですね。
それはそれとして。
瞬間移動した私により、背骨を切断したいという思いを込めた踏み潰しがフォビに炸裂する。
「ちょっ、メリナさん、どうしたの?」
半笑いのティナにも腹が立つ。
「鋭く深い攻撃だったな。これで人間だと言うのだから世界は面白いのかもしれない、ガハハ」
「その世界は本当に面白いのか」
フォビの息の根が止まるのか不明ですが、そんなのを無視して私は大きく足を上げて何回も踏み続けます。
「あはは、床が抜けないように魔法で補強しておくね」
「メリナ様は本当に凄いかも。暴君の代名詞、竜王を継いだだけはあるね」
「メリナさんは本当にいいわ。最近の一番のお気に入り」
「あげないかな。メリナ様は私の物だもん」
「あはは。じゃあ、フィンレーさんから奪い取ろうかしら」
「ひっ。メリナ様にティナ様も殴って欲しいかも」
うっさい。黙れ。今は忙しいんです!
鍛冶屋のような音が食堂に鳴り響きます。
○メリナ新日記19日目
神って言うのも大したことはなくて、ただ単に打たれ強いだけだと夕刻までは思っていました。
違いました。あの3匹は別格。私はまだ遥かに及ばない。だから強くなる必要がある。
あと、フィンレーさんが部屋から出て行ってくれなくて迷惑しています。日記を書いてるのを後ろから覗いて来るのも大変に迷惑です。




